今日、ねえねは“地区研”(園の研修)に行ってきました。
“ペギーと私”というお話を聞いてきました。
2歳で視覚障害になられた講演してくださった方は、“ペギー”という盲導犬に出会い、幸せだったといわれていました。
そして、
『ペギーが幸せならば、私も幸せ!』
といっておられました。
しかし、視覚障害者は、“情報”と“移動”の障害であるが故に、点字ブロックができても、社会がバリアフリー化になっていっても、一番最後に頼りになるのは“ひと”であり、人の助けなしでは生きていけないとおっしゃられていました。
ねえねだって、ひとりで生きているつもりでいるけれども、いろいろな“ひと”に生かされているんだ!と、気付かされました。。。
講演者の方のそばで、静かに座ったいたペギー。
後半は、講演者の足に顔を乗せ、甘えたような仕草をしていました。
最近は、足に衰えが見え始めた13歳8ヶ月のおばあちゃん犬のペギー。
3月20日に14歳を迎えるころには、盲導犬を引退することも考えておられることなどを聞き、
『ペギー!お疲れ様!頑張ったね!』
と、いってあげたいねえねでした。
講演後、園内にあるウサギ小屋を見ていると、講演者とペギー、そして、講演者の旦那サマかな?が歩いて来られました。
ウサギ小屋を前に、旦那サマが、
『ほら、ウサギサンがいるよ!』
と、講演者とペギーに優しく話しされている姿を見て、心が温かくなりました。
ペギーは、講演者の“目”なのかもしれませんが、立派な家族の一員であるし、盲導犬としての役目を終えたとしても、ずっと、ずっと、一緒に過ごした家族であることは間違いないんだろうな・・・と思ったねえねでした。
“ペギーと私”というお話を聞いてきました。
2歳で視覚障害になられた講演してくださった方は、“ペギー”という盲導犬に出会い、幸せだったといわれていました。
そして、
『ペギーが幸せならば、私も幸せ!』
といっておられました。
しかし、視覚障害者は、“情報”と“移動”の障害であるが故に、点字ブロックができても、社会がバリアフリー化になっていっても、一番最後に頼りになるのは“ひと”であり、人の助けなしでは生きていけないとおっしゃられていました。
ねえねだって、ひとりで生きているつもりでいるけれども、いろいろな“ひと”に生かされているんだ!と、気付かされました。。。

講演者の方のそばで、静かに座ったいたペギー。
後半は、講演者の足に顔を乗せ、甘えたような仕草をしていました。
最近は、足に衰えが見え始めた13歳8ヶ月のおばあちゃん犬のペギー。
3月20日に14歳を迎えるころには、盲導犬を引退することも考えておられることなどを聞き、
『ペギー!お疲れ様!頑張ったね!』
と、いってあげたいねえねでした。
講演後、園内にあるウサギ小屋を見ていると、講演者とペギー、そして、講演者の旦那サマかな?が歩いて来られました。
ウサギ小屋を前に、旦那サマが、
『ほら、ウサギサンがいるよ!』
と、講演者とペギーに優しく話しされている姿を見て、心が温かくなりました。
ペギーは、講演者の“目”なのかもしれませんが、立派な家族の一員であるし、盲導犬としての役目を終えたとしても、ずっと、ずっと、一緒に過ごした家族であることは間違いないんだろうな・・・と思ったねえねでした。