夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

神経症の小国(アメリカと較べれば)韓国

2013年05月12日 15時02分34秒 | 日記
 アメリカは相対的に弱者であった者達が相対的に強者になった時に犯した犯罪・・・法的には犯罪と規定出来なくても彼らがまさにその存立の根本理念として信奉した宗教的には立派な罪(SIN)である・・・先住民から土地を奪ったこともハワイを強奪したことも、日本を戦争に引き込んで原子爆弾で決着を着けたことも、日本の諸都市を無差別爆撃したことも・・・の自責の念を打ち消したくてたまらずに正義の発動を他者に対して行うことによってその不安神経症の発作から逃れようとする。
 同様に韓国も、現在に到る自らの存立や成果が自分自身の労苦によるのではなく日本が整えた法、制度、インフラ、教育、戸籍、等々、近代国家の基本の形の上に在る、尚且つさらにその上に工業技術などの教示、基礎の提供などによって今に至っていると言うことを内心気着いている。かつて未開国と侮っていた国、民族に対してこれは如何にも口惜しいことである、が、奮起する気力、現実を冷徹に見据えて自己改革する意志も力もないところから来る自己嫌悪が、その現在の土台を据えられた時代についての記憶を蘇らせる事象に遭遇すると神経症の症状として発症する。これを沈静化させるためには忸怩たる劣情を何かの形で発散させなければならない。それが歴史認識発言であったり竹島不法占拠であったりする。
 しかしこれらの大国も小国も根本的な解決・・・自己否定をするところから出直さない限りその病は治癒しない。それはおそらく不可能である。

 朝鮮と同じような立場にあった台湾はどうか?あそこは日本人が行くまではただの南の島、清王朝はあまり面倒みなかったのではないか、自我意識が余り強くなかったようだ。そこで日本が残して去ったものの上に現在を築いたと認めた・・・と言うよりは自分たちが全てに亘って上位にあるとの”気概”で蒋介石に相対した。”イヌ去ってブタ来たる”と彼らは言ったようだ、その気概を的確に表現している。本音を殺して建前を標榜する神経症の原因がなかった。

・・・自己否定、これは日本人お得意の性癖ではないか?自己否定には学びたがると言う側面がある。古くは明治維新、近くは第二次大戦、いずれもそれまでの在り方を否定して学ぼうとした。故に日本人に国家規模神経症はない、ないどころか学んだことによって益々肥え太って来た。

明日がない、だって、・・・・

2013年05月12日 06時21分13秒 | 日記
 国家元首が訪問した先の政治家に向かって公の場所で一方的にどこかを貶すなんてのは品も礼も弁えぬ下郎の所業ではあるまいか??日本の陸軍士官学校ではそういう人材を養成した覚えはないはずだ。親の薫陶は子にまで及ばなかったか?
 しかし貶された方は貶した方が無くても一向困らないが貶した側はそっぽを向かれたら困るのではないかな?まあ、昔に戻ってどこかの走狗としてかろうじて生きればいいのだろうが一旦引上げた生活レベルをまた下げるのは難しいんじゃないかな?井上靖さんの”風濤”を読んだことあるかい、それは苦渋に満ちたもんだぜ、まあ、小説だが。
 しかしこんな品も礼もない演説にブーイングもしない、嗜めもしない間抜けと日本は真面目に付き合っていいのかな?あんただって日本が壊れたら、つまりキレたらちゃんと戦闘機や車を製造できなくなるんじゃないかな?
 君たちは日本を実験場として原子爆弾というものを二発落としたね。都市を空爆しただろ?その歴史認識と言って騒がれているかい??

 違いが解らない?・・・・救いようがないな、民族国民の品位の差ですよ。