月のひびき (徳正寺だより)

“いま”出遇えた一瞬をパチリ
それは仏さまとの日暮らし…

友情爽快

2010年06月02日 20時16分10秒 | 仏々相念(住職日記)
ただいま~・・・

疲れきって2人の子どもたちが帰って来ます。
2人とも3年ですので部活も引退となります。

ひたむきに、ただひたむきにガンバって来ました。
苦しいこと、辛いこと・・・沢山、沢山経験しながらこの日を迎えます。

学校に上がると家より学校の方が長くなります。
親より友だちとの時間の方が長くなります。
部活の友、クラスの友、友達の友・・・
辛いこと、苦しいこと・・・共に乗り越えてこの日があるのでしょう。

いいな~、青春! 爽やかな風が吹くようです・・・

私にも一応そんな時があったのだと思ったりします。
いまならもっと違う学生生活になるような気もするのですが・・・
でも、今の自分があるのは生かせていただいた1日の積み重ね、
この1日の宝ともいえるひと時を重ねさせていただいた輝きだと思います。
決して眩い光ではないものの、私の光として生かさせていただいていることです。
この光は、数多くの方々の光の支えをいただきあるのでしょう・・・

私が言っても重みもないのですが、友達大切に・・・

お母さん・・・のはなし

2010年06月02日 01時55分59秒 | ふうわりふわり(坊守日記)
国道56号線にはJRと並走する箇所があります。
今日も家までの帰り道、特急列車と並んで走りました。
走り去る列車を見ながら、遠い日の記憶を思い出しました。

母が関西の方へ里帰りをする時に、父はわたしたち姉弟を連れて最寄りの駅まで車で母を送って行き、線路と国道9号線が並行して走る箇所へ先回り。
母が乗った汽車が来ると、父は車を走らせます。
汽車の窓に母の姿を見つけると、わたしたちは母に向かって「おーい、いってらっしゃーい」と手をふります。
母も気づいて手をふりかえしてくれるものの、汽車はどんどん加速して走り去って行きます。
その瞬間のなんとも、切なく、さみしく、悲しかったことを今でも覚えています。

だって、母とわたしたちは行き先が違うのです。
並んで走っていたとしても、行き先が違うのです。
このまま走っておうちに帰っても、母はいないのです。
だから、あんなにさみしかったのでしょうね。


わたしたちは、ひとりひとり自分の小さな世界の中に日暮ししています。
煩悩に委ねた歩みは方向が定まりません。
けれど、阿弥陀さまがこの私をしてお浄土に生まれさせると願いはたらいてくださるからには、間違いなく行く先ひとつです。

歩むスピードも線路もそれぞれでちがうけれど、そのままを阿弥陀さまは抱いてくださるのですね。
なんとも、心丈夫でしょう。

今日は20年前に亡くなった母の誕生日。
生きておれば72歳。
どんなおばあちゃんになっていたでしょう。
母がいる今を想像してみると、やっぱり涙が出ます。

お母さん、加速しすぎだよ・・・
あんなに早く行っちゃって。

子どものころと同じに、切なくて、さみしくて、悲しいけれど、行く先ひとつの心丈夫をいただいています。
そしてなにより、ゴールの後は仏さまとなってくださって、わたしの歩みにつきっきりの今でした。

お母さん、ありがとう。
それと、お誕生日おめでとう。