毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

唐木田通り 44

2021-07-04 10:53:01 | 唐木田通り
あれからどの位たったのか、随分長く感じられるが、丁度2年過ぎたばかりだ。
生活は全く変わり、会社からは冷たい視線で見られ、結局自己都合で辞める事になった。
それでも会社の紹介で、御茶ノ水にある小さな出版社で急募の求人が有るとの連絡が入った。
もう開き直りの気持ちで面接に行ってみると、4、50代の男性一人が現れ、コ―匕―を入れて持ってきた。
「お待たせしました、今だれもいなくて」
そう言いながら名刺を差し出した。
ルポライター 立石 透 となっている。
「中谷さんは、前の会社では中心的な役割りを担ってたそうで、うちの社にも聞こえてましたよ」
「そんな···それ程の事はありませんわ、メンバーに恵まれていたのです」
「ここはまあ、大手の出版社やTV局から仕事を貰っている、下請けの仕事が多いんですよ、でも勿論自分達のやりたい仕事は絶対にやり遂げる、そういう気持ちで全員動き回っています」
「私、ルポライターの経験はありませんが、お役に立てる仕事はありますか?」
「ここは営業部みたいな所なのですが、所長が急に亡くなってしまったのです、女性所長でした」
「皆さん忙しそうですね」
「中谷さんはとりあえず居てくれればいいんです、電話は殆どありませんし、あっても問い合わせ位で、急用の場合は私に連絡して下さい」
「それでよろしいのですか?」
給料は思ったより良かったので、申し訳ない気持ちでいた。
「慣れてきたら総合的に見てもらう予定なので、所長がやっていた事をね」
「所長の代わりをですか?」
「難しく考えないでいいですよ、あなたなら上手く行きますから」
立石は嬉しそうに頷いた。
由紀子は一応了解して会社を出たが、自信など全く持てなかった。
でも、シングルマザーの現在は何でもやる気で面接したのだと割りきった。
娘の中学入学に合わせ、稲城に借りていたマンションから、両親の住む唐木田に移った。




唐木田通り 43

2007-04-14 16:27:04 | 唐木田通り
岐阜で村瀬が逮捕され、事件は一応の決着をみたが、会社の粉飾決算はこれから追及されそうだ。

お彼岸が過ぎ、朝晩の空気が澄んだ冷たさを感じられる様になってきた9月下旬、由起子と良一は別所公園に佇んでいた。並木の丘公園とでも名づけたい場所だ。
「由起子さん、これからも大変だと思いますが、手伝える事があったら何でも言ってください」
「有難う、本当に、お世話になりました」
良一は、いつ自分の想いを伝えようか、そればかりを考えていた。
「私、これを機会にいまの仕事を何とか成功させて、一人前になる為頑張るつもりです、子供も居るし、幸い会社もいままで通り任せてくれると言ってくれました」
「成功を願っています、由起子さんなら大丈夫、絶対うまくやれますよ」
「自信はまだ半分位なんだけれど」
「僕が仕事の役に立てればいいんだけどな」
「もう充分良くしてくれました、感謝しています」
「感謝、ですか」
「仕事を本当に自分の物にするには、後2,3年掛かります、それまでは今の生活を変えない様にしたいと考えています」
「由起子さん、僕はあなたとの新しい生活を・・」
「お願い、何も言わないで」
由起子は良一の話を遮ると、彼の胸の中に飛び込み、激しく嗚咽した。
「このままではいけないと思っていたの、お葬式が終わって一段落した時、良一さんとの状態を続けていくと、必ずあなたの生活も悪くなる、そんな風にはしたくない、一旦別れよう、そう決めたの」
「暫く会わない事にして、由起子さんが落ち着いて暇な時連絡を取ればいいじゃないか」
「それじゃ駄目なの、私の決心が変わってしまう、ごめんなさい」
「謝ることないよ」
「良一さんはこの坂を京王堀之内駅に下って行ってね、私は唐木田駅に向かいますから、そうすれば、二人共家に帰りやすいでしょ」
曇った夕方の秋空がそこにあった。

