tokyoonsen(件の映画と日々のこと)

主に映画鑑賞の記録を書いています。

アルベール・カミュ 『最初の人間』

2013-05-12 19:28:03 | 
 アルベール・カミュが1960年に事故死した際に、車の残骸と共に鞄が見つかった。中に入っていた未完の原稿とノートが、『最初の人間』である。34年後の1994年に出版された。

 先月くらいに映画化作品を観たので、映画の中の印象的なシーンや、アルジェリアの景色を思い浮かべながら読めるかと思った。けれど、そんな伴奏は必要がなかった。というよりそんな余裕は(自分に)なかったというのが感想。

 カミュの遺したノートによると、この後に「青年」という見出しの文章が続く予定だったらしい。
 また覚書などによれば、自伝的な要素を削り落とし、アルジェリア移民(フランス人入植者)の移民生活や歴史を掘り下げた、相当にスケールの大きい構想もあったらしい。

 確かに「未完」なのかもしれない。

 未完、ばんざい。

 カミュにとっては不本意なのかもしれないけれど、良かったように思う、少なくとも私にとっては。自伝的要素を削られてしまってはたまらない。こんなにも、幼年、少年時代のことが、くっきりと、鮮やかに描き出されていて、愛着と嫌悪と、体温が感じられた。私は好きだし、そんな小説はとても貴重なのではないかと思った。未完なんて言えない。そもそも、オチだとか意図とは関係ないところで、人間は生きてるじゃないか(多分)。それでも一瞬一瞬が、すばらしく完成されているようだ、と、そう思えた。

 抜粋しておこう。


 「~ そのどろどろした、それと感じられないうねりから、彼のうちに、日を経るに従って、欲望の中でも最も激しく、最も恐ろしいものが生まれてきた。それはまるで砂漠にいるような不安、このうえなく豊かな郷愁、裸一貫と節制へのにわかな欲求、また何者でもありたくないという渇望のようなものであった。」 (第2部 息子あるいは最初の人間、2 自己にたいする不可解さ より)

 「~ 海は穏やかで、生暖かく、濡れた頭の上の太陽も今や軽く感じられた。そして輝かしい光がこの若い肉体を歓喜で満たし、彼らに絶えず大声をあげさせていた。彼らは生活と海を支配しており、世界が与えることのできるもっとも豪華なものを受け取っていた。そしてそれを、まるでびくともしない自分の財産を確信している領主のように、惜しげもなく使っていた。」 (第1部 父親の探索、4 子供の遊び より)


 前後したっていいのである。そうだとしても、面白いし。

 

 新潮社、大久保敏彦訳、1996年。文庫版は2012年発行。

 最初の人間 (新潮文庫)