夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

ジャパン・レクイエム:Requiem Japonica(16)

2005-07-19 | tale

 翌朝、家計を支えるためスーパーマーケットで惣菜作りと販売をしている栄子と学校のある輪子が出掛けた後、布団の中でのたくっていた宇八に欽二から電話が入った。

「昨日は悪かったな」
「いや別にかまわん。すんだことを気にするな」
「どうだった? あそこはわりとうまいだろう?」
「まあ、あんなもんだろ。……何か用か?」
「用ってことも……奥さんは?」
「あいつはとうに出掛けた」
「何か言ってなかったか……いや何もなければいいんだが。どうだった? 昨日の首尾は」
「ふん、どう言えばいいのか。長くなるぞ。昼飯でもおごるなら教えてやろう」
「高い料亭なんて言うなよ」
「おまえんとこの近くの中華料理屋で、冷し中華と春巻でどうだ?」
「棒々鶏も付けよう。じゃあ12時過ぎに会社に顔を出せ」
 
 以下は、その中華料理屋で皮蛋とクラゲ、棒々鶏をつまみに生ビールを飲みながらの会話である。

「……おれも結構飲んでたし、あっちもわりと飲んだと思うよ。こっちは飲ませるつもりだったし、勧めるとあんまりは断らないんだ」
「いいな、ちきしょう」
「それで食事が終わって、どうすべえって話なんだが、公園をお散歩しながら天文学の話って年でもないし、すぐにラヴホテルでお医者さんごっこってのも、紳士たるもの、ちょっとね。……怒るなよ、考えただけだって。それであの近くにひねたババアがやってる飲み屋があるのを思い出して、もう酒は要らない気分だったけど、あそこなら小上がりがちょっと間仕切れて、状況の変化に柔軟に対応できるかなって思ったんだ」
「ついて行ったのか、彼女は」
「そんな切なそうな顔すんなよ。話やめようか?」
 出てきた冷し中華に辛子をたっぷりかき混ぜながら言う。
「……わかったよ、そんなにクラゲくわえたまま、顔をプルプル振るなって。聴きたくなくても、知りたいんだろ?」
「その、なんて言うか、あんまりドギツクないように」
「ガキみたいなこと言いやがって。わかったよ、上品とはいかなくてもせいぜい客観的に言うよ。あ、中ジョッキおかわりね」

 羽部が冷し中華を二口、三口すすり込み、揚げたての春巻を辛子醤油にちょっと漬けて、パリリッと噛み、「アチチ」と言いながら、運ばれて来た中ジョッキを喉を鳴らしながら飲み込むところを、仲林は箸を持ったまま、講義が始まるのを待つまじめな学生のような顔をして見ていた。

「それでさ、ババアにビール2、3本に、しけたつまみ出したら、のれんしまって2時間ばかしどっか行ってなって、いくらか握らせたんだ」
「……おまえって、そんなに手際よかったっけ?」
「うるさいね。昨日は冴えてたの。相客もいなかったしさ、そんな日があんの」
「そういうもんだよな。競馬とか競輪でもビンビン来る日ってあるんだよなあ。で、どうした?」
「うん。それで小上がりに差し向かいで、ビールを1、2杯ずつくらい差しつ、差されつしながら、なんの話したと思う?」
「いやあ、分からん」
「キリストの話さ。イエス・キリスト。……あいつが言うとエス様に聞こえるんだけど、そのお話」

 にやりと笑いながら、冷し中華を更にすすり込む。欽二もほっとしたように冷し中華に手をつけ始める。

「エス様が受けた苦難をわたくしどもも受けなければとかなんとか、辛気臭い話してるなあと思ってたら、何か変なんだ。……わたしもエス様と同じように鞭打たれ、縄打たれ、十字架に架けられなくては、なんて、うっとりした顔で言うんだ」