         

唐木田通り 42

2007-04-12 20:26:26 | 唐木田通り
「向井智子という女性をご存知ですね」
村瀬は全てが終わった、いや済んだのだとほっとした。智子の事をつきとめられたのでは、もう何も言い訳をする必要もない。
名のある旧家に生まれ、気位ばかり高い妻には嫌気がさしていた。周りからは逆玉の輿だと羨ましがられたが、身内からは長男を養子にくれてやった様なものだと冷たい目でみられ、酒とギャンブルにはまり込んでいたが、そんな時期に智子が入社してきて頼りにされると、置き去りにしてきた若い時のときめきに近い感情が蘇ってくるのが嬉しくて、年甲斐もなくむすめの様な女性に恋をしてしまった。
中谷も来る度彼女にお土産を持ってきたり、元請け会社の責任者という意識もあって、積極的に接待に同伴させていたのだが、まさか彼女が本気になるとは思っていなかった。
そんな時期に妊娠が確認されたのだが、村瀬は正直嬉しかった。家内と離婚してもいいとまで考えていたのだが、彼女の気持ちは離れていた。
元請けと下請けの関係、それは如何に元請けの責任者に美味しいおもいをさせるか、という事でもある。
5年程二重帳簿を二人して作成していたのだが、それがどうやら発覚したらしい。
中谷は村瀬に全責任を取れと言ってきた。再就職の世話もするから全部被ってくれだと、ふざけるな、村瀬は納得できなかった。
口止め料として二百万円を無理やり押し付けてきた時、かっとなって陶器の置物で頭を殴ってしまった。
あっけなく死んでしまった中谷を見て呆然としたが、山中には捨てる気になれず、使用していない倉庫にとりあえず運んで隠した。
仕事を通じての同士と思っていただけに怒りも強かったのだが、個人的にも好意を感じていたので、数日迷った揚句、手に銀嶺のネクタイピンを握らせて夜中に公園まで運んで置いてきた。少しでも東京に捜査の目がいってる間に逃げるつもりだったが、それも空しくなっていた。


唐木田通り 41

2007-04-09 20:56:15 | 唐木田通り
沢村は自分の勘が当たっていきそうなのが、却って嫌だった。村瀬とは話が合うと感じて信頼していただけに、調査が進むほど憂鬱になりそうで気が入らなかった。
「村瀬氏も市内に住んでいますが子供はいません、向井智子は入社してすぐ彼の部下として配属され、彼もとてもよく面倒をみていたので、社内では親戚だと勘違いしている者もいる位、傍目にも仲がよかったそうです」
近所や会社でも仲睦まじい姿が目撃されている。
「専門家の方が、調査をして感じた事を参考にしたいのでお聞きしたいのですが」
「こういう商売柄大体当たりますが、あの二人は深い関係にあると思います」
「そうでしょうね、私も同感です」
「調査の方はどうしましょうか」
「続けてください、出来るだけ細かい事も知りたいので」
「分かりました、明日また連絡します」
やはり、多分あの子供は村瀬と向井の間にできた子供なのだろう。自分の家庭に子供ができない間に他所に子供を作ってしまった。それを誤魔化す為に、向井に中谷氏の接待をさせ何回か関係を持たせた。或いは責任逃れの意味もあって、積極的に接待をさせたのかも知れない。

沢村が報告を受けている頃、村瀬はとりあえず放免になった。
警察も決め手がなく、翌日になり、捜査方法を検討していると、匿名の電話が入った。村瀬と同じ会社に居た向井という女性を調べろ、と通告してきたのだ。中年らしい男性の声だった。
早速彼女の経歴や住まいが調べられた。
「これは間違いないな、村瀬の女だ」
取調べにあたった杉橋が意気込んだ。
「村瀬は酒も好きだが、競馬やパチンコにも相当入れ込んでいるそうですよ」
森川が調べた結果を報告した。
「女、酒、ギャンブルじゃ全部だな、遊びの」
夕方、2回目の任意出頭が求められた。
「連日ご足労願ってすいませんな」
昨日の刑事が今日はいやに高圧的だ。


