丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§16

2011年04月24日 | 詩・小説
   §16

 マリ子の親は一体何しに来たのだろう。最初は堅苦しいあいさつで始めたけれど、そのうちになぜか俺の親とすっかり意気投合しちまって、いつの間にか俺たちは邪魔者扱いにされてしまった。しかたなく俺の部屋に避難することにしたのだが、以前と違ってどうも居心地が悪い。二人きりになるというと妙に意識してしまって、結局何も話ができないまま、別々の本を読むようなしまつ。
 だいたいが、今日のマリ子の服装というのがいけないのだ。ふだんと同じような格好ならそんなに気にもならなかったのだろうが、今日はおそらく親にしっかり言われてきたのだろうが、めちゃくちゃ女の子っぽい服装で来たものだから、目のやり場に困ってしまう。あいつもそれは同じ事で、動きがどうもぎこちない。ふと思ったのだが、まるでお見合いの席に連れ出された二人という感じである。
 そんなことを思ってしまったのが運の尽き。マリ子の親の態度すべてがそんな雰囲気に感じてしまう。帰りがけにもマリ子の親から、これからも娘のこと、よろしくお願いします、って言われたら、こちらこそって答えるしかないじゃないか。マリ子もちょっとは抗議くらいすればいいのに、親に合わせてしっかり丁寧なお辞儀をするもんだから、知らない人が見ればすっかりお見合い成功、親公認の間柄になってしまったような状態になってしまう。いかんいかん。まあ今日だけの我慢だ。

 まだ夏休みが終わっていないのが幸いだ。学校のみんなとはまだ顔を合わせていない。海辺での出来事を知るものはほんの少数。一緒に行った連中には固く口止めをしているとは言え、学校が始まったら知れてしまうだろうことは覚悟しないといけない。それもいろいろあらぬ尾ひれが一杯付くに決まっている。俺とマリ子がもう関係できてしまっているとかなんとか、そんな噂が流れたらどうすればいいんだろう。
 俺にとって幸いなことは京子さんが事実を知っていてくれているということだった。とはいえその現場を見てはいないのだから、勝手にいろいろ想像されても困るが。
「そんなこと気にするなよ、大丈夫だから」
そんな俺の心配に、あっさり浩二は安請け合いをする。
「そんな噂は俺たちで何とかするから、お前は心配しなくてもいいから」
「おい、その『俺たち』って何だよ」
「俺たちは俺たちさ。俺と……その……」
 だいたいこいつは怪しいんだ。考えてみれば、中間試験の前に奴が俺の家に来たとき、偶然マリ子と出くわした時にしたって、初めから打合せしていたのに違いない。京子さんも京子さんだ。こいつと示し合わせて、俺とマリ子をくっつけようと企んでいるに違いない。ということは『俺たち』というのは奴と京子さんっていうことなのか?こいつらのどこに接点があるんだ。共通するのはマリ子の知り合いと言うことなんだが、そもそも浩二はマリ子を苦手にしているはずなんだし。

 まあ噂が出たとしても、75日我慢すればいつの間にか消えてしまうだろう。それくらいの覚悟はしていたのだが、今度は突然、マリ子が俺の秘書を辞めると言い出した。
「どういう気なんだよ、一体」
 マリ子と気まずかったのはあの日一日だけだった。数日経ち、マリ子もふだんの服装になれば俺たちはまた以前のような関係に戻っていた。
「そうね。あたしの秘書の役目ももう終わったみたいだし」
「終わったって?」
「ええ、残ってた17人にはあたしからきちんと話つけておいたから」
「話つけたって、どういうことだ」
「言い聞かせたの。青春時代は楽ばっかりじゃない。たまには苦しまないとねって」
「そんな風に切り捨てたって言うのか。なんかお前らしくないな」
「いいの、それで。みんな、あたしの頼みなら喜んで聞いてくれるんだから」
「お前がそんな奴だとは思わなかった。自分さえよけりゃ、後は知らないって言うのか!」
 俺が強い調子で怒鳴ったら、どういうわけか、あいつ、涙を浮かべ始めていた。ちょっときつく言い過ぎたかとは思ったが後には引けなかった。
「泣いたって知るもんか」
「ううん、そうじゃない。嬉しいの。あんた、やっぱりあたしの思ってた通りだから」
「何わけのわからないこと言ってるんだ。もうお前のことなんか知らないから」
 俺は頭に来て背を向けて離れていった。
 なぜか浩二が俺に近づいて来ていた。
「駄目な奴だな、お前って」
「何のことだよ」
「青木君と言い合いしてただろ、さっき」
「見てたのか?」
「ああ、ちょっと近くを通りかかったので、様子だけ見させてもらうつもりだったけど、あまりに声が大きいから話までしっかりきかせてもらった」
「お前に覗きの趣味があったとはね。まあいいけど、何が駄目なんだ」
「お前って全然わかってないんだから。いいか、青木君はお前の顔を立てようとしたんだぜ」
「どうして俺の顔が立つんだよ。分けわかんない」
 俺には浩二の言おうとしていることがまるで理解できなかった。第一、なんで浩二の奴がマリ子の事を肩持つんだ。
「青木君を見損なっちゃいけないな。彼女、残りの何人だっけ、全員責任を持って片付けたんだぜ。彼女だってけっこう顔は広いんだから。ひょっとしてお前以上かも」
「じゃあなんであんな無責任な言い方したんだ」
「そこなんだな、彼女の気遣いは。みんな私がうまく片付けましたって言ったら、早い話、お前が全員に愛想を尽かされたって聞こえるじゃないか。だから頼んで手を引いてもらったということにしたんだろ。これならお前の顔も立つじゃないか」
「よくわからん。そんなものか」
 どうにも俺にはよくわからない。
「青木君はけっこう気を配ってるんだぜ。特にお前のことについては繊細なほどにな」
 それは言われなくてもわかってはいるつもりだ。
「何かまだなっとくしてないようだな。まあいいか。じゃあ、これからちょっと俺とつきあえよ」
「どこ行くんだ?」
「まあいいって。行けば判るから」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。