毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

並木の丘 13

2007-04-16 20:49:44 | 並木の丘
都心では、八重桜から花水木やつつじに主役が次々に移り替わり、春花々の一番良い時期に、久美子は前澤と熱海へ一泊旅行に出掛けた。
子供の頃から何回も訪れた所だが、違う人と来ると初めての土地の様で不思議な気がする。
熱海は、大型ホテルが営業を止めたりして以前の活気はなくなっているが、それでも独得の情緒が残されており、東京から一番行きやすい温泉地として貴重な存在だろう。
海の上に建っているホテルニューAは、サービス、もてなしの良さで定評があり、前澤は熱海に来る時は此処と決めていた。勿論家族には出張と言ってあるが、妻はまともに聞いておらず、一人息子の面倒ばかりみている。その息子も大学3年になる。社会に出て結婚したら、妻はなにを楽しみに生きていくのだろう。夫に女性が居ることを分かっていて知らん顔をしている気がする。
久美子は温泉に一人でゆっくり浸かっていた。週末でない夕方のせいか他に誰もいなかった。
ともかく就職しなければ、このまま彼に頼りっぱなしという訳にはいかない。
勝野さんにおはなを習おうかしら、社会人になりたての頃いけばな教室に通った経験がある。
前澤と仕事抜きで旅行をした事は殆どない。いまこうして夫婦気取りでいてもどこか落ち着かない、旅行はこれで最後にしよう、そう思った。
翌日は春雨になったので、新幹線に乗るまでの時間つぶしに熱海城へいってみた。そんなに大きくないが眺めはよい。
少し遅い昼食をとる為にタクシーで駅前に向かったが、降り際、久美子が何気なく駅に顔を向けると、勝野千恵子が改札口に歩いていくのが見えた。確かに彼女だ、中年の男性と連れだっていて、よそよそしくない雰囲気が感じられた。
帰りはずっと気になって、家に着くとすぐ弥生に電話を入れた。
「ねえ、慎一君に連絡取れる」
「取れるけど、叔母さん出かけていたの?」
「電話してみて」



唐木田通り 43

2007-04-14 16:27:04 | 唐木田通り
岐阜で村瀬が逮捕され、事件は一応の決着をみたが、会社の粉飾決算はこれから追及されそうだ。

お彼岸が過ぎ、朝晩の空気が澄んだ冷たさを感じられる様になってきた9月下旬、由起子と良一は別所公園に佇んでいた。並木の丘公園とでも名づけたい場所だ。
「由起子さん、これからも大変だと思いますが、手伝える事があったら何でも言ってください」
「有難う、本当に、お世話になりました」
良一は、いつ自分の想いを伝えようか、そればかりを考えていた。
「私、これを機会にいまの仕事を何とか成功させて、一人前になる為頑張るつもりです、子供も居るし、幸い会社もいままで通り任せてくれると言ってくれました」
「成功を願っています、由起子さんなら大丈夫、絶対うまくやれますよ」
「自信はまだ半分位なんだけれど」
「僕が仕事の役に立てればいいんだけどな」
「もう充分良くしてくれました、感謝しています」
「感謝、ですか」
「仕事を本当に自分の物にするには、後2,3年掛かります、それまでは今の生活を変えない様にしたいと考えています」
「由起子さん、僕はあなたとの新しい生活を・・」
「お願い、何も言わないで」
由起子は良一の話を遮ると、彼の胸の中に飛び込み、激しく嗚咽した。
「このままではいけないと思っていたの、お葬式が終わって一段落した時、良一さんとの状態を続けていくと、必ずあなたの生活も悪くなる、そんな風にはしたくない、一旦別れよう、そう決めたの」
「暫く会わない事にして、由起子さんが落ち着いて暇な時連絡を取ればいいじゃないか」
「それじゃ駄目なの、私の決心が変わってしまう、ごめんなさい」
「謝ることないよ」
「良一さんはこの坂を京王堀之内駅に下って行ってね、私は唐木田駅に向かいますから、そうすれば、二人共家に帰りやすいでしょ」
曇った夕方の秋空がそこにあった。

         