唐木田通り 40

2007-04-04 20:38:29 | 唐木田通り
両親と井上親子に隣人としての多少の付き合いがあった関係で、村瀬も井上玲子を近くで見たことがあるが、目鼻立ちの整った美しさが際立っていた。高校を卒業した後東京の大学に進学したが、母親は仕送りに苦労していたので、入学後間もなくクラブでアルバイトを始めた。数年後中谷と関係が進んでいくのだが、その事を知った村瀬は偶然に驚きながらも、彼女の手助けになりたくて、中谷に入社させる様何度も頼んだ。最初は渋っていた中谷も彼女からの熱心な希望もあり、断れなくなっていた。
「いままでの経過は大体分かりました、ところでこれはどこの物だか知りませんか」
杉橋と名乗った刑事はネクタイピンを裏返して見せた。銀嶺と彫ってある。
「銀嶺は、井上玲子が最後に勤めていた新宿のクラブです」
「そうですか、実は中谷氏が最後にこれを握っていたのですがね」
「最後のメッセージなんでしょうか」
「この店について知っていることを、何でも聞かせて頂きたいたいのですが」
「何年も前に2,3度行っただけなのでよく覚えていません」
「このクラブに、一緒に行った人の名前も全部教えて下さい」
「そこは中谷さんに連れられて行っただけですので、他の人はいませんでした」
「そこで井上玲子に再会したという訳ですか」
「そうです」
「随分出来すぎた話ですね」
「でも本当の事なんです」

その日の夜、沢村は由起子の誘いを何とか断って明日の予定を遅くまで考えていたが、寝ようとした時、興信所の担当者から電話が掛かってきた。
「遅い時間ですいません、急がれていたので」
「いや構いません、何か分かりましたか」
「近所の人や、村瀬氏の会社の人にも会ってきましたので報告します、まず向井智子は隣り近所の付き合いは全くといっていいほどなく、たまに村瀬氏が来るだけなので、彼は単身赴任の年の離れた亭主位にみられています」

唐木田通り 39

2007-04-02 20:12:03 | 唐木田通り
「いま暫く控えて、電話連絡で済ませましょう、今日村瀬氏の事を少し調べてみました」
「彼が疑わしいの」
「まだ分かりませんが、少しでもおかしいと感じたら徹底的に調べるつもりです」
「そう、私、今日は疲れて殆ど部屋で休んでいたの・・・司法解剖が終わり次第、東京に戻り密葬にするつもりです」
「まだ大変なことが続きますが、体に気をつけて下さい、見えないところで出来るだけ手伝いますから」
「有難う、本当は今日慰めて欲しかったのだけれど、我慢するわ、こちらにはいつまで居られそうなの」
「後2日位は何とかなりそうです」
「無理しないでね、私は大丈夫だから」

由起子と良一が話し合っている頃、警察から任意出頭を求められた村瀬は、夕方なら行けると返事をしておいたので、考えをまとめながら出向いた。
きのう日曜日は出社日になっていたので、今日は代休を取り久し振りに寛げた。この頃は眠れない夜が続いたりして、精神的に参っているなと自覚している。こんな生活になるとは数年前には全く予期出来ない事だった。結局は元受け会社に気を使った結果でしょうがないのだから、自分の立場になれば誰もが同じ様な行動を取るに違いない。
「休暇中のところをご足労願ってすみません」
昨日会った刑事二人の、年上の方が詰問してきた。
「実はあなたが知らないと言った井上玲子ですが、彼女が高校を卒業するまで、当時あなたの両親が住んでいた家の隣りに、彼女の母親と二人で家を借りて住んでいた事が分かりましたよ」
「それは、親は知っていたかも知れないが」
「ご両親は健在ですね、今電話をして確認しましょうか」
「い、いやそれには及びません、確かに私は彼女を知っていました」
村瀬は、いつかはこうなると思っていた。井上玲子の母親は水商売をしながら一人で彼女を育てていたが、彼女は素直で成績も良く容姿も目立っていた。

