![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/28/7f9da9bec37913b8747e2f1ed1eee37c.jpg)
(蓮花寺を出て番場宿を行く)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/fa/23854f459604f72e27a1ba602e1dacac.jpg)
(番場の宿場内を行く)
(番場宿 4)
蓮華寺を出て中山道を進む。
道路は少しずつ登りになっている。
山に挟まれた僅かばかりの畑や田圃が中山道を取り巻いている。
鎌刃城まで3kmの案内があったり、
中山道西番場の手書き案内があったりする。
右手に北野神社、称揚寺を見て進む。
道はぐんぐん登っている。
家並みが途切れた所に、「中山道 番場」の石碑がある。
西から来る人には、番場宿の入り口、
東から来た人には番場宿の出口になる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/63/20874bab1830dacdcbfcd6104b0fea15.jpg)
(鎌刃城まで3kmの案内)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/b1/1f25d0e96fb4da9edd21e6d0e96297f8.jpg)
(北野神社)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/c5/d97374af8761b4e847c126a87143771f.jpg)
(中山道 西番場の案内)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/d5/24ecc51ce88273850d1f7d3d0309ff2d.jpg)
(称揚寺)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/87/bd0c8c6852e6ccad3dc2b8d750669a51.jpg)
(中山道 番場宿の石碑)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/a5/a0f5b91b6201d4cb2f94a070f2cb1478.jpg)
(高速道路脇の長い登り坂)
中山道は左の高速自動車道と一緒に長~い坂道を登っていく。
しばらく行くと旧中山道は高速道路から右に離れて行く。
道路は下り坂となり三叉路に出る。
左角に道標が二本建っているが、とても分かり難い道標で、
歩いてきた方から見て正面に「右中山道」、右面に「左中山道」と書いてある。
もう一つの道標には、中山道の道標と同じ面にあるのは、
「右中山道」のある面には「番場 醒井」とあり、
「左中山道」とある面には「摺針峠 彦根」とある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/8b/ac6d0d664c5cd85824f3fd046d8887cc.jpg)
(三叉路)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/4e/b323a6e072d32208c342295cc2dde030.jpg)
(見難い標柱)
どちらから見て右でどちらから見て左なのだろうか?
近辺の地理に詳しい人なら分かるのであるが、
この道標だけでは分からない。
このあと、中山道は摺針峠へ向かうことだけは解っている。
左へ行けば、高速道路と平行して坂を登っていくのが見えている。
右へ行けば山道を登っていくようだ。
どちらかと言えば、右へ行くのが山の中へ行きそうで、
この際方向としては正しそうである。と考えて90℃右折する。
「右中山道」である。
ところが「右中山道」を標識で見ると彦根方面でなく、番場方面となっている。
判りにくい標識で、これを無視して、
とにかく「右中山道」へ歩くことにする。
周りは山間のわずかばかりの田畑の間を道路は抜けている。
やがて今度は左に90℃左折し、上りの勾配がきつくなる。
途中拾った杖代わりの枝がこんなに役立つとは思わなかった。
木の枝の杖のお陰で、比較的楽に平地を歩いているかのように、登っていく。
右手に「平野山 称名寺」を見て上ると、左手にさらに上に登る道がある。
神明神社と思われるが、疲れて上に行く勇気がない。
上に登れば火災にあった望湖堂があるはずである。
そして広重はこの望湖堂から見た琵琶湖を、
「鳥居本」の浮世絵にして残している。
ここが摺針峠である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/fe/8daa6ff1e377ebf41d09c14b3d2dea7f.jpg)
(平野山 称名寺)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/30/a6b66c145ba29926f6d795b529a25fb5.jpg)
(広重描「木曽海道六拾九次之内 鳥居本」)
諦めて先に進むと、左手に「旧中山道鳥居本宿左」の
消えかかった案内があり、コンクリートの階段と鉄の古ぼけた手すりがある。
「旧中山道」は曲がりくねった自動車道を串刺しにするように、
急勾配で下っている。
道はもちろん草道で、足をとられないように注意して歩く。
どんなに人里は離れた所でも、
ペットボトルの空き瓶やジュースの空き缶が、
泥まみれになって転がっているのが、日本の道路である。
自動車道から投げ込んだものか、
あるいは歩行者が荷物を軽くするために捨てたものか判らないが、
旧中山道の案内看板を書いた人は、
この古道を世界遺産にしたいと記しているが、
ゴミが多いこの道では、世界遺産に登録することは、
とても無理だと思った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/5c/980251ab355a43fd200153fa2e556999.jpg)
(旧中山道入り口の案内)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/21/3a40debcf067202ae7d968fe3090f3f3.jpg)
(旧中山道の草道)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/52/54166f835a9fc898b801fd40f5b6210a.jpg)
(旧中山道の急な下り坂)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/8f/b18d534a60eaacb686e21b3e7e38ea5b.jpg)
(自動車道を串刺しにして通る旧中山道)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/17/46b6d56df91b71b6d17d76e3532baa5e.jpg)
(瓦礫の山道)
泥の道路を整備し、橋を架け、歩きやすくしてある。
山を下りきった出口は国道8号線にぶつかり、
大きな看板で、
「旧中山道 明治天皇御聖跡 弘法大使縁の地 磨針峠 望湖堂 」
(是より歩いて八百米)と案内があるが、
残念ながら、出口右側になにやら道路工事か建築工事のクレーンや
ブルトーザーなどの建設機械を囲っている鉄板の塀が、
50メートルほどに渡って続いているようでは、
とても世界遺産になりそうにない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/c6/12dc55f40bdbcfbf6482b191f7ce3497.jpg)
(旧中山道の橋)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/21/566b4e615b6af5206ac8234fa48be6af.jpg)
(竹薮の横の道)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/e0/1f673efa8d6446f45a47f2d1a33a472b.jpg)
(旧中山道 磨針峠望湖堂まで800mの看板)
国道8号線を左折。
この道路も本来国道21号線の延長線にあるが、
どこから8号線になったものやら判らない。
旧中山道は、矢倉川の橋を渡って国道8号線と左に分かれて、
鳥居本宿に入っていく。
松並木の手前左手に、
「おいでやす 彦根市へ」のモニュメントが、
旅人を出迎えてくれる。
(*)筆者注:国道8号線は新潟県新潟市が起点で京都までであるが、
国道21号線は米原から8号線となっていることが判った。
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(国道8号線)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/37/f78e09a45aea51b7dfd005695e2fad49.jpg)
(おいでやす 彦根市のモニュメント)
水筒なら捨てないでしょうに、使い捨ての空き缶やペットボトルだから、なお捨ててしまう。
毎日、毎日ペットボトルや缶が製造されて、毎日、毎日捨てられていく。馬鹿なことをしていると思います。
全部、量り売りになって、入れ物持参になればいいのに。
コメント有難うございます。
良い考えですね。
これこそエコに繋がります。