丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§10

2011年04月15日 | 詩・小説
   §10

 その日から俺はマリ子に劣らぬほど忙しくなった。身辺整理を始めたのだ。
 俺の回りに集まってくる女性達ときっぱりと縁を切ることにした。でも無責任なことだけはしたくない。俺はけっこう顔も広いから、そんなに性格も悪くないのに、もてなくて困っている男連中を何人も知っていた。だから相性その他考えて引き合わせてやるようにしてやった。俺が組み合わせたカップルは、結構うまくやっていけているようだった。
 でも俺の持ち合わせにも限界がある。あと16・7人ほどは相手が無く残ってしまった。仕方がないから時期を待つことにする。

 これにたまげたのはマリ子であった。俺に集まる人間が急に減ってしまったのだから。マリ子が俺に文句を言いに来たのも無理はない。何しろ、あいつにすれば、商売あがったりなのだから(別に商売しているわけでもないのだろうが)。
「一体どうなってるの?」
「何のことかな?」
 俺は変然として答えた。
「わかってるでしょ」
「ああ、たぶん君の言いたいことは分かってるけれど。別に怒鳴り込まれるようなことはしてないつもりだけど」
「でも……」
「君がそんなこと言うのはおかしいと思わないかい。俺としては、君に楽をさせてやりたいと思ってやったことなんだから」
 まんざら嘘を言ってるわけでもない。楽をさせたいと思ったことは本当だった。
「これから私はどうしたらいいのよ」
「ああ、まだ数人残ってるから、よろしく頼む」
「でも……。それもみんな片付けたら、わたしなんかお払い箱ね」
 思わず俺がドキッとするほどシンミリとした声であいつが言った。
「何、言ってんだよ。これからは君の好きなこと、何でも自由にできるんだぜ」
「そうね……」
 ポツンとあいつはつぶやいた。張り合いを無くしたような、何か張り詰めていた物がプチンと切れてたるんでしまったようだった。

 後で京子さんに会った時にこの話をすると、あの人はこんなことを言った。
「駄目じゃない。マリ子はね、張り詰めた中でこそ初めて生き甲斐を見いだせるんだから。そんな生き甲斐を奪っちゃうようなこと言ったら」
 こんな風に言われて、俺はちょっとあせりすぎたのかな、と少し反省した。

 しかし、俺の心配にも関わらず、マリ子は元気にやっていた。しかしそれは、残された命をじっと見つめている人のような感じではあったが。あるいは、また違った張り詰め方をしているかのようでもあった。でも残りの16・7人は一向に減る気配はなかった。少し気になって、一度マリ子に尋ねてみた。
「あれから全然人数が減ってないような気がするんだけど。君は誰かに紹介とかしてやってるのかい?」
 するとあいつはケラケラ笑いながら答えた。
「そんなに自分の首、閉めたいって言うの?」
「?……どういう意味だ?」
「わかってないのね。京子はだめだって前に言ったでしょ」
「それってどういうことだい、一体」
「別に、どうってことはないけどね」
 しかし俺には大いに気になる一言ではあった。


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