浩人の大好きなもののひとつに、自動車のレースがあった。それもこの年の十月には、世界最高峰のF1(エフワン)と呼ばれるレーシングカーによる世界選手権シリーズの一戦が、史上初めて日本で開催されることになっていて、非常に楽しみにしていた。
十月初めのある日。朝一番に教室に入った浩人は、教科書の間に忍ばせてあった、自動車雑誌のF1特集号を学生カバンから出した。浩人は、それまでも朝一番に登校することが多かった。席に着いてから授業が始まるまでだいぶ時間はあるし、それにどうせ話をする友達もいなかったから、ヒマつぶしにでも読もうと、たまたまその日はその本を持ってきていた。
朝二番目に教室に姿を見せたのは、高市直彦(たかいちなおひこ)であった。無言で、ちらりと横目で浩人を見ながら、教室に入ってきた。浩人は自分の机の上の本をカバンに仕舞おうかと思って、考えた。高市は悪い奴ではない。本人は粋がるようにツッパリのポーズは見せているものの、余り格好よく決まってはいない。不良グループにも真面目グループにも、どちらにも属しているようで属していないし、かといって一匹狼、と呼べるほどの存在感もない。一種独特の浮いた奴だった。浩人はここ数週間で、皆の名前や顔を憶えるだけに飽き足らず、一人一人の性格や交友関係などを、外見で判る範囲とはいえ、かなり詳細にチェックし、ある程度認識していた。こいつなら人畜無害、大丈夫だ。よし、網を張ってやろう。と、浩人がそのまま平然とF1特集号を開いていると、高市はスルスルと網に引き寄せられるように浩人に近寄ってきて、一言こう言った。
「クルマに興味持ってはるのん?」
何ともあっけなく、すんなり網に掛かってきた高市の第一声は、「……持ってはる……」なんぞという、妙な敬語だった。
「うん、もうすぐ富士スピードウェイでF1のレースがあるんでな……」
初めての会話であった。教室での会話というのは、ほぼ一年ぶりであった。浩人は堰(せき)を切ったように話続けた。自分はこんなにお喋りな奴だったのか、と驚くほどよく喋った。やがてそこに加頭貴秀(かとうたかひで)や浜口猛(はまぐちたけし)、それに香川も加わって、なおも会話は盛り上がった。折からのスーパーカーブームも手伝って、話題は尽きなかった。一限目の授業の後も、まだまだ話は続いた。そんなちょっとしたきっかけで、友達ができた。
(続く)
十月初めのある日。朝一番に教室に入った浩人は、教科書の間に忍ばせてあった、自動車雑誌のF1特集号を学生カバンから出した。浩人は、それまでも朝一番に登校することが多かった。席に着いてから授業が始まるまでだいぶ時間はあるし、それにどうせ話をする友達もいなかったから、ヒマつぶしにでも読もうと、たまたまその日はその本を持ってきていた。
朝二番目に教室に姿を見せたのは、高市直彦(たかいちなおひこ)であった。無言で、ちらりと横目で浩人を見ながら、教室に入ってきた。浩人は自分の机の上の本をカバンに仕舞おうかと思って、考えた。高市は悪い奴ではない。本人は粋がるようにツッパリのポーズは見せているものの、余り格好よく決まってはいない。不良グループにも真面目グループにも、どちらにも属しているようで属していないし、かといって一匹狼、と呼べるほどの存在感もない。一種独特の浮いた奴だった。浩人はここ数週間で、皆の名前や顔を憶えるだけに飽き足らず、一人一人の性格や交友関係などを、外見で判る範囲とはいえ、かなり詳細にチェックし、ある程度認識していた。こいつなら人畜無害、大丈夫だ。よし、網を張ってやろう。と、浩人がそのまま平然とF1特集号を開いていると、高市はスルスルと網に引き寄せられるように浩人に近寄ってきて、一言こう言った。
「クルマに興味持ってはるのん?」
何ともあっけなく、すんなり網に掛かってきた高市の第一声は、「……持ってはる……」なんぞという、妙な敬語だった。
「うん、もうすぐ富士スピードウェイでF1のレースがあるんでな……」
初めての会話であった。教室での会話というのは、ほぼ一年ぶりであった。浩人は堰(せき)を切ったように話続けた。自分はこんなにお喋りな奴だったのか、と驚くほどよく喋った。やがてそこに加頭貴秀(かとうたかひで)や浜口猛(はまぐちたけし)、それに香川も加わって、なおも会話は盛り上がった。折からのスーパーカーブームも手伝って、話題は尽きなかった。一限目の授業の後も、まだまだ話は続いた。そんなちょっとしたきっかけで、友達ができた。
(続く)