癒しの庭Ⅲ

集おう癒しの庭へ

江戸時代の金鉱跡は今はきのこの産地・・・!

2007年08月17日 | Weblog
   昨日のことです。
   昨日の先祓舞調査の合間に3人の委員で見学に行った場所のことです。
  
        https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/88/63566fbf55f6fbef40eb2d0926cf1d52.jpg

   ここは怖い所です。
   市内の廃鉱となった鉱山の坑道です。
   中を覗くと天井から土が崩れています。

                   https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/c7/6c27a5d2aafd2f48f5b8be7d0a8a0c46.jpg

  ここは江戸時代に金鉱のあった所で、当市の古文書や古地図に出てくる「赤沢」と言う所です。

   普通の人はここには近づきません。何故なら・・・・

   https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/17/8b0a19632f9f220a524362092c62765d.jpg

   地下に坑道があり、陥没穴のある場所なので、入ってはいけない所なのです。その場所に私たち3人は入って行ったのです。赤沢の坑道の位置を確認するためにです。

  そして先の坑道の上に、この地区の史談会が建てた標柱が2本あるというのです。見に行きたかったのですがT女史にはやや困難なので中止とし、見たければ、私が自分で見に来てはということになりました。

 案内して下さったS調査員によれば、この場所は秋のきのこの時期になるとたくさん人が集まる場所なのだそうです。「アミタケ(のべり)」がよくとれる所だそうです。

   さて、私は赤沢の2本の標柱を見がてら、きのこ狩りに行ったら良いのでしょうか。 

   危険を避けながら行って見たいのですが・・・、やはり危険でしょうね。
   まずは、きのこの頃になったら様子を見に行こうと思います。

 
  今日、明日は、おかあさんの久々の里帰りの日、楽しみです