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【ふじもん世界放浪「放学記」第4章中東編 『現実』ザータリキャンプ・シリア難民レポートvol.2】

2013-11-16 22:49:01 | 日記
2013年11月16日。

《え~と、この記事を書く前に・・・。実はザータリ難民キャンプに宿泊することについて、かなりすったもんだのトラブルがありました。そのことはいずれ別の意味で投稿しなければならないので、後ほど書かせていただきたいと思います。さて、いずれにしても僕はとあるシリア難民のお宅にお邪魔することになった。ここでの夜、そして朝までのことを、僕は一生忘れることはない。》


午後5時くらいだったであろうか。僕を今夜泊めてくれるシリア難民のお宅に上がらせていただいた。

繰り返すが、みんなシリアから命がけで逃れてきた人々である。好きでここに住んでいるわけではもちろんない。しかし皆が本当に優しく温かく、僕を出迎えてくれた。

彼らはテントの他に、コンテナのような仮設住宅を持っていた。この中は比較的暖かく、かなり快適だ。どうやらこのコンテナは無料で支給されたのではなく、自らお金を出して買ったらしい。ということは、難民の中でも彼らは裕福な部類に入るのであろう。突然訪問した僕を泊めてくれるのだから、それなりの余裕があるということも伺える。ちょっと嫌な言い方になってしまうけど・・・。


え~と、ここでもう1つ説明しておかなければなりません。先に述べたトラブルの影響で、僕は次の日の朝にザータリを出なければいけなくなりました。詳細はまだ話せませんので、後ほど書かせていただきたいと思います。


さて、そんな個人的なトラブルがちょっとありまして、シリア人の方々に迷惑をおかけしてしまったんです・・・。

が、彼らは本当に温かかった。いや、温かすぎるくらい温かかった。ご迷惑をおかけしてしまったにも関わらず、彼らは最善の「おもてなし」を僕に与えてくれた。


衝撃①:イスラムの「おもてなし」。

彼の名はモハメド(仮名)。彼は英語が達者なので、僕と十分なコミュニケーションを取ることができた。あまりの優しさ僕が申し訳ない気持ちの意を伝えると、彼は言った。


「イスラムの教えを知っているかい?あなたはゲストだ。お客様を大切におもてなしをするのは、イスラムの大切な教えなんだ。だから何も遠慮しないでいい。ゆっくしりしていきなさい。」

僕は心から申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼らは難民だ。生活は苦しいに決まっている。それなのに、僕を本当に温かく迎えて下さり、迷惑までおかけしてしまったのに笑顔で話をしてくれる。

僕はイスラム教のことはごく一部しか分かっていない。でも、彼らの「おもてなし」は本当に温かい。もっともっとこの宗教のことについて、僕は学びたくなった。

「シリア人ってとても良い人だよ」そんな噂を聞いたことがあるが、本当にそうだった。僕はまず、その優しさに打ちひしがれた。

彼はこの家族のリーダー、ラドック(仮名)。彼は英語は全く話せないが、彼を中心に僕を温かく迎えてくれたのだ。彼が入れてくれた甘い甘いアラブ風の紅茶の味を、僕は一生忘れない。


彼は身振り手振りで色々なことを伝えてくれた。嫌な顔など全くせず「もう大丈夫ですよ」と思わず言ってしまうほど、彼は優しかった。


夜。コンテナの中に続々と人が集まって来た。どうやら彼らはみんな親族のようだ。彼らは夜な夜なここに集まっては、雑談やトランプに花を咲かせるらしい。


衝撃②:彼らはやはり「難民」だった。

ほとんどの人が英語は全く話せないので、ガイドブックのアラビア語の単語をカタコトで話したり、モハメドが通訳をしてくれたり、身振り手振りでコミュニケーションを取っていた。

