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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

唐木田通り 14

2006-10-30 21:08:41 | 唐木田通り
翌週月曜日、達彦は二泊の予定で出張した。水曜日夜遅く戻る予定だ。
前日の土、日、由起子は沢村と朝を一緒に迎えてしまったので、居ない分気が楽だった。
その水曜日、達彦は帰ってこなかった。変更したのなら必ず連絡があるはず、何かあったのだろうか、事故だったら会社か警察が連絡してくるだろう、いやな感じが湧いてきて、殆ど眠れなかった。
翌日、由起子は10時に達彦の会社に電話を入れてみた。すると営業部には木曜日まで休暇願いが出ている、との返事だった。木曜まで休暇願い?どういうことだろう。勘違いでした、と慌てて電話を切ったが、話が違っている。
沢村にメールを打っておいた。やはり彼に頼るしかない。
昼休みに返事がきた。
後は任せてください、帰りは一緒に、と入っている。18時30分に新宿駅京王改札口で待ち合わせ、調布駅まで一緒に帰る事にした。混みあっている車内で手短に話し合う。
「井上玲子は火曜日から2,3日の予定で休暇を取っているそうです」
沢村はデパートを介して食品会社に連絡をつけ、井上の様子を探っている。
「火曜日ですか、でも一緒に違いないわね」
「そう思います、ただ急用があるといって火曜の朝連絡があり、戻る日はまだはっきりしていないそうです」
「そうなの・・・ともかく、家に戻って帰りを待ち、話をつけるつもりです」
「大丈夫ですか?」
「もう、時期がきているんです、これ以上中途半端にしておきたくないし、本音を聞きたいのです」
由起子の決心は固そうだった。
大事にならなければよいが、と沢村は少し不安になってきた。
金曜日の夜、妻の実家に向かった。近づくにつれ足どりが重くなる、自分の気持ちが切れ掛かっている、こちらの問題も片をつける時期なのか。
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もう一つの春 14

2006-10-29 10:21:20 | 残雪
「修さんに聞いてもらいたかったのは、私の母を知っている叔父らしい人が見つかったんです、それも母方の」
「そう、それは進展しましたね、じゃあ早速会って話を聞かなければ」
「ええ、でも新潟駅から乗り換えてまだ先の方なので、今年中に行けるかな、と思っているんですけど」
「仕事しだいですね」
「何とか12月中には会いに行ってきます」
寺井は出来るだけ彼女の手助けをしたかった。今の中途半端な環境のせいか、一途な彼女に引きずられていく自分を意識した。
映画を観て表に出ると、新宿の夜は更けてきた。
「ねえ、何処か連れてって」
春子が甘えてきたので、またかと思ったが、土曜日に女性からの誘いを断れる訳がない。
西口高層ビル上にレストランバーがあるのを思い出し、着いてみるとわりと空いていた。
「あら、素敵な眺め、夜景がきれいね」
「僕も入ったのは初めてなんです」
「本当?よく女の人を連れてきてるんじゃないの」
「本当ですよ、家から近いと以外に寄らないものなんです」
「それはそうかも知れないわね」
家庭よりも、春子との時間が心安らぐとは情けないと自嘲しながらも、引き潮の様に彼女に惹きつけられ、魅力の虜になっていく実感があった。
「おとなしくなって考え事?修さん、どうしたの」
食事をしながら飲んだワインが効いてきたのか、春子が艶っぽくなってきた。
「いや、春子さんとまたこうして会えている事に特別な縁を感じて」
「さんなんてやめて、春子でいいから」
「そお、でも」
「二人きりの時にはいいじゃない」
彼女はブランデーの一杯目を飲み終えおかわりを注文した。
「相変わらず強いんだね」
「あなたは水割りを飲みなさい、私が頼んであげる」
寺井はまた彼女が酔ったらと思うとはらはらしてきた。


