その日、私は一日の終わりを「時間」ではなく、「距離」に定めた。
人家の灯が見えたら、その付近を本日の宿に定めようとするが、もう小一時間も人家はおろか、すれ違う車すらない。否応無しに孤独が顔を出し、見知らぬ土地での旅の終わりがその日は一向に見えなかった。
本日の御役目御免、の労い言葉を両瞼に掛けてやり、甘い眠りに就きたいと思っていたのも数時間前。
不安な気持ちが眠気をすっかり霧散させてしまったのに、皮肉にも視界一面には灰色の濃霧は漂い、フロントガラスからは一寸先すら視認できない。
車の速度を落とし、窓に可能な限り顔を近づけ凝視するが、呼気で窓が曇ってしまう。一時的にきり抜けても直ぐにまた別の霧が立ち込め、断続的な霧の結界に閉じ込められる。
ふと道路脇の樹をやけに近く感じる。ここは、自然が近い…
自然を楽しむ事が出来るのは、人と自然の間に距離があるからで、思いがけず真隣に来た隣人は一転して畏怖そのものに変じてしまった。
夜も深く、標高の高さが生み出す冷気が車内に侵入してくる。車体に吹きかける龍神の吐息。それがまた孤独さに拍車をかける。
時折、道路を跳ね回る兎や、じっと佇む牡鹿を目にした。
闇夜の中、車両ライトに反射する彼らの瞳。すれ違った4匹は全てが違う個体のはずなのに、まるで同一の個体がその都度現れ、見ているぞと糾すような意思を彼の視線から錯覚する。
見ているぞ、俺たちはお前らを見ているぞ、と。逆鱗に触れるな、と。
遂に、信号機に出逢う。この時はただ、信号機の人工的に灯された蒼さが恋しかった。信号機に親近感を覚えたのは初めてかもしれない。
手記)2015/8/26 龍神ロード より