夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

ジャパン・レクイエム:Requiem Japonica(27)

2005-08-26 | tale


 焼肉屋での興奮覚めやらぬ次の日曜のミサには、百合の姿はなかった。宇八と欽二が拍子抜けしていると、終了後ルーカス神父が歩み寄って来た。
「羽部さんのレクイエムを東京で見せて、わたしがオルガンで少し弾いたらですね、とても評判になりました。植村さんとか、安田さんとかも、あ、テレビで司会のお仕事をされている方です、植村さんは。安田さんは霞が関のお役所の方です。いつもどうしたら教会に来られる方を増やして、キリスト教を日本に根付かせていけるのかって、みなさん熱心に考えてくださっています。こういう曲があればとてもいいきっかけになるっておっしゃって。……ぜひ羽部さんにも会いたいっておっしゃってました」
「そうですか。そうでしょう、うん。どうかね、仲林君、これは我々も近々東京に行ってみないといかんね」
 仲林君はレクイエムでも、レクリエーションでもなんでもいいのだが、テレビの司会者や霞が関の役人なんていうのはカモの群れのように思える。うれしそうに頷き、
「時木さんの話とうまくつながっていけばいいな」と言うと、
「当然だよ。もうつながっていると言っていいだろう。神父さん、今度上京される時にご一緒させていただきましょう。仲林君も行くかね?」と旅費を仲林商事に回すつもりで言う。仲林君はそれは宇八に任せたいと口の中でもぐもぐ言う。

 神父とトカゲの話をしても仕方がないので、宇八は『オフェルトリウム』の構成の話をした。
「最初は五重唱かなと思ってたんですが、どうも最近六重唱なのかなっていう気もしてまして」
「六重唱ですか? テキスト上は4つの部分に分けられるとは思いますが」
「ああそれはわかりますぜ。3行目までと、6行目まで、あとが2行ずつでしょう? 3、3、2、2ですな」
 ポケットからテキストをひどい悪筆で書いた紙を出して見る。
「そうです。内容的にも4行目からの3行が1回目の契約、次の2行がoffertoryで、最後の2行が2回目の契約の言葉なんです」
「でしょうな。ただ最初の3行がどういうものなのか、はっきりしませんな。4行目、5行目にはどうもいろんな性格のものがある。……まあ、神父さんからじゃあ言いにくいでしょうから、わたしが言いましょう。地獄の罰だの冥府だの、削られた『怒りの日』と同じような黙示録的、まじない的な要素、これでしょう? この間おっしゃったような魂、深い淵、聖なる光、そういう、ずばりと心に入ってくるものとここで一緒くたになっている。これをどうするんですかね? いや、教会はどうしてくれるんですかね?」
 神父は答えない。ぽんぽんとテクストをつつく宇八の言葉にじっと耳を傾けたままである。

「そう、自分の魂の問題なんだ。自分でケリをつけなくてはね。……ただこうした聖なるものは、まじないみたいなのと、1枚のコインの表と裏じゃないですかね。だから聖なるものって、男と女の色事と同じでそんなに大っぴらに言っちゃあいけない。聖書もポルノみたいにこそこそ、チラチラ、ほどほどに見た方がいいんじゃあないですか?」
 神父はかすかに微笑みを浮かべながら、やがて静かに言った。
「羽部さん、そろそろお昼ご飯の時間ではないですか? わたしは用事があってご一緒できませんが。……羽部さんの『オフェルトリウム』が出来上がるのを心待ちにしています」

 外に出ると欽二がたまりかねたように宇八に言った。
「あのさあ、神父さんがあんなに親身になってくれてるのに、なんでおまえはケンカ売るみたいなこと言うの? おれも奥さんもハラハラしてたんだぞ」
「何言ってやがる、あれは……」と言い返しかけて言葉を飲み込んだ。欽二も栄子も、ひょっとすると輪子も、神父に失礼なことを言ったのを責めているのではなく、そういうことを言った自分のことを本当に心配して、ハラハラしていることがはっきりとわかってしまったからだった。
 そのことは彼を不安にした。こいつらはおれの何を心配してるんだ。いつものおれじゃないか。おれのことなんかかまわずに、自分のことだけ考えていればいいじゃないか。世の中のことはそれで大抵うまくいくはずなのに。……どこか春めいてきた風が吹いている。


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2 コメント

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こそこそ、チラチラ、ほどほど (hippocampi)
2005-08-26 21:42:31
聖書も、ですね。

ふふふ、面白いです。
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ほどほどに (夢のもつれ)
2005-08-27 00:54:52
楽しんでください。。聖書も、ねw
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