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唐木田通り 13

2006-10-27 22:03:28 | 唐木田通り
翌日の土曜日、二人は唐木田通りのオープンカフェで会う事ができた。
15時を過ぎていたが、梅雨明け宣言はまだ出ていなかったものの、30度を越える真夏の日差しが照りつけていた。
由起子は、シルクの白い長袖のブラウスにライトグレーの短いタイトスカート、ホワイトゴールドのネックレスとイヤリングを身に付け、日傘を差して店に近づいて来たが、沢村は眩しく思い見つめながら待っていた。
「良一さん、今大変なんでしょう?」
由起子には、メールで昨日の置手紙の件を報告しておいた。
「でも、どうすれば良いか、しばらく成り行きをみるしか方法がないですね」
「あちらの実家に出向いた方がよろしいのじゃないかしら」
「電話はしておきましたから、それより少しですが情報が集まりましたよ」
沢村は自分で動き、集めた事にしておいた。流産の件以外は大体正確に伝えた。
「そう・・・その人、水商売をしていたんですね」
まるっきり素人の女性ではなかった事が多少気持ちを軽くさせた。
「由紀子さんの旦那さんは食品、私はアパレル関係ですけれど、共に何軒かのデパートに納品していますので、仕入れ担当を辿っていけば、もっと細かい情報が集まると思いますよ」
「有難うございます、でも私の旦那さんなんてもう言わないで下さい。あの男性位で結構ですから」
「そうですか、分かりました、ともかくやれるだけやってみます」
「良一さんもご自分の事で一杯でしょうに、本当に頼んでいいのかしら」
「もう動き出していますからね、止める事はできませんよ」
「そうね、お任せするわ・・・さっき、子供は実家の母に預けてきたの、よくなついているから、家の方も留守だし」
由起子は一瞬沢村を見つめ、沢村も目で返した。
どこへ行く?これからの二人。


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もう一つの春 13

2006-10-25 20:32:08 | 残雪
抑えきれない激しい感情が湧き上がり、お互い抱き合い口付けをしていた。
「いけないの、こんな事しちゃいけないのよ」
春子は混乱していた。会ってゆっくり自分のこれからの予定でも聞いて貰う位の気持ちで来たのに、もうこんな風になってしまう。
「春子さん、僕がいけないんです、メールで済ませておけばよかったのにどうしても会いたくなった、僕のせいです」
「いいえ、そんなに言わないで、寺井さんが悪いとかじゃないんです、私相談したい事もあって会いたかったんです、でも、奥さんも戻ってらっしゃるかも知れないと考えてためらっていたんです」
「そうですか、家内はまだ帰ったままなんです、旅館のバーであなたに、奥さんに逃げられたのだろうと言われた時は、一部当たってるなと胸にこたえました」
寺井は、自分の母と妻の事を簡単に説明した。
「家庭を持つというのも結構大変な部分があるんですね」
春子は気持ちが落ち着いてきた、寺井の家庭が少しややこしくなっているのが、かえって安心感を与えたようだ。
六義園近くの蕎麦屋で遅めの昼食を済ますと新宿に戻り、駅ビル内の喫茶店に入った。
「寺井さん、たしか修さんでしたよね」
「そうですけど」
「じゃあこれからは修さんて呼んでいい?」
「いいですよ、恥ずかしいけど」
「いいじゃない、修さん若く見えるし素敵ですよ」
「そんな、もう40才だし、年だから」
「なに言ってるんですか、男はこれからですよ、今の2,30代の男性は軟弱すぎて、私物足りないんです」
「そうかなあ、そんな事もないと思うけど、それに結婚を考えると相手が40代じゃ再婚の確立も高くなるし」
「私、結婚は当分しません」
「そんなに断言していいんですか」
「勿論です」
春子は時期がくれば病気の事も話そうと思ったが、まだ大分先になりそうだ。

