「平和百人一首」とこのシリーズについての解説は、初回記事と2回目の記事をご参照ください。前回記事はこちらで見られます。
なお、かなづかいや句読点、形式は原文のままとするので、読みづらい点はご了承ください。
平和百人一首
たたかひに死なざりしいのち還り来て さくら狩りする春に逢ふかも
和歌山県東牟婁郡西向町 橋爪 啓
短期現役兵として、五箇月の軍隊生活の外は一切兵役に関係をもたなかつた自分にも戦局苛烈なるに及んで遂に召集の時は来た。
本土の最南端潮岬にあつて対空看視の任に就いた自分は、戦闘機爆撃機の爆弾と機銃掃射の下に生命を曝していた。郷土部隊として此處を死處と覚悟していた自分は、沖縄戦酣となるに及んで筑紫の防備に転ずることとなつた。妻子を始め、親戚や教え子さらに郷里の人人に固く決死を誓つて出陣したのであつたが、思いもかけぬ終戦に逢つて再び故郷の土を踏むこととなつた。
筑紫野に死ぬべきいのち永らへて われはも還る秋風の中
かくて妻子等と、また花見の春をたのしむことが出来るとは何というありがたいことであらう。自分は、世界永遠の平和の礎石となつて散華した幾十万の貴き命に万斛の感謝を捧げ、拙い一首を手向けとしたい。
(啓)