(遊女お玉と鐘軌さま)
氷川鍬神社から信号を渡って中山道を進むと、
すぐの歩道上に金属製の上尾宿の浮世絵が掲げられている。
そこには
現在は仲町一丁目付近の、ここが本陣、脇本陣、問屋場が
整備され賑わいをみせた。(上尾百年史より)
と書かれている。
(栄泉の浮世絵と共に上尾宿の本陣跡に掲げられた記念碑)
JR上尾駅を左に見てさらに進むと信号があり、
信号の道路の両脇に
「中山道 上尾宿」
の案内看板がある。
よく見ると右「→上尾図書館」とある。
その方向に右折すると真言宗の立派なお寺「遍照院」がある。
(中山道 上尾宿の看板)
(遍照院)
「遍照院」に入り、すぐ左の墓地の中に
「孝女お玉の墓」と白地に墨痕鮮やかな看板がある。
上尾宿の遊女お玉は、美しく気立ての良い女であった。
参勤交代でやって来た加賀前田藩の小姓に見初められ、
共に江戸に下った。二年後悪病に罹って戻り、
25歳で亡くなった。主人がお玉をここに葬ったという。
(上尾市教育委員会)
雇い主が遊女の墓を作るのは、板橋宿の「文殊院」にも、
また東海道にも遊女を葬った墓があったが、
雇い主が「憐れんで建てたのか?」
あるいは後に残った遊女たちに、
「行く末を示唆して安心させたものか?」
「よく稼いでくれたお礼なのか?」
「もてる者の自己満足なのか?」
今からでは図り知ることが出来ない。
墓には「廊室妙顔信女」の戒名がある墓があったが、
墓の形が妙に現代的で新しく、戒名もとってつけたようで、
信憑性にかける。観光名所を一つ増やしたと言う感がする。
(孝女お玉の墓)
中山道に戻って進むとタバコ屋の前の郵便ポストの前に
大きな庚申塚がある。延享二年(1745)三月建之とある。
(庚申塚)
さらにすこし進むと
「彩の国平成の道標」
と書いた高札場を模した案内看板がある。
その屋根に鐘軌さまのミニチュア像が乗っている。
屋根の上の鐘軌さまにどんな意味があったのであろうか?
案内看板の記述によれば、
(鬼かわらの家に対して鐘軌さまを以って対峙する意味で置いた。
これは中山道の他の宿場町では見られない上尾特有のものでした。
鐘軌さまは疫病を追い払う神といわれております。)とある。
(高札場を模した案内看板)
(案内看板の屋根の上の鐘軌さま)
現在残っている鐘軌さまを上尾宿で見る事が出来ないが、
次の桶川宿に入るとすぐ、屋根の上に実際に乗っている鐘軌さまを
見ることができる。
しばらくすると、「旧跡木戸跡」の石碑がある。
桶川宿の南の木戸跡である。
桶川宿に続く。
(「旧跡木戸跡」の石碑)
氷川鍬神社から信号を渡って中山道を進むと、
すぐの歩道上に金属製の上尾宿の浮世絵が掲げられている。
そこには
現在は仲町一丁目付近の、ここが本陣、脇本陣、問屋場が
整備され賑わいをみせた。(上尾百年史より)
と書かれている。
(栄泉の浮世絵と共に上尾宿の本陣跡に掲げられた記念碑)
JR上尾駅を左に見てさらに進むと信号があり、
信号の道路の両脇に
「中山道 上尾宿」
の案内看板がある。
よく見ると右「→上尾図書館」とある。
その方向に右折すると真言宗の立派なお寺「遍照院」がある。
(中山道 上尾宿の看板)
(遍照院)
「遍照院」に入り、すぐ左の墓地の中に
「孝女お玉の墓」と白地に墨痕鮮やかな看板がある。
上尾宿の遊女お玉は、美しく気立ての良い女であった。
参勤交代でやって来た加賀前田藩の小姓に見初められ、
共に江戸に下った。二年後悪病に罹って戻り、
25歳で亡くなった。主人がお玉をここに葬ったという。
(上尾市教育委員会)
雇い主が遊女の墓を作るのは、板橋宿の「文殊院」にも、
また東海道にも遊女を葬った墓があったが、
雇い主が「憐れんで建てたのか?」
あるいは後に残った遊女たちに、
「行く末を示唆して安心させたものか?」
「よく稼いでくれたお礼なのか?」
「もてる者の自己満足なのか?」
今からでは図り知ることが出来ない。
墓には「廊室妙顔信女」の戒名がある墓があったが、
墓の形が妙に現代的で新しく、戒名もとってつけたようで、
信憑性にかける。観光名所を一つ増やしたと言う感がする。
(孝女お玉の墓)
中山道に戻って進むとタバコ屋の前の郵便ポストの前に
大きな庚申塚がある。延享二年(1745)三月建之とある。
(庚申塚)
さらにすこし進むと
「彩の国平成の道標」
と書いた高札場を模した案内看板がある。
その屋根に鐘軌さまのミニチュア像が乗っている。
屋根の上の鐘軌さまにどんな意味があったのであろうか?
案内看板の記述によれば、
(鬼かわらの家に対して鐘軌さまを以って対峙する意味で置いた。
これは中山道の他の宿場町では見られない上尾特有のものでした。
鐘軌さまは疫病を追い払う神といわれております。)とある。
(高札場を模した案内看板)
(案内看板の屋根の上の鐘軌さま)
現在残っている鐘軌さまを上尾宿で見る事が出来ないが、
次の桶川宿に入るとすぐ、屋根の上に実際に乗っている鐘軌さまを
見ることができる。
しばらくすると、「旧跡木戸跡」の石碑がある。
桶川宿の南の木戸跡である。
桶川宿に続く。
(「旧跡木戸跡」の石碑)