ワイワイとみんなで話しているとき、モハメドが言った。「携帯電話でシリアの動画を撮ってあるけど、見るかい?」

僕はすぐにYesと答えた。しかし再生する前に、彼は付け加えた。

「かなり強烈な映像だよ。大丈夫?」

強烈な映像だった。それは、シリアの彼らの故郷の街での爆弾テロの映像だった。

画面は大きく揺れる。緊迫した雰囲気が伝わってくるようだ。カメラは遠くから、徐々にテロの現場へと近づいて行った。そして、煙が巻き上がる爆発現場に辿り着くと・・・。

そこには・・・バラバラに吹き飛んだ死体がいくつも写っていた。まさに「戦争」の映像だ。下半身が吹き飛び、上半身だけの中年男性。性別も分からないほどにぐちゃぐちゃになった人間。彼らはそれらを生で見、そして今ここにいるのだ。

僕は動画を見ただけだ。でも、もし僕がこの現場を直接見たら・・・自分の精神を保てるのだろうか。映像を見ながら、自分の鼓動が速くなっているのを感じた。これが「今」のシリア、これが「戦争」の現実なのだ。

その映像を見て僕が考えに耽っていると、一人の男性が「俺も銃で撃たれたんだ」と言いだした。そして彼は服を脱ぎ、僕に傷跡を見せてくれた。


彼は背中から胸にかけて狙撃され、弾は身体を貫通したという。

やはり彼らは「難民」なのだ。戦地から逃げてきた「難民」なのだ。僕は、何も言葉が出なかった。


夜も更けてきた。コンテナの中には、10人近くのシリア人の男性が集まっていたであろうか。彼らともだいぶ打ち解けることができた僕は、中でも一番陽気だったおじさんの背中をマッサージしたり、空手の演武をちょっとだけ披露したりするくらいになっていた。


彼らは日本という国に、純粋に興味を持っているようだった。日本についての基本的な質問からトヨタやソニーといった日本企業についての話まで、色々なことを僕に問い掛けてきた。

衝撃③:「信仰」

このような話になったときに、僕が一番避けたい話題がある。それは、宗教だ。

彼らは改めて言うまでもなく、イスラム教徒である。イスラム教の教えが生活の隅々にまで浸透しており、その教義を知らない者などいないと言っても過言ではないだろう。彼らにとってイスラム教は「生活の全て」なのだ。

だから、そんな彼らからの日本の宗教についての質問に答えるのは難しい。ましてや僕は特定の宗教を深く信仰しているわけではないので、その知識も経験も体験も浅い。それに対して彼らの宗教観は、深すぎるほどに深いのである。

「神様がいっぱいいるって、どういうことなんだ?」

「木一本一本に神が宿るって言うけど、じゃあその木は伐られたら神様はどうなるんだ?」

「空を造ったのは、どの神様なんだ?」


彼らの質問は止まらない。僕は、僕なりに何とか知恵と知識を振り絞って答えた。が、彼らは疑問に満ちた顔をしている。僕の説明が不十分なのはもちろんだが「自分が信じているという宗教のことを、なんでそんなに知らないんだ?」という顔である。

ここは本当に難しい。日本人はよく「無宗教」などと言うけど、僕はそれは違うと思う。神道や仏教を中心とした儀礼や言葉は、日本人の生活に深く根ざしているし、決して無宗教ではない。しかし、他国に比べて、宗教的な意識が少ないのは事実であろう。

ここに大きな格差がある。この宗教についての話だけで、何十分費やしたであろうか。しかし、ここまで腰を据えてイスラム教徒の方と宗教について話したことはなかった。そういう意味では、非常に有意義な時間だったことは間違いない。

「信仰」とは何か。人間の心は本当に深い。いずれにしても僕は、その彼らの「信仰」のおかげで、今ここに滞在出来ているのだ。


深夜12時30分。コンテナに集まって来た人たちも、皆それぞれの寝床に帰って行った。ここに寝るシリア人はモハメドとラドックのみ。そして次の日の朝を迎えたのだが、ここで最大のドラマが待ち構えていた。

それについてはまだ書くことが出来ないので、後ほどvol.3で書かせていただきます。よろしくお願い致します。

(次回に続く)

2013年11月16日。イスラエルきっての大都市・テルアビブに程近い、空手仲間のマタンくんの家のベランダにて。



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