横浜教会ニュース

インマヌエル横浜キリスト教会の様子をお知らせします

こどもと読む本

2008年05月20日 | 家庭・こども

以前、家庭での礼拝で読むのによい本は?というご質問がありました

次の2冊もよいのでは、と思います。

イエスさまがおしえてくださった
              
主の祈り』(ロイス・ロック作)

主の祈りを短く区切ってわかりやすく語られていて子どもが主の祈りになじみやすいです。
『天におられるわたしたちの父よ』のところでは
 「世界はとっても大きいのにわたしってとても小さいのねえ!」そんな気         
  がすることないかしら?

・・・・・で始まります。親しみやすいですね。

もう一つは
『ぼくとわたしの きょうのみことば』
   (たかぎてるお著)いのちのことば社

366日分のみことば、短いメッセージ、最後にお祈りがセットになっていて家庭の礼拝でも使いやすいです。

5月20日のところを見ると

「神が私たちの味方であるなら、だれが私に敵対できるでしょう。」
                       (ローマ8:3)
というみことばで、

「イエスさまによって救っていただいてからは、神様はわたしたちの味方になってくださいました。なんと力強いことでしょうか。では信仰のてきとはだれのことでしょうか・・・」

とかみくだいて説明してあります。
これは実は大人が読んでもディボーションとして結構励まされ、教えられますよ。
よい本がありましたら、コメントお願いします。

 

 

 

 

 

『ぼくとわたしの
      きょうのみことば』(たかぎてるお著)いのちのことば社

 

 


ここは天の門だ

2008年05月06日 | Weblog

連休が終わり、またいつもの日々が戻ります。その日々過ごす場所はあなたにとってどんなものでしょうか。そこは必ずしも花園のように潤い、自分の思い通りの人間関係があり、ウキウキするところではないかもしれません。
例えば、尊敬できない上司に仕え、がんばった仕事が思ったように評価されないこと、家では思い通りに育ってくれないように見える子どもとの孤独な関わり、学生なら受験のプレッシャーに加えたクラスメートとの微妙な空気のズレ・・・一人一人の場所があります。

 創世記にヤコブという若者が、一人で孤独な旅をして野宿をする場面が出てきます。彼は自分で立てた計画により兄の激怒させ家族から遠く離れていかねばならなくなりました。夜になり周りには宿もないような荒野で石を枕にして眠ったのです。彼には今、自分と喜びや悲しみを共有してくれる人、守ってくれる環境もありません。真っ暗闇の中でただ眠らなければいけませんでした。そこで彼は神さまにより夢を見ます。

「見よ。一つのはしごが地にむけて立てられている。その頂きは天に届き、見よ、神の使いたちがそのはしごを上り下りしている。そして見よ。主が彼のかたわらに立っておられた。」

 金田福一先生の「荒野にある泉のほとり」にはこうあります。
「『救い』とは苦しい現実からのがれて、空想の世界に行くことではありません。『救い』とはあなたの苦しい現実に、天に達するはしごが立てられることです。」
ヤコブの現実は変わらなかったのですが、彼に神は約束をされました。

「見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行ってもあなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしはあなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」

彼の魂の視線は一変しました。そしてこういいます。「まことに主がこのところにおられるのに、私はそれを知らなかった。」「こここそ神の家に他ならない。ここは天の門だ。」

ここではないオアシスに神がおられるというのではない。私たちが置かれているこの場所、そこに主がおられ、そこが天の門だというのです。
そのように日々目が開かれ、感謝して生きるように変えられるとき何かが変わっていくのですね。