喜びの種☆

yoshicoの徒然日月
ひとふたみよ
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天の数歌

初冬満月🌕カミアリモチ(2024.11.16 6:29)

2024-11-14 22:52:12 | ナメコト(行事)
旧暦では10月、カミナツキの十五夜お月さま🌕
初冬の満月MAXは、十五夜の沈む早朝に当たります。(西暦2024.11.16 6:29)





カミアリモチ(カミナツキモチ・旧暦10月望)

ミのナメは そのメたえにて   
カミナツキ ウメしりぞけて   
シクレなす やゝそこにみち   
ヲおつくす かれヲゝナムチ   
カナツキに ぬるておたきて   
モロカミに モチヰほとこし
 ミカサフミナメコトのアヤ



ヲカミ(太陽・温)のエネルギーが尽きて夜が最も長くなる時節、
ヲカミの尽きてカミナシツキ。
一日に例えると夕日の最後のひと光が沈む、ヒカリなし、カナシ、夜となる。

ここから冬も本番、ひと雨ごとに風は冷たく吹いて、、♪
シクレ(時雨)とは、為し行く力の暮れる冷たい雨のこと。
厳しい寒さに負けぬよう、モチを焼いて食べ、病除けを図ります。
身体にヲカミ(温)のエネルギーを取り込む、カミアリのモチです。
イツモのクニカミ・ヲヲナムチは十月にヌルデ(白膠木・薬草)を焚いて諸臣に餅を施しました。
※ヌルデ:真っ赤に紅葉するウルシ科の落葉高木で、果実は下痢や咳の薬となる。


 
 松江の花図鑑 ヌルデ



ホツマツタヱ6アヤ「ヒノカミ・ソフキサキのアヤ」に、カミアリのモチヰの記述があります。
アマテルカミが富士南麓よりイサワのミヤ(現三重県志摩市磯部)に遷都されて後、
正后ムカツヒメの皇子オシホミミのご出産のご様子が描かれています。


ムカツヒメ フヂオカアナの   
オシホヰに うぶやのみみに   
あれませる ヲシホミのミコ   
オシヒトと イミナおふれて   
カミアリの モチヰたまゑは   
タミうたふ
            


アマテルカミの正后ムカツヒメが皇子をご出産なさいます。
フヂオカ山の井戸オシホヰのすぐ近くに産屋をお建てになり、
トヨケカミ伝来の「ミミノハ」の文の教えの下、
安産が成りましたことから、「オシホミ」の皇子と呼ばれます。
 ※ミミノハ:人が赤ん坊となって生まれ出でるまでの災いを除く方法を記したフミ(文献)。
イミナ(実名・まことな)は「オシヒト」と名付けられました。
ちょうど、カミアリ(旧暦十月)の事でしたので、
モチヰ(餅飯)がふるまわれ、民衆は歌ってのお祝いで賑やかでした。


縄文カレンダーも最後のページ!
次の満月(西暦12月15日)より2025年度版に移ります。
『縄文カレンダー』西暦2025年度版
おかげさまで、縄文カレンダーも10年目となりました。
心より感謝申し上げます。





トホカミヱヒタメ暦~ヲシテ文献から読み取れるコヨミ~
 2024年12月15日から2026年1月2日
 
『縄文カレンダー』では、ヲシテ文献の記述を基に、
コヨミを通して古代日本独自の概念や季節の過ごし方、
祭りの謂れなどについて紐解きます。 

縄文日本では、、
太陽の動きから東西南北・時間経過を認識し、
天体の運行から北極星を宇宙の中心アモトとして
宇宙創造祖アメミヲヤを祀りました。
アモトは宇宙の源であり、イノチの故郷、
「ヒトはアメミヲヤのワケミタマであり、アモトはタマの還る場所」として、
季節の節々に先祖のミタマに感謝を捧げ、お祭りを行っていました。

グレゴリオ暦(西暦)にも対応させ、
現在の祝祭日や二十四節季、雑節等も明記しました。

『縄文カレンダー』2025年度版
◎A4判カラー・竹紙20頁の冊子形。
一冊1500円でお分けしています。
※送料別途。※10冊以上は1冊1000円。

ご希望の方は、
送り先のご住所、お名前、希望冊数を下記までメールにてお知らせください。
送料は冊数により異なりますので、折り返し金額と振込先をお知らせします。
どうぞよろしくお願いいたします。

