UN大浦のブログ

徒然なるままの手記。
大半が、山と猫様、そして妄想の徒然草。

画期的な献血

2015-09-30 21:27:46 | 日記
 
 献血とは盲点でした!
 そうか、その手があったのかと気付いたのは、私のとと様らしい。
 まだ四百年程しか経っていない事になるけれども、発案した当時はもう賞賛の嵐! 
 なんてったって、今はついでにお礼のジュースも貰えるのだから一挙両得だし、
 余分なモノもデトックスで美容効果もこの上なし!
 
 昔から私たちは長命だけれども、長い生の中で非生産的な行為を行ってきましたね。
 柔肌に歯を突き刺し、歯の血管から細胞を送り込むなんて。
 そうして、私たちの細胞を宿した者が持つ身体的情報であったり、記憶とかいった様々なモノを共有できるようになるのだけれど、
 なんだかコンピュータとかでよく使われる「同期」という作業に似てるかもしれないですね。

 私たちはなぜか「彼ら」の事が理解できません。だから学習をするために同期をするんです。
 同期をしている間は、宿主は少しト惚けた顔になってしまう事もあるので、
 その姿を見た彼らのお仲間が、「何か良からぬモノに操られている」と勘違いして騒ぎ立てた事もありました。
 「最近変な奴がウロついていた」なんて濡れ衣を着せられそうになった時にゃ、でっかい杭を持った彼らに追いかけられた事もありますよ! 
 案外、濡れ衣とは言い切れない部分はあるんですけれども・・・

 だから一族は私を含めトト様には感謝してもしきれない!
 献血ならば最初の検査さえ通れば、あとは横になったまま係りの人が勝手に同期の下準備をしてくれますもん。
 抜き取った血液が自分が関与しないところで移されるのだから疑われる心配もないし、細胞がどこにあろうと同期に支障はありませんからね。

 あの看護婦さんがやけにこっちを見てるけど今日も献血に行こう。欲を言えば、トマトジュースがいいなぁ。鉄分は大事だもんね。


 

よりしろ

2015-09-28 23:05:48 | 日記
この山の付近の住民は、案山子を森の奥深くへ運び込むのを習わしとしている。
山の傾斜には既に数百体以上の案山子が埋められたが、いずれの案山子も住民6人がかりでなければ運べない程の巨木を削って作られ、案山子を地面に突き刺す根元部分などは悠に人の胴回り以上はあった。

案山子は衣服を何も身につけていない状態で植えられるにも関わらず、住民がふと山に出向くと、いつのまにか丈夫な生地で縫われた衣服を身につけている。
案山子の、木の肌を覆い隠すように。
そして住民は誰一人として誰が布を着せたか分からない。

また、そもそも顔の部分にしても、住民は一切技巧を凝らさず、いわばのっぺらぼうの状態で案山子を植え付ける。
にも関わらず、ふと山に出向くと、案山子の顔にはへのへのもへじの刻印が刻まれ、その刻印に沿う形で、案山子の表面は異なる成長を遂げる。
例えば盛り上がっていった部分は徐々に高い鼻の形を成していき、人の眉に相当する部分には苔が増し、顔の輪郭が浮き彫りになっていく。

案山子の胴体の何処かには必ず、住民がこれまでの生で大事にしてきた物が埋め込まれている。口説いようだが、こちらも住民の知らないところで事は進んでいる。
態様こそ異なるが、それらは一様にポンプの役目を果たし、案山子の全身へ漏れなくほの蒼い光を送り出す。
光はいつしか案山子の姿全体を覆い尽くし、住民が気づくと案山子は既にそこにはいない。

山に今、案山子は一つもない。村にはただ、巨木のみがある。住民はまたこの巨木の出どころが分からない。

龍神の背に、乗って。

2015-09-26 14:24:23 | 日記
 
 その日、私は一日の終わりを「時間」ではなく、「距離」に定めた。
人家の灯が見えたら、その付近を本日の宿に定めようとするが、もう小一時間も人家はおろか、すれ違う車すらない。否応無しに孤独が顔を出し、見知らぬ土地での旅の終わりがその日は一向に見えなかった。
 
 本日の御役目御免、の労い言葉を両瞼に掛けてやり、甘い眠りに就きたいと思っていたのも数時間前。
不安な気持ちが眠気をすっかり霧散させてしまったのに、皮肉にも視界一面には灰色の濃霧は漂い、フロントガラスからは一寸先すら視認できない。
車の速度を落とし、窓に可能な限り顔を近づけ凝視するが、呼気で窓が曇ってしまう。一時的にきり抜けても直ぐにまた別の霧が立ち込め、断続的な霧の結界に閉じ込められる。 

 ふと道路脇の樹をやけに近く感じる。ここは、自然が近い…
自然を楽しむ事が出来るのは、人と自然の間に距離があるからで、思いがけず真隣に来た隣人は一転して畏怖そのものに変じてしまった。
 
 夜も深く、標高の高さが生み出す冷気が車内に侵入してくる。車体に吹きかける龍神の吐息。それがまた孤独さに拍車をかける。

 時折、道路を跳ね回る兎や、じっと佇む牡鹿を目にした。
闇夜の中、車両ライトに反射する彼らの瞳。すれ違った4匹は全てが違う個体のはずなのに、まるで同一の個体がその都度現れ、見ているぞと糾すような意思を彼の視線から錯覚する。
 
 見ているぞ、俺たちはお前らを見ているぞ、と。逆鱗に触れるな、と。

 遂に、信号機に出逢う。この時はただ、信号機の人工的に灯された蒼さが恋しかった。信号機に親近感を覚えたのは初めてかもしれない。             
 
 手記)2015/8/26 龍神ロード より

森の中

2015-09-24 22:59:13 | 日記
 石畳に一歩、又一歩と足を掛け、登っていく。
 一つ一つがあまねく苔に覆われ、前日に降った雨が滑りやすさに拍車を掛けている。
 歩行は困難で、慎重に歩かざるを得ない、しかし足裏からは自重を支えてくれる盤石さも伝わる。
 この不安定さと確固さの矛盾は、超えるべき目標として、雄大さがありのままの形でそびえ立っているから。

 ふと、ひと息に駆け上がりたい衝動が突き抜ける。
 この欲求はシナプスの伝達速度の限界を軽く凌駕し、星の煌めきにも似た思いとなる。
 この場所を訪れた人との労いの邂逅。豊かな自然の鑑賞。そういった森での楽しさも忘れ、何かも忘れ、息の続く限り一気呵成に駆け上がりたい。


 山中につと現れた池が与えてくれる冷気は、火照った体を優しく安らげてくれ、
 動物たちの排泄物が其処彼処に散乱し、昆虫たちが命を燃やした腐葉土から感じられる暖気は、循環している自然本来の優しさを与えてくれる。


 ここは森が空で、空が森。
 水鏡が境界を融和し、静寂と喧騒が調和する。口から出ずるは、水鏡よありがとう。