「バカチョン」は江戸時代からあった、なぜ放送禁止用語となったのか
俳優の橋爪功(76)が2017年12月20日、NHKの昼番組「ごごナマ」でしゃべった言葉が「不適切な発言」として、放送中に局アナが謝罪する一幕があった。
この一件はサンスポ、スポーツ報知、日刊スポーツなどのスポーツ紙が報じたが、肝心の発言内容については触れていない。
それは、マスコミではタブーとされている表現だったからだ。橋爪が何と言ったのか。
そして、なぜNHKが「不適切」と謝罪したのかを調べた。
「若手俳優に言いたいことは?」と問われた橋爪は...
この日の「ごごナマ」は「演技派俳優の本音に迫る」として、司会の船越英一郎らが俳優デビュー56年の橋爪に、芸能生活の裏話を尋ねるものだった。
『船越のクエスチョン5』という質問コーナーで問題の発言は飛び出した。
「若手俳優に言いたいことがある?」という質問に「NO」と即答した橋爪は、以下のように答えた。
「うん。言ってもしょうがねえしなぁ。ってすごく否定的だね。
(愛は)ない。言いたいことってない。
言いますよ、『馬鹿だ』、『チョンだ』か、『死ね』とか、『ひでえ』とか。
そういうことは言います。理屈立ててというか、丁寧になんかは言いません」
隣で話を聞いていた阿部渉アナは、やや強ばった表情を見せていた。
そしてコーナー終了後、「先ほどは不適切な発言がございました。大変失礼いたしました」と謝罪した。
これを聞いた橋爪は「えっ、俺? ね、こういうことがあるんですよ」とつぶやいていた。
別の質問で、生放送が苦手な理由として以下のように答えていたばかりだった。
「失言が多い、俺。舌禍。生放送は取り返しがつかないんですよ。結構、今まではあったんですよ」
もともとは江戸時代から使われていた言葉
橋爪の発言中で、NHKが不適切としたと思われるのは「馬鹿だ、チョンだ」という部分だ。
現在、NHKだけでなく多くのテレビ局では放送で使わなくなっている。
では、この言葉を辞書で引いてみるとどうだろう。
三省堂「大辞林」第三版の解説には、こう書かれている。
ちょん
(1)句読点・傍点など、何かの印として打つ点。点。
(2)〔芝居で幕切れに拍子木を打つことから〕 物事の終わり。幕切れ。おしまい。 「事件はあっけなく-になった」
(3)「馘首かくしゆ」「解雇」の意を俗にいう語。 「人員整理で-になった」
(4)〔俗語〕 一人前以下であること。 「ばかだの、-だの、野呂間だのと/西洋道中膝栗毛 魯文」
ちょん
(1)句読点・傍点など、何かの印として打つ点。点。
(2)〔芝居で幕切れに拍子木を打つことから〕 物事の終わり。幕切れ。おしまい。 「事件はあっけなく-になった」
(3)「馘首かくしゆ」「解雇」の意を俗にいう語。 「人員整理で-になった」
(4)〔俗語〕 一人前以下であること。 「ばかだの、-だの、野呂間だのと/西洋道中膝栗毛 魯文」
ここにあるように「バカだのチョンだの」という表現は、明治3年に出版された仮名垣魯文の小説『西洋道中膝栗毛』にも出てくる。
江戸時代から、人間が一人前でない状態を示す言葉として使われていたようだ。
そこから派生して、全自動コンパクトカメラのことを「バカチョンカメラ」と呼ぶ事例も近年まで多かった。
しかし、いつからか「チョンコ」や「チョン」という言葉が朝鮮人を指す蔑称としても使われるようになった。
そこで「馬鹿でもチョンでも」といった用例や「バカチョンカメラ」という言葉が民族差別として捉えられて抗議を受けるケースが増えて、多くのメディアが使用を自粛した。
共同通信社の記者ハンドブック(第12版)には、読者に不快感を与える言葉として「バカチョンカメラ」を「簡易カメラ」「軽量カメラ」と言い換えるようにと書かれている。
政治家の舌禍事件となることも多く、2015年4月には、当時の自民党幹事長だった谷垣禎一氏が大阪市での街頭演説で「ばかだチョンだ」という表現を使ったが、まもなく陳謝撤回している。
以下、差別用語に関する専門書2冊から解説を引こう。
「私家版差別語辞典」(上原善弘著)の「チョンコ」の項目より
これは主に関西方面でよく使われた在日朝鮮人・韓国人を指す呼称で、私も幼い頃から聞いて育った。
根っからの差別語と呼んでよいだろう。
(略)語源は朝公(チョウコー)からきているとされているが、他の説もいろいろあって、俗語だけには正確な語源はわかっていない。
ただここで興味深いのは(実際は深刻な問題なのだが)、バカチョン・カメラ(全自動カメラ)のチョンは、俗に「馬鹿でも朝鮮人でもできる」という意味にとられてしまい、放送禁止用語になってしまったことだ。
チョンという言葉は、日本では昔からあり、俗語としては「一人前以下」という意味を持っていた。
(略)バカチョン・カメラはその応用だったのだが、いつの間にか使っている人もチョンコからの応用だと思うようになってしまったようだ。(私家版差別語辞典)
『新・差別用語』(山中央著)の「バカチョン」の項目より
「バカだチョンだ」の「チョン」は、朝鮮人に対する差別用語であるとされているが、もともと「チョン」は古くからあったことばで、
「バカでもチョンでも」とか「バカだのチョンだの」という表現で、「頭の悪い状態」を指して使われた。
それが短縮されて「バカチョン・カメラ」などに利用されていた。
原義には民族差別の意味はないのだが、一方に朝鮮人を指す蔑称として「チョン公」(朝公)ということばがあり、
いつのまにか「バカでもチョンコーでも」の意にスリかえて考える者が増えてきたという事情がある。(新・差別用語)
1970〜80年代に「バカチョン」が抗議を受けた事例
さて、「バカチョン」という言葉がマスコミ各社で、いつから自粛されるようになったのかははっきりしていない。
1970年代から抗議例があり、80年代には謝罪事例があることから、少なくとも2000年以前には自粛されるようになった模様だ。
以下、70〜80年代のマスコミへの抗議事例を並べた。
1975年2月 エジプトから帰国した三笠宮崇仁親王がNHKに出演した際に「バカチョンカメラをもってゆくべきだった」と語ったことで、抗議を受ける。
1981年5月 テレビ朝日系で放送された「日曜洋画劇場—がんばれベアーズ」で「バカチョンどもに負けていいのか!」という表現があり、視聴者から抗議の電話。
1987年1月 アニメ「超人戦隊バラタック」がKBS京都で放送された際に、数カ所に「バカチョン」の台詞があり、抗議の電話を受ける。
1988年4月 日本テレビ系で放送された「11PM」で、ゲストの三田佳子が芸能界デビュー当時を振り返り「バカだのチョンだのといわれていじめられた」と述べた。
司会の藤本義一が番組内で「不適当な発言がありました」と謝罪した。
日本テレビに数件の抗議電話。
参考図書:山中央「新・差別用語」、高木正勝「差別用語の基礎知識’99」
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