チューリヒ、そして広島

スイス・チューリヒに住んで(た時)の雑感と帰国後のスイス関連話題。2007年4月からは広島移住。タイトルも変えました。

【宣伝】翻訳書出しました

2010年10月16日 16時00分11秒 | Weblog
このたび、日本キリスト教団出版局から翻訳書を出しました。

W.マルクスセン『福音書記者マルコ:編集史的考察』

「聖書学古典叢書」の第1弾として出版されたこの本は、副題にもあるように、新約聖書の福音書研究における「編集史的」分析方法の先駆けとなった一冊です。イエスに関する福音書の記述は、口頭で伝えられた断片伝承を寄せ集めて「編集」したものですが、その編集の仕方には福音書を書いた著者の思想や経験が反映しているというのがこの分析方法の基本的な考え方です。

伝えられた伝承そのもの(はイエス自身の史実に遡る可能性が高いわけですが)よりも、その伝承に著者が施した枠付けや改変に注目し、そこから著者の思想を読み取ろうとするこの研究は、ハンス・コンツェルマン『時の中心:ルカ神学の研究』(1954年。邦訳1965年、新教出版社)によってルカ福音書に適用されて始まりましたが、この方法に「編集史」(Redaktiosgeschichte) と命名したのは、この本の著者ヴィリ・マルクスセンでした。それ以来、この名前は方法自体と共に広く受け入れられ、聖書研究の基本的考え方となりました。

初版が出たのが1956年。翻訳は1959年の第2版に基づいています。初版が出てからもうすぐ55年。これを古いと見るか、新しいと見るかは意見の分かれるところかもしれません。同じ「聖書学古典叢書」収録予定の他の本は、みな1900年代前半に出たものばかりですから、その中では「新参者」ではあります。が、20世紀後半に発展した聖書学の歴史を考えると、まさにその出版点にある古典的1冊なことは間違いありません。

新約聖書研究ではもう当たり前過ぎる方法なので、今さら「編集史」と銘打つ研究もあまり見ませんが、旧約聖書研究では今でもバリバリの現役で、「編集史的研究」と名の付く学位論文がドイツでは21世紀に入っても出されています。この方法が元来は旧約聖書研究から取り入れられたことを考えると(フォン・ラートやノートの研究はその先駆けです)、不思議な気もします。

原書はもうドイツでは絶版になっているようです。そんな本が今頃日本で新刊書として出て来たわけですが、聖書の研究をやるなら編集史の考え方は必ず通る道ですから、基礎文献にさっと目を通すことができるという意味で存在価値はあるかと思います。

税込み3990円。4000円でちょっとだけお釣りが来ます。聖書研究に携わる(予定の)方、聖書解釈に関心のある方、よろしくお願いいたします。