お山の杉の子
先日のきらめ樹スパークのときに、山主さんが「これをみんなに渡したい。」と
童謡の歌詞をコピーして全員にくださいました。
懐かしいその童謡は、「お山の杉の子」。
2~3歳の子供のころ、NHKのみんなの歌にかぶりついていたときに覚えた唄です。
でも、残念ながら、1番の歌詞しか覚えていませんでした。
その歌詞を見て、びっくり!!!
なんと、戦中の杉の植林の唄でした!!!
そして、ネット検索で見つけたyoutubeの映像を見たら、
胸が痛くなりました。
そこには小学生たちがクワを担いで、はげ山を耕し、
未来のわたしたちのために、日本のためにと
総動員で丹念に植林している姿がありました。
それから何十年もの間、はげ山に木を植え続け、
また国策の拡大造林によって、残された貴重な鎮守の森や奥山の雑木まで
成長の早い針葉樹の人工林へと仕立て上げたのです。
知ってる人も知らない人も、ぜひ見ていただきたいです。
http://www.youtube.com/watch?v=O9ZAqgdrN3A&feature=player_embedded#at=12
大切に、使って活かしたい。。。
感謝して、いのちの移し替え、、
いまこのとき
この童謡についての説明を見つけたので下記転載します。
出典:
http://www4.tokai.or.jp/forest/faq/025.htm
平成10年春、県民参加の森づくりに参加された年配の方から、「戦中この歌を歌いながら植林をした」との話しを伺った。その後、この歌詞を読み直してみると、杉をたとえに人生のあり方を示しているようで、私はいい歌だと思っていた。
そうしたところ、林経協月報(2001年5月)に全国銘木連合会の春永さんが書いた「お山の杉の子」についての一文があり、春永さんによると「昭和19年、第二次世界大戦の末期に小国民文化協会が行った少国民歌の懸賞募集の第1位入賞歌」であり、「作詞は、徳島県の吉田テフ子という人で、サトウハチローが補作している。戦後、戦時色が強い歌詞の部分、特に5番と6番は全面的に書き替えられた」とのこと。
戦後、国民総出で緑化に励んだこの杉山も、今(平成13年)では4番の前半あたりであろう。あと20年もすれば立派な杉山(4番の後半)となり、みんなの役に立つ(5番)予定である。そして日本の将来も明るい(6番)ハズである。
しかし、その雲行きが怪しくなってきた。間伐の遅れから水源をかん養する立派な杉山に本当になるだろうか。いろいろな用途はあるが、現在は全てに代替品がある。今では、スギ花粉症で社会の嫌われ者である。ああ、無情。
お 山 の 杉 の 子
作詞:吉田テフ子(ちょうこ)
補作詞:サトウ・ハチロー
作曲:佐々木すぐる
制作:滝野細道
(一)
昔 昔 その昔
椎の木林の すぐそばに
小さなお山が あったとさ あったとさ
丸々坊主の はげやまは
いつでもみんなの 笑いもの
これこれ杉の子 おきなさい
お日さまにこにこ 声かけた 声かけた
(二)
一(ひい)、二(ふう)、三(みい)、四(よう)、
五(いい)、六(むう)、七(な)
八日 九日 十日たち
によっきり芽が出る 山の上 山の上
小さな杉の子 顔出して
はいはいお日さま 今日(こんにち)は
これを眺めた 椎の木は
あっははの あっははと大笑い 大笑い
(三)
こんなちび助 なんになる
びっくり仰天 杉の子は
思わずおくびを ひっこめた ひっこめた
ひっこめながらも かんがえた
なんの負けるか いまにみろ
大きくなったら みなのため
お役に立って 見せまする 見せまする
四)
ラジオ体操 ほがらかに
子供は元気で 伸びていく
昔々の はげ山は はげ山は
今では立派な 杉山だ
誰でも感心 するような
強く大きく たくましい
椎の木見おろす 大杉だ 大杉だ
(五)
大きな杉は 何になる
お舟の帆柱(ほばしら) はしご段
トントン大工さん たてる家 建てる家
本箱 お机 下駄 足駄(あしだ)
おいしいおべんと 食べるはし
鉛筆ふで入れ そのほかに
たのしや まだまだ役に立つ 役に立つ
(六)
さあさあ負けるな 杉の木に
すくすくのびよう みなのびよう
スポーツ忘れず がんばって がんばって
すべてに立派な 人となり
正しい生活 ひとすじに
明るい楽しい このお国
わが日の本を つくりましょう つくりましょう