10年くらい前、専科をしていたときの話です。
あるクラスに補欠に入りました。
給食の支度は、僕が何もしなくても、子どもたちは自分たちで準備して、僕の分の給食を作ってくれました。
掃除の時は、子どもたちがきちんと自分の仕事をしていました。そして時間内に教室が綺麗になりました。
別の時、別のクラスに補欠に入りました。
給食の支度はいつまでたっても始まりませんでした。当番は二人くらいしか働いていませんでした。他の当番の子を探し当てると、今度は誰が何を配るか揉め始めました。指示しながら配膳を手伝い、やっといただきますになりました。片付けも同様でした。
掃除の時、真面目にやっている子は半分くらいでした。そして驚いたのが、床を拭く子がいなかったのです。子どもに聞いて回ると、どの子も自分じゃないと言いました。掃除当番の掲示物も、場所を示すだけで、誰が何をやるかわからないものでした。結局、床拭きはなしになりました。掃きや机を運ぶのを僕も手伝いましたが、時間内に終わりませんでした。
前記のクラスは、子どもたちだけでクラスがうまくいくよう、学級のシステムを構築していました。自ら働く子どもたちは生き生きとしていました。
後記のクラスは、クラスのシステムができていなかったので、補欠の教師が入ると、子どもたち自身が何をすればよいかわからなかったようです。サボったり、文句を言ったりと、子どもたちはギスギスしていました。
教師がいなくても、子どもたちが自分たちだけで生き生きと1日生活できる、そんなシステムを作り上げるのも教師の仕事です。
あるクラスに補欠に入りました。
給食の支度は、僕が何もしなくても、子どもたちは自分たちで準備して、僕の分の給食を作ってくれました。
掃除の時は、子どもたちがきちんと自分の仕事をしていました。そして時間内に教室が綺麗になりました。
別の時、別のクラスに補欠に入りました。
給食の支度はいつまでたっても始まりませんでした。当番は二人くらいしか働いていませんでした。他の当番の子を探し当てると、今度は誰が何を配るか揉め始めました。指示しながら配膳を手伝い、やっといただきますになりました。片付けも同様でした。
掃除の時、真面目にやっている子は半分くらいでした。そして驚いたのが、床を拭く子がいなかったのです。子どもに聞いて回ると、どの子も自分じゃないと言いました。掃除当番の掲示物も、場所を示すだけで、誰が何をやるかわからないものでした。結局、床拭きはなしになりました。掃きや机を運ぶのを僕も手伝いましたが、時間内に終わりませんでした。
前記のクラスは、子どもたちだけでクラスがうまくいくよう、学級のシステムを構築していました。自ら働く子どもたちは生き生きとしていました。
後記のクラスは、クラスのシステムができていなかったので、補欠の教師が入ると、子どもたち自身が何をすればよいかわからなかったようです。サボったり、文句を言ったりと、子どもたちはギスギスしていました。
教師がいなくても、子どもたちが自分たちだけで生き生きと1日生活できる、そんなシステムを作り上げるのも教師の仕事です。