丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」§13

2011年04月19日 | 詩・小説
   §13

 そうこうしているうちに夏休みだ。休みはデートにはもってこいではあるのだが、あいにくこの夏はマリ子を中心にすでにスケジュールは組まれてしまっていた。

「海水浴のスケジュール、決まったわよ」
 夏と言えばなんと言っても海。そこで海へ行こうと、誰とはなしに言い出した。もちろんスケジュールを組むのはマリ子である。
「えーとね、8月19日に行くのが、女の子が7人。それにあんたとあたしと。それで合計9人ね」
「君も行くの?」
「当然でしょ。あんた一人だと危ないしね」
「危ないってどういう意味だい、それ」
「文字通り女の子みんなのボディーガード。万一変な気起こして、取り返しの付かないことになったら大変だし」
「えらく信用ないんだな。いつもならそんなこと言わないのに」
「夏は特別なの。誰だって海なんか行って、露出一杯の中にいれば、その気がなくてもクラクラってするでしょ」
「誰でも?」
「ええ。たとえ美人の恋人がいる人だって、思わず目がそっちに行ったりするかも。たとえば京子の彼氏だって……」
「えっ!?それ、どういう意味だよ!」
 聞き逃せない一言に、俺はびっくりして叫んでしまった。
「『京子の彼氏』って、今言ったよな。どういうことだよ」
「えっ……。いや別に……。そうそう、用事思い出したからあたし帰るわね。じゃあさよなら」
 そう言うとマリ子は急に走り出して行ってしまった。
「おい、マリ子!待てよ!」
 しかしもう無駄だった。すでに俺の視界からマリ子は消え去っていた。俺は何が何だかすっかりわからなくなってしまった。

 どういうわけか、その日京子さんから呼び出しの電話があった。
 俺はなんとなく暗い気持ちで出かけることになってしまったが、話の内容はさらに俺を絶望の淵に追い落とす悪魔の呪いだった。
「話って言うのは、もう私に会わないで欲しいってことなの。彼がうるさいのよね」
 ああ、もうだめだ。俺に救いはない。
「私は、マリ子をあなたに紹介するためにあなたに近づいたの。でもその仕事も終わったようだし。ねえ、マリ子は良い子よ。あなたに初めてあったときから彼女、あなたに一途で思い込んでいるんだから」
 しかし俺の耳には通り過ぎる風の音しか入ってこなかった。そう、大切なことを忘れていたのだった。あの人に恋人の一人くらいいない方がおかしかったのだ。俺に見向きもしなかったのは、すでにそういう男がいたからに違いない。俺はもうその男が憎らしくて仕方がなかった。
 ああ、もうだめだ。この世は真っ暗だ。
 俺はついこの前までのバラ色の世界からたちまちのうちに暗黒の世界に突き落とされてしまったのだった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。