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唐木田通り 12

2006-10-23 20:28:01 | 唐木田通り
相手の名前は井上玲子、現在28才、A学院大学英文科卒業、英会話が得意。
学生時代から新宿のクラブでアルバイト、由起子の夫である中谷達彦とはそのクラブで知り会う。
達彦は食品会社営業部の部長代理で、得意先の接待にその店をよく利用していた。
彼女は2年前の4月に達彦の会社に入社し、営業部に配属される。年齢的には遅い中途入社であるが、よく訪れて来る外人の通訳兼接待係を任されている。
沢村は同封されていたほぼ全身が写った写真を見たが、確かに知的で芯の強そうな風貌をしている。ただ華やかな夜の世界の女性というより、仕事のできそうなOLといった感じだ。
1回目の報告書は大体こういう内容だったが、調査は続けて貰うことにした。
もっと細かい二人の繋がりの部分を掴みたかった。
更に5日が過ぎて2回目の報告書が届いた。それによると、井上鈴香は入社する3ヶ月前に流産している事が判明した。ただそれが達彦との関係であるかはまだ解っていない。
でもその確立は高いだろう。免罪符の意味で入社させたのだろうか、いや違う、そんな生やさしい二人ではない様な気がする。
沢村は由起子に話そうかと迷っていたが、自分の仕事が忙しくなり、夏休み以降一度も会っていなかったが却って都合よく、少し黙っていようと考えた。
金曜日の夜、週末には珍しく残業無しで帰れたのだが、家に着いてみると誰もいない。明かりを点けてみると、妻のメモ書きが置いてあった。

しばらく実家に帰らせて貰います、私なりにじっくり考えてみたいので、いつ戻るかは分かりません、学校の方はちゃんと行かせますのでご心配なく。

そっけない文面だった。自分の方も風雲急を告げる事になってきた。
人生の転機、一度や二度は誰もが経験する岐路、いま正にそこにいるのかもしれない。

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もう一つの春 12

2006-10-22 18:57:25 | 残雪
寺井さんとはもう一ヶ月半位会っていない。新潟行きの件もあるし、相談がてら会ってみようかしら。でも奥さんも戻って居るかも知れないし、私の事なんか構ってくれないんじゃないか、そう思って躊躇していた。
すっかり寒くなってきた土曜日の朝、8時過ぎに起きると、携帯電話に寺井からのメールが届いていた。
できれば今日お会いできませんか、少しの時間でも結構ですから、との誘いでやはり嬉しく胸が熱くなった。
駒込の六義園入り口で落ち合う事にした。昼少し前だったが肌寒い日で、待たせない様にと早めに行ったのだが彼はもう来ていた。
何を話してよいのか分からず、下を向いたまま頭をさげ挨拶をしたのだがぎごちなかった。
「よく来てくれました、とてもお会いしたかったです」
「私も・・・」
私もずっと会いたかったの、と大きく胸の中に膨らんだ気持ちの高まりで声にならなかった。
中に入り右に歩いて行くと、まだ紅葉もあまり進んでおらず空いていた。、
白っぽい秋さざんかも咲き始め、手入れの行き届いた松が多く植えられており、その先に渡月橋という二枚の大岩で出来た橋が有る。柵がないので二人しておっかなびっくり下を覗いて見ると、大きな亀と鯉、それにカルガモが一緒に泳ぎ回り、人が近寄ると餌を求めて一斉に集まってくる。
「これじゃあ、亀と鯉のラッシュアワーだよ」
「小さい亀の上に大きな亀が乗ろうとしているわ」
鯉は上を向いて口をぱくぱくさせ餌を催促している。
橋を渡ると、藤代峠と書いてある狭い階段を上りすぐ頂上に着いた。
「いい景色、この池の周りが全部紅葉に染まったら本当に綺麗でしょうね、いろいろな面も覆い隠されて」
「春子さん、何かあったのですか」
それには答えず首を横に振っただけだった。
一番奥まった駅側の散策路は殆ど紅葉していないせいか誰も居らず、自然と二人肩を寄せ合い手を取り合ってゆっくり歩き、そして立ち止まった。
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唐木田通り 11

