「♪パッパラパッパ」といえば正露丸、橙・緑・黄色のストライプは…音や色の商標登録で差別化 読売新聞 2024/04/19 05:00
ブランド力<3>
「♪パッパラパッパ」で始まるラッパのメロディー。耳になじみのあるこの音で胃腸薬「正露丸」を思い浮かべる人は多い。
製造販売元の大幸薬品がラジオCMでこのメロディーを流し始めたのは、70年以上前の1951年。「音」で正露丸を覚えてもらい、他社の商品と差別化する。狙いは当たり、ラッパ音は「大幸薬品の正露丸」を表す音として消費者に広く浸透していった。
2015年に改正商標法が施行され、新たに「音」や「色」を商標として登録できるようになると、大幸薬品はすぐにラッパのメロディーの商標登録を出願。2年半かけて登録にこぎ着けた。
誰もが知る「正露丸」だが、実は企業のブランド化を困難にする、ある事情を抱えている。「正露丸」という商品名は大幸薬品だけでなく、他社も使うことができるのだ。「正露丸」は日露戦争に日本軍が携行した「征露丸」が商品名の始まり。日露戦争後、多くの業者が「正露丸」を販売したことで、裁判所は「正露丸」を一般的な名称だとみなし、大幸薬品だけが使うことを認めなかった。
同社は商品名やパッケージデザインが似ているなどとして、「正露丸」関連商品を販売する和泉薬品工業やキョクトウといった他メーカーを相手取り、製造・販売差し止めなどを求めて提訴。「類似品」を巡る法廷闘争が長年にわたって繰り広げられてきた経緯がある。
ブランドの根幹となる商品名による差別化が難しい――。そうした中、各世代の耳に残るラッパの音は「大幸薬品ブランド」を形づくる、貴重な資産だった。「ラッパのメロディーの商標登録で、自社のブランドイメージを強固にすることができた」。広報担当者は音の重要性を強調する。
特許庁によると、これまでに登録された音商標は360件を超える。「キレイキレイ」「ずつうにバファリン」など、企業最多となる11件の音商標をもつライオンは「音は記憶に残りやすく、商品名やブランドを覚えてもらう上で重要な要素だ」と話す。
消費者の耳を捉える「音のブランド戦略」が着実に広がる。
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視覚的に訴える「色」も企業は重視し始めている。
コンビニ店舗の看板で白地にオレンジ、緑、赤のストライプは「セブン―イレブン」。緑と幅広の白、細い青のストライプは「ファミリーマート」。これらの色の組み合わせは「色彩のみからなる商標(色彩商標)」として登録されている。
商標登録の対象を「色」に広げた理由について、セブン&アイ・ホールディングス法務部の村上美保子氏は「認知度が高いセブン―イレブンの色を保護し、ブランドを強化するのは自然な流れだった」と話す。
コンビニの便利さを想起させるからか、中小の小売店などが3色を無断で使う事例もあり、色彩商標の登録にはそうした不正利用を抑止する狙いもあった。
ただ、そうした「守り」よりも大きかったのは、ブランド強化という「攻め」の効果だという。
17年の色彩商標の登録をきっかけに、セブン―イレブンでは「色」を積極的に使おうという意識が高まり、サンドイッチやおにぎりの包装、宅配ロッカーなど、様々なところに3色の線を入れるようになった。「色や音は五感に訴える分、文字の商標よりブランドを強化できる」。村上氏の指摘はブランド戦略が多様化する現状を表す。
商標制度に詳しい北原絵梨子弁理士は「消費者のブランドの捉え方が多様化し、商品名だけで他社と差別化することが難しくなっている。音や色など、あらゆる『目印』がブランドになり得るとの意識が企業の間で高まっている」と指摘する。
223万件、その大半が文字・図形
商標は、主に企業が自社の商品を他社のものと区別するために使う名称やマークなどを指す。特許庁によると、商標の登録件数は約223万件(3月下旬時点)に上る。登録対象として一般的な「文字」や「図形」が大半を占める。
2015年の改正商標法施行で「音」「色彩」「位置」「動き」なども商標として登録できるようになった。こうした新しいタイプの登録件数は760件余り(同)で商標全体から見れば、ごく一部にすぎない。
新しいタイプの商標のうち、「位置」は、商品につける図形などの位置を特定した商標だ。例えば、エドウインのジーンズで、後ろのポケットの上方に縫いつけられた赤いタブの位置が登録されている。
「動き」は図形などが時間の経過により変化する商標だ。かに道楽のカニのはさみの開閉や、左右の脚の動きなどがわかりやすい。
商標には様々な種類があるが、消費者がその「目印」を見て「安心して使える」「信用できる」といった印象を持てば、それが「ブランド力」になる。商標はブランドを形づくる重要な要素と言える。