夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

装いせよ、宴にふさわしく

2005-05-15 | tale


すべてがデータになる前に(13)最終回

 硬い表情のドクターやナースがわざとのように忙しくしてるのを見物しながら、死因だとか、動機だとか、ここの連中も深刻そうな顔で声を弾ませて噂しあっている。死体と遺族をいじくり回すマスコミは、ぼくらの中にある。まーちゃんはうー、うーって言っている。そうだね。いつものみんなと違っていやな感じだもんね。仕方ないさ、ほんのちょっとの間だから。あなたのことは忘れないって、涙ながらの葬儀が終われば、みんなの心からは片付いていくさ。

 そう人が死ぬなんて大したことじゃない(夜勤明けのナースが嘆いてくれる。疲れきっているのにジャンクなデータを書かなければならないからね)。自分が死んでみるとよくわかるよ。わずかなデータが残るだけ。ハードディスクのほんの小さな領域。……今に生きているうちに変換してくれるだろう。DNAだけじゃなく、記憶も脳の動きも、何もかもすっきりと。ディスクに閉じ込められ、画面で自由に、心のままに動くぼくら(ぼくはHPを稼ぐだけのキャラクターになりたいな)。もう既にそういう時代に向かって、みんなの魂は、装いを始めている(私は何ものからも自由だって? それはそれはanonymさん。真っ先に洞穴の外にまとめてご案内しましょう)

 目は見えるかい? どうだい? 自分の姿は、魂は。どっちがみすぼらしいかな? 振り返って自分を見ないとね。まぶしいのかい? 死の眼差しは。……海の中から首をもたげただけだよ。この世界はこいつの背中の上に乗っている島々だって気づかなかったの?  いつも海の底からあんたを静かに見守ってくれてたって知らなかったの? でも、怖がることはないよ。君のことはもうすっかり取り込んじゃったから。引き返すの? でも、またここに戻るようにしか君は自分でプログラミングしていないって思うけどね。

 どんちゃん騒ぎをしよう。大盤振る舞い、大宴会だ。酒を飲もうよ、カクテルを。ぼくも飲んでもいい。生きたくもないのに生きて、死にたくもないのに死んでしまったんだから、それくらいしてやってもいいだろう? ……規則はぼくらを縛り、ぼくらは他人という名の自分を規則で縛る。そうすることは正義、道徳、白い墓。どこまで行っても、自分自身に出会い、自分自身に拒絶される。

 誰がぼくのことを笑えるだろう? 誰がぼくに叫ぶのだろう?……大水が出たよ。コーヒー牛乳の中に浮かぶ屋根と手を振る人びと。石ころだらけの海岸からずっと遠く、ボートで行き来する。暗灰色のスカーフをヨットの帆のように広げて。ぼくはどこからかその広々とした風景を俯瞰している。堤防が破れたんだ。みんな眠っている間に、流される家は流され、残る家は残り、そこに何の理由もないけれど、用もないのに電信柱はぜんぶ突っ立ってる。そこが道だったと示すつもりじゃないのに。ぼくはそのか細い手をつないでいる電信柱たちに親近感を覚える。鴉が目の前を飛び去る。試験飛行機のような大胆さで、嘲笑的な青空へ向かって点になって行く。目の裏が熱く、赤くなる。ぼくは誰かとつながっているのだろうか?

 起床、ラジオ体操、朝食、清掃、休憩、入浴、問診、昼食、レクリエーション、休憩、夕食、テレビ、休憩、就寝、消灯。時間が氾濫する。隙間だらけの杭のようなスケジュールの間を通って。ぼくの踝、膝、腰、胸……すべてを飲み込もうとしている。

 「何をぶつぶつ言ってるの?」かわいい女の子の声が聞こえる。「しゃべれるんだ?」「当ったり前じゃない。何だと思ってたの?」ぼくの肩口にずっと前から見え隠れしていたけれど、知らんぷりしていた。「……パルメ」「何それ?」「2,000年以上前に死んだじいさん。ゼノンとゲーデルの先生」「違うなぁ。あたしが何で昔のじいさんなのさ。もっと単純素朴に考えられないの?」「じゃあ、ティン・カーベル」「あは。またかわいく言ってくれたね。ブッブー」「あの女に何で憑いてたんだ?」「あれ、知ってたんだ。まあ、そうだよね。あんたは……」「そんなことより何でだ?」「理由なんかないよ。あの子が好きだったから」誤魔化してやがる。こいつはぼくも引きずり込もうとしている。

 「それにあの子ったらさ、悩んでたからね。彼氏が病気になって」そのことは知らなかった。何か引っかかるものがあるとは思っていたけれど。「どうなったんだ? その彼氏は」「さあ、白鳥だか鴉になったんじゃないの?」白と黒と全然違うじゃないか、マクベスの魔女みたいだ。かわいいくせして、やっぱりこいつとしゃべりすぎることは危険だ。「危険? だってあんた死んだんじゃないの?」「死んでもなりたくないものは、なりたくない」「でも、死体は何をされても抵抗できないでしょ? そういうのって嫌いじゃないでしょ?」「いやだ。ぼくは死体じゃない」「助けて、ママたちって言うの?」沈黙せよ。石のように、神のように。「死体のように、ね?」こういう奴の退治方法は知っているぞ。でも、それを考えちゃダメだ。読み取られる、ぼくの頭がスキャンされる。……

 「そぉんなに、嫌わなくたっていいんじゃなぁい?」かわいい声、怖い声。「仲良くしようよ。あんたのこと好きなのに。黙っていたいなら、それでいいから、あたしに任せて」どうしてぼくを誘おうとするんだろう。

 ……それから、ぼくらは長いこと話し合った。女の子がしゃべり、ぼくは考えるだけだったが。ぼくが少しずつ警戒心を解き、海を思い浮かべるようになってきたことも含めて何でもわかっている。「じゃあ、行く?」と訊く。湿気を帯びた西風が吹いて、潮のにおいがする海辺ならどこでもいいと思った。微笑む。初めてその顔が見えたような気がした。ゆっくりと立ち上がって、歩き出す。まーちゃんに心の中で、さよならと言う。

 「だいじょうぶ。すぐに済むから」誰の声とも知れない声が聞こえる。行き止まりの鉄の扉ががたん、ガシャンとすさまじい音を立てながらゆっくりと開く。そこに何もないことを祈りながらドアの向こうの光を、ぼくは見つめる。


       ―― Get it just before data swallows up you.


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