唐木田通り 42

2007-04-12 20:26:26 | 唐木田通り
「向井智子という女性をご存知ですね」
村瀬は全てが終わった、いや済んだのだとほっとした。智子の事をつきとめられたのでは、もう何も言い訳をする必要もない。
名のある旧家に生まれ、気位ばかり高い妻には嫌気がさしていた。周りからは逆玉の輿だと羨ましがられたが、身内からは長男を養子にくれてやった様なものだと冷たい目でみられ、酒とギャンブルにはまり込んでいたが、そんな時期に智子が入社してきて頼りにされると、置き去りにしてきた若い時のときめきに近い感情が蘇ってくるのが嬉しくて、年甲斐もなくむすめの様な女性に恋をしてしまった。
中谷も来る度彼女にお土産を持ってきたり、元請け会社の責任者という意識もあって、積極的に接待に同伴させていたのだが、まさか彼女が本気になるとは思っていなかった。
そんな時期に妊娠が確認されたのだが、村瀬は正直嬉しかった。家内と離婚してもいいとまで考えていたのだが、彼女の気持ちは離れていた。
元請けと下請けの関係、それは如何に元請けの責任者に美味しいおもいをさせるか、という事でもある。
5年程二重帳簿を二人して作成していたのだが、それがどうやら発覚したらしい。
中谷は村瀬に全責任を取れと言ってきた。再就職の世話もするから全部被ってくれだと、ふざけるな、村瀬は納得できなかった。
口止め料として二百万円を無理やり押し付けてきた時、かっとなって陶器の置物で頭を殴ってしまった。
あっけなく死んでしまった中谷を見て呆然としたが、山中には捨てる気になれず、使用していない倉庫にとりあえず運んで隠した。
仕事を通じての同士と思っていただけに怒りも強かったのだが、個人的にも好意を感じていたので、数日迷った揚句、手に銀嶺のネクタイピンを握らせて夜中に公園まで運んで置いてきた。少しでも東京に捜査の目がいってる間に逃げるつもりだったが、それも空しくなっていた。


唐木田通り 41

2007-04-09 20:56:15 | 唐木田通り
沢村は自分の勘が当たっていきそうなのが、却って嫌だった。村瀬とは話が合うと感じて信頼していただけに、調査が進むほど憂鬱になりそうで気が入らなかった。
「村瀬氏も市内に住んでいますが子供はいません、向井智子は入社してすぐ彼の部下として配属され、彼もとてもよく面倒をみていたので、社内では親戚だと勘違いしている者もいる位、傍目にも仲がよかったそうです」
近所や会社でも仲睦まじい姿が目撃されている。
「専門家の方が、調査をして感じた事を参考にしたいのでお聞きしたいのですが」
「こういう商売柄大体当たりますが、あの二人は深い関係にあると思います」
「そうでしょうね、私も同感です」
「調査の方はどうしましょうか」
「続けてください、出来るだけ細かい事も知りたいので」
「分かりました、明日また連絡します」
やはり、多分あの子供は村瀬と向井の間にできた子供なのだろう。自分の家庭に子供ができない間に他所に子供を作ってしまった。それを誤魔化す為に、向井に中谷氏の接待をさせ何回か関係を持たせた。或いは責任逃れの意味もあって、積極的に接待をさせたのかも知れない。

沢村が報告を受けている頃、村瀬はとりあえず放免になった。
警察も決め手がなく、翌日になり、捜査方法を検討していると、匿名の電話が入った。村瀬と同じ会社に居た向井という女性を調べろ、と通告してきたのだ。中年らしい男性の声だった。
早速彼女の経歴や住まいが調べられた。
「これは間違いないな、村瀬の女だ」
取調べにあたった杉橋が意気込んだ。
「村瀬は酒も好きだが、競馬やパチンコにも相当入れ込んでいるそうですよ」
森川が調べた結果を報告した。
「女、酒、ギャンブルじゃ全部だな、遊びの」
夕方、2回目の任意出頭が求められた。
「連日ご足労願ってすいませんな」
昨日の刑事が今日はいやに高圧的だ。


唐木田通り 40

2007-04-04 20:38:29 | 唐木田通り
両親と井上親子に隣人としての多少の付き合いがあった関係で、村瀬も井上玲子を近くで見たことがあるが、目鼻立ちの整った美しさが際立っていた。高校を卒業した後東京の大学に進学したが、母親は仕送りに苦労していたので、入学後間もなくクラブでアルバイトを始めた。数年後中谷と関係が進んでいくのだが、その事を知った村瀬は偶然に驚きながらも、彼女の手助けになりたくて、中谷に入社させる様何度も頼んだ。最初は渋っていた中谷も彼女からの熱心な希望もあり、断れなくなっていた。
「いままでの経過は大体分かりました、ところでこれはどこの物だか知りませんか」
杉橋と名乗った刑事はネクタイピンを裏返して見せた。銀嶺と彫ってある。
「銀嶺は、井上玲子が最後に勤めていた新宿のクラブです」
「そうですか、実は中谷氏が最後にこれを握っていたのですがね」
「最後のメッセージなんでしょうか」
「この店について知っていることを、何でも聞かせて頂きたいたいのですが」
「何年も前に2,3度行っただけなのでよく覚えていません」
「このクラブに、一緒に行った人の名前も全部教えて下さい」
「そこは中谷さんに連れられて行っただけですので、他の人はいませんでした」
「そこで井上玲子に再会したという訳ですか」
「そうです」
「随分出来すぎた話ですね」
「でも本当の事なんです」