唐木田通り 38

2007-04-01 16:47:16 | 唐木田通り
「結局、私は中谷さんに捨てられたのです、でも恨む気持ちはありませんでした、水商売しか知らない自分を一人前の社会人に育ててくれた、いまでも感謝しています」
重要参考人ではあったが決め手はなく、その日は帰すことにした。鈴木刑事は、この女はシロだと感じた。やはり岐阜に集約されているのだろうか。

警視庁の取調べ結果を聞いて、岐阜の刑事二人は気合いを入れ直した。
「もう一度、あの村瀬氏を今度は呼んで調べてみましょうか」
杉橋刑事は直属の上司である部長に同意を求めた。
「やるしかないな」
許可が下りたので、翌日村瀬に対し任意出頭を求めた。

沢村は由起子が岐阜に行った次の日、誰にも連絡を取らず一人で岐阜に着いた。
どうしても向井智子の事を知りたくなったのである。
着いた日の昼前、早速向井の住んでいる家の近くまで行ったのだが、古い家並みが続く静かな一角なので隠れ場所がなく、川の近くを観光に来た様なふりをして歩き回っていると、親子三人連れが歩いてくるのが見え、よくみると父親らしい男は村瀬であった。
沢村はとっさに隠れて三人を窺っていたが、他の二人は向井とその子供らしい。
子供は村瀬にとてもなついているらしく、手をつないで嬉しそうだ。
本当の親子みたいだ。沢村はもしや、と思った。
いままで村瀬の話をうのみにしていたのだが、彼とは短時間会って話を聞いただけでなんの確証もない。自然と彼らの後をつける格好で歩いていったのだが、買い物をしながら昼食の為レストランに入ったのを見届けて、その場を離れ、市内にある
興信所に村瀬と向井の個人的な繋がりを至急調べる様依頼した。
夕方になり、由起子に電話を入れてみた。
「お疲れ様でした、取調べも受けたのでしょう」
「ええ、疑われているみたい、片づくまでいる、と言ってきたわ・・・良一さんに会いたいわ」


唐木田通り 37

2007-03-26 18:48:07 | 唐木田通り
「中谷さんは私共の会社の担当になられてから10年は経っているはずです。私は途中入社で入ってからの付き合いですから、5、6年になります」
「そうですか、中谷さんは来た時に必ず寄る飲み屋ですとか、親しくしていた女性について知っている事をお聞かせ願いたいのですが」
「よく行く店もありましたが、柳ヶ瀬の牡丹という店ですが、でも特に親しい女性というのは気がつかなかったな」
「特定の女性はいなかったですか」
「気がつきませんでした」
村瀬は沢村が約束を守っていてくれたので、ありがたかった。
「井上玲子という女性に心当たりはありませんか、岐阜出身なんですが」
「いえ、知りません」
会社の業務内容について簡単な説明を受けた後、二人の刑事はまた来ます、と挨拶をして署に戻った。
「どう思う、あの村瀬という男」
杉橋は森川の意見を聞きたくなった。
「何か知っていて、隠している気がしますね」
「そうだろう、徹底的に張り付いてやるからな」

一方警視庁捜査一課は、井上玲子の事情聴衆の為任意出頭を求めた。
鈴木刑事が担当した。
「中谷氏の事はご存じですね」
「はい、ニュースを見て・・・驚いています」
「先週の水曜と木曜日なのですが、一緒に岐阜へ行かれたのですね」
「はい、一緒でした」
「どういうご用件で?」
「別れ話です」
「あなたから切り出されたのですか」
「いえ、逆です、彼から言われました」
「それであなたは逆上して、中谷氏を殺害したのですか」
「違います、私は何もしていません、近頃何回か別れ話を出されて、私は彼のお蔭でここまでこれたので、なんとか考え直して欲しくて旅行に誘ったのです」
「でもうまく話しはつかなかった」
「そうです、彼の決心は固く、木曜日夜、私は一人で東京に戻りました」
「それを全て証明できますか」
「何でも調べて下さい」

