我々が使っている数字はサラセン人が発明したアラビア数字とインド人が発明したゼロ(0)である。この10個の文字と小数点でどのような数も表現出来る。
しかしもし石ころで数を表せと言われたらどうするか?・・・地面に豆の莢のような図を描き、『羊が一頭、囲いを出た』と【一番右の穴に石を置く】。『また一頭出た』・・・【その石を左の穴に移す】、『さらにまた一頭』、・・・空いた右端の穴にもう一つ石を置く、また一頭出た、・・・二つの石を取り払い、右から三番目の穴に石を一個置く・・・所謂二進法表示である。【信号が来ている穴と来ていない穴の羅列で数を表現する、コンピュータの原理】である。
【私】なる人格或は意識、想い、念慮、霊、は霊界では例えば568と表現されるかもしれない。しかし意識が形をとる現象界では【並びでしか】表現されえない。【赤子の私】【乳幼児の私】【幼稚園児の私】【少年の私】・・・・【老人の私】。ここに【時間の概念が生じる】
霊界に於いて【私】の全体は既に存在する。それが現象界に形を表す場合、【未知の何か】がそこに介入するわけではない、総て既知の状態が順番に表現されるだけだ。 予知夢がある理由はそれである。且つ人の一生は産まれた時には総て決まっている。そこで、【あなたがどういう一生を送るか?】は【現在のあなたの人格、意識の傾向】などを観察すれば大凡洞察出来る。