その日の夜、沢村は由起子の誘いを何とか断って明日の予定を遅くまで考えていたが、寝ようとした時、興信所の担当者から電話が掛かってきた。
「遅い時間ですいません、急がれていたので」
「いや構いません、何か分かりましたか」
「近所の人や、村瀬氏の会社の人にも会ってきましたので報告します、まず向井智子は隣り近所の付き合いは全くといっていいほどなく、たまに村瀬氏が来るだけなので、彼は単身赴任の年の離れた亭主位にみられています」

唐木田通り 39

2007-04-02 20:12:03 | 唐木田通り
「いま暫く控えて、電話連絡で済ませましょう、今日村瀬氏の事を少し調べてみました」
「彼が疑わしいの」
「まだ分かりませんが、少しでもおかしいと感じたら徹底的に調べるつもりです」
「そう、私、今日は疲れて殆ど部屋で休んでいたの・・・司法解剖が終わり次第、東京に戻り密葬にするつもりです」
「まだ大変なことが続きますが、体に気をつけて下さい、見えないところで出来るだけ手伝いますから」
「有難う、本当は今日慰めて欲しかったのだけれど、我慢するわ、こちらにはいつまで居られそうなの」
「後2日位は何とかなりそうです」
「無理しないでね、私は大丈夫だから」

由起子と良一が話し合っている頃、警察から任意出頭を求められた村瀬は、夕方なら行けると返事をしておいたので、考えをまとめながら出向いた。
きのう日曜日は出社日になっていたので、今日は代休を取り久し振りに寛げた。この頃は眠れない夜が続いたりして、精神的に参っているなと自覚している。こんな生活になるとは数年前には全く予期出来ない事だった。結局は元受け会社に気を使った結果でしょうがないのだから、自分の立場になれば誰もが同じ様な行動を取るに違いない。
「休暇中のところをご足労願ってすみません」
昨日会った刑事二人の、年上の方が詰問してきた。
「実はあなたが知らないと言った井上玲子ですが、彼女が高校を卒業するまで、当時あなたの両親が住んでいた家の隣りに、彼女の母親と二人で家を借りて住んでいた事が分かりましたよ」
「それは、親は知っていたかも知れないが」
「ご両親は健在ですね、今電話をして確認しましょうか」
「い、いやそれには及びません、確かに私は彼女を知っていました」
村瀬は、いつかはこうなると思っていた。井上玲子の母親は水商売をしながら一人で彼女を育てていたが、彼女は素直で成績も良く容姿も目立っていた。

唐木田通り 38

2007-04-01 16:47:16 | 唐木田通り
「結局、私は中谷さんに捨てられたのです、でも恨む気持ちはありませんでした、水商売しか知らない自分を一人前の社会人に育ててくれた、いまでも感謝しています」
重要参考人ではあったが決め手はなく、その日は帰すことにした。鈴木刑事は、この女はシロだと感じた。やはり岐阜に集約されているのだろうか。

警視庁の取調べ結果を聞いて、岐阜の刑事二人は気合いを入れ直した。
「もう一度、あの村瀬氏を今度は呼んで調べてみましょうか」
杉橋刑事は直属の上司である部長に同意を求めた。
「やるしかないな」
許可が下りたので、翌日村瀬に対し任意出頭を求めた。

沢村は由起子が岐阜に行った次の日、誰にも連絡を取らず一人で岐阜に着いた。
どうしても向井智子の事を知りたくなったのである。
着いた日の昼前、早速向井の住んでいる家の近くまで行ったのだが、古い家並みが続く静かな一角なので隠れ場所がなく、川の近くを観光に来た様なふりをして歩き回っていると、親子三人連れが歩いてくるのが見え、よくみると父親らしい男は村瀬であった。
沢村はとっさに隠れて三人を窺っていたが、他の二人は向井とその子供らしい。
子供は村瀬にとてもなついているらしく、手をつないで嬉しそうだ。
本当の親子みたいだ。沢村はもしや、と思った。
いままで村瀬の話をうのみにしていたのだが、彼とは短時間会って話を聞いただけでなんの確証もない。自然と彼らの後をつける格好で歩いていったのだが、買い物をしながら昼食の為レストランに入ったのを見届けて、その場を離れ、市内にある
興信所に村瀬と向井の個人的な繋がりを至急調べる様依頼した。
夕方になり、由起子に電話を入れてみた。
「お疲れ様でした、取調べも受けたのでしょう」
「ええ、疑われているみたい、片づくまでいる、と言ってきたわ・・・良一さんに会いたいわ」