冨山喜子
【メール】yoshico1018@yahoo.co.jp


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七五三の起源 by ホツマツタヱ

2024-11-14 00:41:23 | ヲシテcafe
11月15日七五三!
この時期、神社に詣でるかわいい姿を目にしますね💗

七五三ウィキペデォアで見てみると、、、
以下要約

七五三とは、7歳、5歳、3歳の子どもの成長を祝う日本の年中行事であり、
神社・寺などで「七五三詣で」を行い、報告、感謝、祈願を行う奉告祭。

由来
天和元年11月15日(1681年12月24日)に
館林城主・徳川徳松(第5代将軍・徳川綱吉の長男)の健康を祈って始まったとされる説が有力。
江戸期は関東圏における地方風俗であったが、
やがてこの儀式は京都、大阪でも行われるようになり、だんだんと全国に広まっていった。

日付
旧暦の15日はかつては二十八宿の鬼宿日(鬼が出歩かない日)に当たり、
何事をするにも吉であるとされた。
また、旧暦の11月は収穫を終えてその実りを神に感謝する月であり、
その月の満月の日である15日に、氏神への収穫の感謝を兼ねて子供の成長を感謝し、
加護を祈るようになった。

明治改暦以降は新暦の11月15日に行われるようになった。
現在では11月15日にこだわらずに、
11月中のいずれかの土・日・祝日に行なうことも多くなっている。


そうなんです!!!
旧暦では15日は十五夜お月さん満月なんです!!!
シモツキ15日は冬のど真ん中、冬至の満月です。
ちなみに、2024年の旧暦11月15日は、西暦12月15日。
満ち満ちて夏至へと向かうエネルギーに転換していく時期!!!
そして、はじまりの「ウイナメヱ」は冬至満月より
この時にいっせいに年取りを行っていたのではないでしょうか?
いわば、縄文の年度初め、新学期のような?!

縄文カレンダーもこの「ウイナメヱ」より、
新年度のスタート、ヱのカミの守りとなります。
縄文カレンダー2025年度版はこちらから✨️
https://blog.goo.ne.jp/ten380445/e/a0491dc7a142930a62a3a4e708b84fbe


ホツマツタヱ1アヤ『キツのナとホムシさるアヤ』の冒頭部分に
七五三の起源と考えられる内容が記されているのでご紹介します。


それワカは ワカヒメのカミ   
すてられて ひろたとそだつ   
カナサキの つまのちをえて   
あわうわや てふちしほのめ
   

ワカ(和歌)の起源についてのお話です。
ワカヒメとは、イサナギ・イサナミご夫妻のご長女で、
お生まれになったとき、両親ともにアメのフシ(厄年)であったため、
当時の慣わしとして捨て子とし、ヒロタ(現西宮市:広田神社)にて、
カナサキ(後のスミヨシ)夫妻に育てられることになりました。
ワカヒメは、養母エシナヅのお乳をのみ、
「アワウワヤ・テフチシホノメ」と愛情いっぱい、大切に育てられました。


うまれひは かしみけそなえ   
たちまひや ミふゆかみおき   
はつひもち あわのうやまひ   
もゝにひな あやめにちまき   
たなはたや きくくりいわひ   
ヰとしふゆ ヲははかまきる   
メはかつき ことばおなおす   
あわうたお つねにをしえて 
  

ご養育は、伝統に沿って行われました。
満一歳の誕生日にはカシミケ(炊いた穀物)のお食い初め、
タチマヒ(歩き初め)の祝い、
三歳の冬の至り(旧11月望。現七五三)には髪おきの儀、
これより年中行事に参加します。

ハツヒ・モチ:新月・満月には、アワ(天地自然)へのウヤマヒ(感謝と敬愛)。
三月三日:モモにヒナマツリ。春の終わりの季節の到来に祝います。
五月五日:アヤメにチマキの祭り。五月雨の夏の盛りに祝います。
七月七日:タナハタの祭り。秋の到来に祝います。
九月九日:キククリの祝い。収穫の季節の到来です。
五歳(イトシ)の冬の至りには、言葉の習い初め、正装での行事です。
ヲ(男子)はハカマを着用し、メ(女子)はカツキ(被衣)です。
そして言葉を直すアワウタをつねに教えてゆきます。

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