唐木田通り 36

2007-03-25 10:15:32 | 唐木田通り
「奥さん、随分冷静だったな」
由起子をとりあえずホテルに帰らせた後、杉橋は呟いた。
「片づくまでいる、なんて随分義務的に聞こえますね」
森川も同感のようだ。
「何年も女性関係が続いていたのが分かり、冷め切ってしまったという事なのかな」
「先輩も気をつけて下さいよ」
「俺はそんなにもてないよ」
「よく柳ヶ瀬に飲みにいってるじゃないですか」
「酒が飲みたいからだけだよ、それより井上玲子の所在は分かったのか」
「確認が取れました、先週の金曜日からいつも通り出社しているそうです」
「そうか、警視庁にはもう連絡はいったの」
「岡安警部がとりました」
「そう、それじゃ任せるしかないな」
「柳ヶ瀬近くに下請け会社の事務所がありますね、今日営業しているそうなので行きたいのですが」
「そうだったな、そこの責任者に会ってみよう」
村瀬は二人の刑事が面会に来たのを知って、面倒な事になるな、と気が重くなった。
「お仕事中お邪魔します、早速ですが中谷さんが亡くなられたのはご存知ですね」
年上の刑事が鋭い目つきで質問してきた。
「はい、新聞で知りました」
「来る前にこちらに連絡はなかったのですか」
「ありませんでした、いつもですと必ず電話を掛けてくるのですが、今回は何の連絡もなくて、驚いています」
先週水曜日から今週火曜日にかけてのあなたの行動を詳しくお聞かせ願いたいのですが」
「私のアリバイ、という事ですか」
「関係者全員にお聞きしていますので、ご協力願います」
「まとめるのに少し時間が欲しいのですが、出来次第提出しましょう」
「すいませんがよろしくお願いします、所であなたと中谷さんとは仕事を通じての付き合いが深いと聞いていますが」
村瀬はどこまで警察が細かい事を知っているのか計りかねていたが、まだ殆ど分かっていないらしく少しほっとした。

唐木田通り 35

2007-03-21 20:45:38 | 唐木田通り
由起子は日曜日早朝、単身で岐阜に向かった。これからは関係者の事情聴衆が始まるだろうから、良一とは距離を置いた方が変な疑いを持たれずに済むだろう。
夫が殺されたショックは思ったほどなかった。冷たい人間に見られるかもしれないが、夫の女性関係がはっきりした段階で気持ちは離れていく一方だった。
良一は1日遅れで行く予定だ。9月に入り漸く仕事も区切りがつき、岐阜駅近くにあるビジネスホテルの予約を取った。当分由起子とは電話連絡だけになりそうだ。
岐阜に着いた由起子は二人の刑事に付き添われ、達彦の亡骸と対面した。達彦であることを告げると、早速取調室らしい所に連れていかれ、杉橋という刑事から質問が始まった。
「遠い所を急がせてしまいまして、すいません、検死の結果ご主人は先週木曜日の夜から夜中にかけて何者かに殺されたと判明しました」
帰る予定の前の晩だった。
「奥さんはその木曜日に何をなさっていたか、できるだけ詳しくお聞きしたいのですが」
「あの日は、昼間はずっと会社にいて、夜は8時頃家に戻りました」
「まっすぐ帰られたのですか」
「実家に子供を預けていましたので、子供を迎えに行って一緒に家に戻りました」
「家に帰られる時、誰かに会いましたか」
「家に入る時隣の奥さんと挨拶をしました」
「あのう、こういう質問で恐縮なのですが、何か人に恨まれる様な事とか、女性関係とかで気がつかれた事はありませんか」
由起子は隠すつもりは全くなかったので、井上玲子の件を有りのままに話した。
「奥さん、その人は今日も出勤しているんですか」
「そうだと思います、会社から欠勤の報告が入った時は他に何の話もありませんでしたから」
「そうですか、森川君、至急確認してくれ」
刑事の顔つきが険しくなってきた。
「奥さん、この後の予定はどうされますか」
「片づくまでいるつもりです」