 欽二はとたんに口の中の冷し中華がむせ返り、しばらく咳き込んで声が出ない。

「そ、それで、おまえは……」
「うん。『ぼくはエス様でも神父様でもありませんが、君の苦しみを少しでも取り除くお手伝いならしましょうか』って言ったんだ。耳元でな」
「そ、そしたら?」
「ますます、うっとりした顔になって、『はい、お願いします』って目を閉じて言ってさ。するとぱあっといい香りがして、顔全体が光り輝いてくるんだな。いいもんだな、今思い出しても」

 仲林は好奇心が口惜しさを抑えつけ、打ち克とうとしているような表情をして、黙っている。

「おれも立ち上がってみると思いのほか酔ってるのに気づいたけど、なんか芝居がかったような気分で細い顎をつかんで、くいっとこっちに向けると、またいい表情するんだよ。でも、それ以上いろいろしてみようと考えは浮かぶんだが、体が鉛みたいに重く感じてしまうんだ」
「いざとなるとってやつか?」
「まあ、そうなんだろ。だが……」
「だが?」
「子どものいたずらみたいだけど、ほっぺたをつねってみると体をくねらせるもんだから、これはあっちの気があるのかなって」
「本当かよ?」
「酒の見せた夢かもしれん。話はますます変になるからな」
「変に?」

 欽二にしてみれば話は上がったり下がったり、そのたびに冷やし中華をつまむ箸も上下する。

「うん、じゃあ、ご期待どおりいじめてやるかってズボンのベルト抜いてさ、端っこ持って軽くぺしぺし顔を叩いたら、手を後ろに回して縛ってほしそうなんだ。またその振り返った腰のひねり方がいいんだよな。じゃあって後ろ手に縛ろうとしたら……」
「縛ろうとしたら?」
「手首のところに赤くくっきりと縄の跡が」
「嘘つけ、いくらなんでもそれはないだろ」
「うん、おれもそんなはずはない。今の今までこんな縄の跡なんかなかったぞと思ったら、ぐわんと酔いが回って、あとはもう断片的なヘンテコな記憶しかない」
「どんなだよ」
「逆におれが責めたてられてるとか」
「おまえ、そんな趣味あったのか?」
「知らんよ、記憶に訊いてくれ。それに」
「それに?」
「さすがにこれは正真正銘の幻だと思うんだが、『姉はもっと罪深いんです』とか、『姉も苦しみを受けなくては』とか言ってるなって思ったら、百合とかいうのも店の奥から出て来たんだ」
「そんなバカな。……おまえさんは想像力豊かだから、そういうの頭でこしらえちゃうんじゃないの?」
「そう考えておいた方がいいかもしれんな。昨日のことは、お互い」
「……ふう、なんともすごくて、奥さんにはとても言えんな」
「言っても信じないだろ。……信仰の何たるかなんて、あいつにはわからんからな」
「信仰とは関係ないだろ? そんなエロ話」

 欽二が憑き物が落ちたような表情で言うのに、春巻の最後の一本を口に運びながら、宇八は独り言のように言った。

「ふん。お行儀のいい、ためになるお話なんかよりずっと宗教的だったぞ。昨日の夢だかうつつだかは。キリスト教的かどうかは知らんが」


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4 コメント

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な、縄… (hippocampi)
2005-07-20 23:44:34
夢かうつつかもつれてきましたね
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いやいやどうも…… (夢のもつれ)
2005-07-21 06:34:33
ちょっとアレっぽい感じになってますが、なぜ縄の跡が出てくるのかは、もうすぐわかると思います。

縄だけにもつれてますって、おやじギャグで今のところはご容赦をw。
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書き忘れましたが… (hippocampi)
2005-07-21 10:01:06
この春巻き、御自宅で召し上がったものですか?すっごく盛り付けやお皿がきれいで、中はジューシー外はパリパリっていう感じでとても美味しそう。食欲をそそります。ぐう~
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いえいえw (夢のもつれ)
2005-07-21 11:50:58
ネットで探したものです。

こんなにおいしそうにはできないですし、うちはディッシュウォッシャーに対応できる没趣味なお皿しか使わないですから。



この物語では自分が好きな食べ物をたくさん登場させて楽しんでいます。



春巻って、英語(Spring Roll)でもドイツ語(Fruhling Rolle)でも、そのまんまなんですよね。
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