ドイツ・フライブルクの古本屋から取り寄せた古い研究書(1936年刊)を開いて見たら、中からこれまた古い絵葉書が。
SANCTA MARIA GORETTI という名の少女、11歳にして父親の違う兄若い男に殺されたが、その後カトリック教会から殉教者と認められて列聖されたという。
絵葉書の裏面には VOLKSKUNST SANCT CLARA BASEL というハンコが押してある。どうやらスイス・バーゼル(フライブルクと近い)の聖クララ教会(カトリック)で売られていた作品らしい。絵には作者の名前(Casimira Dabrowska か)と制作年(1952年)が記入されている。
この本を買わなかったら、マリア・ゴレッティという聖人を知ることもなかっただろう。古本にはこういう出会いがある。
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ちなみに、本の著者 Anton Vögtle は、フライブルク大学神学部(カトリック)の教授で、有名な新約学者だった (1910-96)。同大学の学長も務めている。ドイツ語版Wikipediaは、「第二次大戦後のカトリック聖書学は、Anton Vögtle の業績なしには考えられなかったであろう」とさえ述べている。
*2022年4月3日追記:コメント欄で誤記のご指摘をいただきましたので、遅まきながら一部訂正を入れました。
SANCTA MARIA GORETTI という名の少女、11歳にして
絵葉書の裏面には VOLKSKUNST SANCT CLARA BASEL というハンコが押してある。どうやらスイス・バーゼル(フライブルクと近い)の聖クララ教会(カトリック)で売られていた作品らしい。絵には作者の名前(Casimira Dabrowska か)と制作年(1952年)が記入されている。
この本を買わなかったら、マリア・ゴレッティという聖人を知ることもなかっただろう。古本にはこういう出会いがある。
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ちなみに、本の著者 Anton Vögtle は、フライブルク大学神学部(カトリック)の教授で、有名な新約学者だった (1910-96)。同大学の学長も務めている。ドイツ語版Wikipediaは、「第二次大戦後のカトリック聖書学は、Anton Vögtle の業績なしには考えられなかったであろう」とさえ述べている。
*2022年4月3日追記:コメント欄で誤記のご指摘をいただきましたので、遅まきながら一部訂正を入れました。
ご返信して下さっていたのですね。ご返信して下さった日付が、なんと私の誕生日の日付です!(4月23日)
少し前にスマホが壊れまして^ ^::保存していたモノが全部無くなり(T . T)このことも忘れておりましたが、マリア・ゴレッティの導き⁈なのか、不思議です。
書いてくださったページ?にメールをさせて頂きますので、少々お待ち下さい。
ありがとうございました!♫
Maria Goretti Ayako T.
絵はがきはまだあります。差し上げますので、メールで郵送先を教えていただければと思います。アドレスは、左のブックマーク「TSUJIGAKU研究室」のトップページにありますのでご覧いただけますか(このコメントにもリンクを張っておきます)。
このポーランドの女流画家ドンブラフスカの聖画は、まだお持ちでいらっしゃいますか?
できますれば、お譲り頂きたいのですが…
お支払いも致します。
マリア・ゴレッティの聖画は、ほかにもありますが、これは知るところによると、バチカンの切手にもなっているようなのですが、あまり知られておりません。私が持っているものは、この絵と同じですが、白黒のもので…
イタリアでは有名な聖人のようですが、日本では、この洗礼名を付けているカトリック信徒は少ないです。私は、今は亡きスペインバスク出身のイエズス会師である司祭から、洗礼のときにこの名をつけてもらいました。この司祭は東京四ツ谷にある聖イグナチオ教会で長らく司
牧をされ、2011年に90歳で逝かれました。
このマリア・ゴレッティという少女の聖人をとても愛しておられ、実際にイタリアのネットゥーノに安置されているマリア・ゴレッティの不朽体をご覧になったそうです。
今は、その不朽体は少し覆いが被されているようですが、司祭がご覧になられた当時は、
とても綺麗だったと言われていました。
私も、いつかこのマリア・ゴレッティが安置されている聖堂を訪ねてみたいのですが…