3.
最終告知の内容を伝える間、夫はほとんど黙って聞いていた。私と同じく、初回告知のときより覚悟ができていたのだろう、もはやうろたえる様子は見られなかった。4日後にセカンドオピニオンを求めてから、どこで治療を受けるかを決めるつもりだと告げると、「わかった」とだけうなずいた。
問題は、持ち上がってからひと月近く進展しない、彼の海外赴任話だった。すでに出張の形で赴任予定先に行ってはいるが、正式の辞令は下りていなかった。これを巡って2人の間に険悪な雰囲気が流れて以来、この話はタブーになっており、互いに意図的に避けてきていた。言えば互いを苦しめるだけだとわかっていたからだ。
治療が一番大変なときに夫が不在になるかもしれないことをBさんに伝えたとき、彼女は驚いて言ったものだ。「そんなぁ、ご主人にはいてもらわなくちゃ…その話は決定なの?」と。それでも夫には敢えて言い出さないでいた。
しかし、Y先生からすでに手術の具体的な日程を示され、私はついに禁じられた領域にまた踏み込んでしまった。「やっぱりインドネシアに行くの? あなたがいなくなったら、心細いな…」 すると、夫は最初のとき以上に気を高ぶらせて言い放った。「何度言ったらわかるんだ! まだ決まってないって言ってるじゃないか! 同じことを何度も言わせるなっ!!!」
その語気は、彼の悲鳴に近い心の叫びを私に伝えていた。―僕にこれ以上無理は言わないでくれ…僕にもどうしようもないんだ…僕だって、好んでインドネシアに行くわけじゃない…―
反則負けという結果が見えていたのに、なぜ私は禁じ手を打ってしまったのだろう…。後悔しながら、言葉より先に涙があふれ出ていた。―悪いのは私だ。でも、どうしてそんな言い方しかできないの? どうしてもっと優しく言えないの? 私がメールで伝えた気持ちを、わかってくれたんじゃなかったの?― 矛先を失った怒りと哀しみが、また涙となって流れ続けた。
目を泣きはらしながら湯船につかっていると、いつものように夫が入ってきた。無言の停戦提示だとすぐにわかったが、私も意地になっていた。自分で話を蒸し返し、彼を苦しめたくせに、自分への腹立ちが夫へのそれへといつのまにかすり替わってしまっていた。辛いのだ、哀しいのだ、苦しいのだと、彼の胸に飛び込んで泣いてしまえばいいのに…できなかった。
彼が私にかける言葉を必死に探しているのがわかっても、私は無視していた。ただ、ひたすら優しい言葉を待っていた。
長い沈黙の後、ついに夫の口から洩れた言葉は…「その胸も見納めだね…」 ―あぁ、なんてこの人は不器用なんだろう…―
その場をとり繕うために、精一杯おどけをまとった努力は買うことができたが、そのときの私にはそれを笑って交わすことはできなかった。代わりにまた出てきた涙を見て、彼が「しまった…」という表情を見せた。
私の胸のしこりは、いつしか2人の間のしこりとなってしまったのかもしれない。いつまでも互いの気持ちがすれ違ったまま、時は流れていった。
最終告知の内容を伝える間、夫はほとんど黙って聞いていた。私と同じく、初回告知のときより覚悟ができていたのだろう、もはやうろたえる様子は見られなかった。4日後にセカンドオピニオンを求めてから、どこで治療を受けるかを決めるつもりだと告げると、「わかった」とだけうなずいた。
問題は、持ち上がってからひと月近く進展しない、彼の海外赴任話だった。すでに出張の形で赴任予定先に行ってはいるが、正式の辞令は下りていなかった。これを巡って2人の間に険悪な雰囲気が流れて以来、この話はタブーになっており、互いに意図的に避けてきていた。言えば互いを苦しめるだけだとわかっていたからだ。
治療が一番大変なときに夫が不在になるかもしれないことをBさんに伝えたとき、彼女は驚いて言ったものだ。「そんなぁ、ご主人にはいてもらわなくちゃ…その話は決定なの?」と。それでも夫には敢えて言い出さないでいた。
しかし、Y先生からすでに手術の具体的な日程を示され、私はついに禁じられた領域にまた踏み込んでしまった。「やっぱりインドネシアに行くの? あなたがいなくなったら、心細いな…」 すると、夫は最初のとき以上に気を高ぶらせて言い放った。「何度言ったらわかるんだ! まだ決まってないって言ってるじゃないか! 同じことを何度も言わせるなっ!!!」
その語気は、彼の悲鳴に近い心の叫びを私に伝えていた。―僕にこれ以上無理は言わないでくれ…僕にもどうしようもないんだ…僕だって、好んでインドネシアに行くわけじゃない…―
反則負けという結果が見えていたのに、なぜ私は禁じ手を打ってしまったのだろう…。後悔しながら、言葉より先に涙があふれ出ていた。―悪いのは私だ。でも、どうしてそんな言い方しかできないの? どうしてもっと優しく言えないの? 私がメールで伝えた気持ちを、わかってくれたんじゃなかったの?― 矛先を失った怒りと哀しみが、また涙となって流れ続けた。
目を泣きはらしながら湯船につかっていると、いつものように夫が入ってきた。無言の停戦提示だとすぐにわかったが、私も意地になっていた。自分で話を蒸し返し、彼を苦しめたくせに、自分への腹立ちが夫へのそれへといつのまにかすり替わってしまっていた。辛いのだ、哀しいのだ、苦しいのだと、彼の胸に飛び込んで泣いてしまえばいいのに…できなかった。
彼が私にかける言葉を必死に探しているのがわかっても、私は無視していた。ただ、ひたすら優しい言葉を待っていた。
長い沈黙の後、ついに夫の口から洩れた言葉は…「その胸も見納めだね…」 ―あぁ、なんてこの人は不器用なんだろう…―
その場をとり繕うために、精一杯おどけをまとった努力は買うことができたが、そのときの私にはそれを笑って交わすことはできなかった。代わりにまた出てきた涙を見て、彼が「しまった…」という表情を見せた。
私の胸のしこりは、いつしか2人の間のしこりとなってしまったのかもしれない。いつまでも互いの気持ちがすれ違ったまま、時は流れていった。