天津ドーナツ

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 音のイメージ3 「あ」その一 …もとNHKアナウンサー塚越恒爾さんのブログから

2012-07-08 06:05:37 | 日本語学習法

 新聞の訃報欄に、思いがけない人の名を見つけて、驚くことは多い。「え、あの人が亡くなったのか! あの人も・・・」
 そして、己の馬齢を顧みる。

 ☆☆☆波瀬満子(はせみつこ)本名・白波瀬智子さん。4月19日急性腎不全のため死去・・・劇団四季を経て、谷川俊太郎さんらと「ことばあそびの会」を設立。NHKの・・・☆☆☆

 波瀬さんに初めて会ったのは、代官山の小部屋での“会話会”だった。ゲストスピーカーとして参加していただいた。胸に大きな星の縫い取りをしたセーターを着て、大きな瞳をくるくる回しながら話し始める。
 ・・・神奈川の受賞身障児の施設で、子供を前に、「あ」という言葉だけで、対話をしたいと申し出た。施設長は笑って言った。
 「そりゃダメですよ。ココの子はね。話に集中して聞けるのは、せいぜい20秒ですから・・・」
波瀬さんは、絨毯の上に思い思いの姿勢で転がっている子供たちの中に立った。そして、さまざまな 「あ」という音を出し続けた。
 「あ あっ あああ あああああ あーあーあああ・・・」
 波瀬さんの表現力は無限に広がる。「あ」の音が打ち寄せる波の如く、川のせせらぎの如く、雲の行くなすが如くに続いた。「あ」の山道だ。「あ」の津波だ。
 子どもたちの表情が、次第に解けてゆく・・・
 やがて、子ども達は不自由な体をずらしながら、波瀬さんを囲んだ・・・中には涙を流して反応する子供もでてきた・・・
 もっとも驚いたのは施設長だった。
 そして一時間半、「あ」の音はようやく止まった。
 感動の渦が巻き起こった・・・
 
 聞き入っていた“会話会”の参加者の目には、涙が溢れていた。
 「人間の肉声の持つ表現力の地平」を誰もが感じていた。

 その波瀬さんに、私は頼んだ。
 「今、三省堂から“中学生向けの教材作成を頼まれている”力を貸してくれませんか」
 彼女は、全面的に、協力してくださった。
 「あっ あっ あーあ あ・あ・あ・ああーーーあっあああ・・・」

 久しぶりに、教材のCDのホコリを払って耳を傾けた。
 NHKの「あいうえお」の「オコソトノ姫」のイメージも浮かんでくる。
 もっと生きていて頂きたかった人だった。純粋に、日本語の音を楽しみ、味わうことを、実践し、教えてくれた人だった。
 「あ ああ ああああああ」
 素敵な人は、なぜ皆、逝ってしまうのか。
 大きい目を、倍の大きさに拡げて、波瀬さんは逝かれたのだろうか。
 「嗚呼」