道しるべの向こう

ありふれた人生 
もう何も考えまい 
君が欲しかったものも 
僕が欲しかったものも 
生きていくことの愚かささえも…

本当のことを言おうか…⑥

2022-02-05 17:42:00 | 黒歴史



オヤジたちの前で
泣き崩れてしまった時点で
僕が彼女と駆け落ちすることは
絶対に不可能だと
何の根拠もなく僕は感じていた

白状するだけで泣き崩れてしまうなら
とてもじゃないけど
駆け落ちという大それたことなど…

子どもだった
何の見通しも立てられない
子どもでしか…





お前が
どこの誰と一緒になりたいと思おうが
反対はしないけれど
相手の両親や家族はもちろん
彼女と結婚が決まってる婚約者も含め
みんなを不幸に落とし込むような
そんなことには絶対に賛成できない

たとえどれほど
お前が一緒になりたいと思ってても…

彼女のご両親の想いがわかってるのか?
大きくなるまで育て上げた…

それに
結婚が白紙に戻ってしまう相手の気持ち
思いやれることができるのか?
自分がその相手だったらどう思う?

周りの全員を不幸にしてまで
二人で無理やり駆け落ちしたって
絶対に幸せにはなれないぞ…

わかるか?

第一
まだ働いてもいない学生のお前に
周囲の反対を押し切って駆け落ちし
生計を立てていく覚悟があるのか?
世の中ってそんなに甘くはないぞ…





泣き崩れる僕の告白に
一瞬は驚いただろうが…

語気を幾分強めながらも
冷静になったオヤジの口から出てくる言葉に
一言も反論できる余地はなく…

自分自身の稚拙さと覚悟のなさに
もう一度大きく泣き崩れるしか
22歳の僕には術がなかった

みっともないと
我ながら思いながらも
僕にはそれしか…

アマちゃんでしか…





そのあと
どんな風に彼女に伝えたのか?
駆け落ちできないという想いを…

まったく覚えていない
もちろん僕から電話したのだろうが…

その辺の記憶
何から何まで定かではなく…








オヤジたちの前で泣き崩れてから2日後
僕は上野行きの特急列車に乗るため
駅の改札口の前であたりを見回していた

(当時はまだ新幹線がなく上越回り…)

おそらく
そのことを彼女に伝えていたのだと思う
僕が東京へ帰る予定を…

だから
ひょっとして彼女が現れるかもしれないと…

そう思って見回していたとき
バスターミナル口の方から駆けながら
近づいてきたのは
間違いなく彼女の姿…

(やっぱり来てくれた…)

彼女の走る姿を見るのは
これが最後かもしれない…


間に合った〜!


息を切らすように
駆け寄ってきた彼女の姿が嬉しくて…

そんなことより
彼女に伝えることができなかった
ゴメンの一言…

一旦は言葉にした
駆け落ちという約束
出来ることもなくて…

来てくれたんだねと…

そう言うのが精一杯だった




彼女と肩を並べながら
とても不思議な光景だと
僕は感じていた

もうすぐ誰かと結婚しちまう彼女と
一旦は駆け落ちしようと言った僕と
そんな2人が並んで歩いていく
駅の改札口からホームへの階段

僕たちは
何を思いながら
足並みを揃えて登って歩いていたのか?

もう別れ離れになるというのに…


覚えているのは
いまのこの時点で
ずっと時が止まってくれればと…

もう別れることもない
いまのこの時点で止まれるなら…

そんな想い…

そう思っていたことが
今も心の中で強く残っている

歩きながら
特急列車が待ち受けるホームへの階段
一段一段と登るにつれて
最後の別れへと近づくことが怖くもあり…

いまこそ
時間よ止まれと…





発車時間までの間
僕たちは列車の乗降口近くで
ずっと肩を寄せ合うように並んでいた

離れたくはないと思いながらも
もはや
何を話しても虚しいだけになってしまう
そんな短い時間だとも感じつつ…


一旦は口にした彼女との駆け落ち
情けなくも簡単に諦めて
誰も待っていない東京での
一人暮らしに帰ろうとしている僕と…

僕とは別の誰かとの結婚式を間近に控え
どんな想いでその道へ進もうとしているのか
そんな彼女と…

最後の別れだとして
そんな二人が話すこと
何が残っているんだろう?

いくら
いまの時点で
どれほど好き合っていたとしても…





このまま
次の駅まで一緒に乗って行きたい…

不意に彼女が放った一言

(えっ?)

少しでも長く一緒にいたいという
彼女の想いだったのだろう
その想いは僕も同じで…

(次の駅までなら…)

(いや…)
(それが何になる?)
(辛くなるだけ…)

だめだよ…

そう言いながら
僕は大きく首を横に振った

でも…
これで最後なのよ
一緒に居れるの…

俯いて肩を震わせる彼女の頭に手を置き
僕も込み上げるものを抑えきれなかった

忘れろよ…
忘れないと辛いだけだから…

そう言った僕を見上げながら…

忘れない!
絶対に忘れない!
このまま一緒に乗っていく!

彼女は
崩れた顔を僕の胸に埋めたけれど…



いま思えば
次の駅までじゃなく
東京まで一緒に乗って行くつもりで
彼女は言っていたのかもしれない

もし
僕が次の駅までならと言えば
彼女は迷いもなく
東京までついてきたのかもしれない



離れるのを嫌がる彼女の肩を
しっかりと抑えながら
僕は彼女を列車から
押し出すように降ろした

それとほぼ同時に発車のベルが鳴り
窓際の席に戻った僕は窓ガラス越しに
泣き続ける彼女を見つめながら…

そしてすぐに
列車は走り始めてしまった




僕が彼女の顔を見たのは
それが最後になることに…

あの泣き顔が最後に…

本当に最後に…

(to be continued…)



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