2006-10-21 14:14:32 | 唐木田通り
その週の土曜日、沢村は由起子の夫の調査を依頼する為、多摩センター近くに住んでいる友人の佐藤と会う約束をした。佐藤とは、社会人として初めての会社で同期入社して以来のつき合いだが、4才年上である。彼は以前法律事務所に勤めていたので、興信所や私立探偵を紹介して貰えないかと考えたのである。
指定された待ち合わせ場所は、この間由起子と入ったコーヒーショップだったので、偶然でも見透かされている様な気分になった。
「佐藤さん、ご無沙汰しています」
「そうだね、正月休みの後半に会って以来じゃないの」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ、全然連絡くれないんだから」
「佐藤さんは今の会社で中国や台湾に長いこと出張するでしょう、だからいつ帰ってくるのか分からなかったものですから」
「月2,3回は戻っていたんだ、土、日にかけてだけどね」
「相変わらず忙しそうですね」
「外食チェーン店の展開を企画の段階から任されているので、軌道に乗るまでは息を抜けないんだよ」
「忙しいところ申し訳ないのですが、昔のよしみで是非ともお願いしたい事がありまして」
沢村は会社関係の知り合いに頼まれて仕方なく、と説明した。
「そう、法律事務所とはまだ親交があるので頼むのは簡単なんだけど・・調査日数とそれに伴う費用がどの位か、よく知らないんだ」
「調査方法や値段に関しては、通常通りで結構ですので、できれば早めに依頼して頂きたいのですが」
「分かりました、来週月曜日、早速連絡してみましょう」
いよいよ始まった、と沢村は何だかこれから戦いに挑む様な気持ちで興奮してきた。
翌週の金曜日、依頼先の興信所から調査報告書が届いた。
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もう一つの春 11

2006-10-19 20:37:48 | 残雪
朝、家から駅まで静かな住宅街を10分程歩く中、金木犀の咲く道にさしかかると、あの切ない様な香りが辺り一面にたちこめ、秋たけなわの感がある。
木漏れ日の差す休日の午後、春子は新宿御苑を一人散策していた。
秋の薔薇も咲き始め、写真を撮ったり絵を描く人々を何気なく見送りながら、木蔭のベンチに座り込むと物思いに耽ってしまう。
あの時何であんな行動をとってしまったのだろう、幾ら病気の事で情緒不安定になっていたとしても、酔った勢いで男を自分の部屋に引き入れるなんて、しかも妻子持ちだし年も随分離れている。
あれから彼とは週一回位メールのやり取りをしていたが、会うことは避けていた。
出来ればこのままの状態にしておきたい、完全に離れるのは辛いが少し距離を置いて、その間に父親の現況、母の生い立ちを調べてみたい、病気の方は定期健診に任せるしかないのだからと考えていた。
それから暫くして、母方の親戚から連絡が有り、母の事を知っている人が居る旨の
報告が入った。詳しく聞いてみたかったのだが、よく分からないので細かい事はここに問い合わせてほしい、といって住所と電話番号を知らせてくれた。何か事情が有りそうな気配である。
考えた挙句手紙を出す事にした。いきなり電話では聞きにくい。地図を広げてみたら新潟市からわりと近く、訪れる日はきっと近いに違いない、という予感めいたものがあった。
一週間程待たされて返事が来た。男性の筆跡で、遅れましてという挨拶に始まり、昨年肝臓病を患いあまり歩けないし、お会いして説明するのが一番良いと思うので、都合をつけて来てもらえないかと書いてあった。
都会にも紅葉の気配が漂って秋の輝きで街を彩り、澄んだ青空と共に春子にも人に
対する憂愁を強くさせた。
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もう一つの春 10

2006-10-16 21:07:42 | 残雪
「馬鹿になんかしていません、今夜は楽しかった、こんなに素晴らしい夜は初めてですよ」
「本当に?」
「本当です、さあ、お茶を飲みましょう」
「私、だめかもしれないんです」
急に彼女が泣きだしたので寺井は戸惑った。そっと肩を抱き寄せると、痩せすぎに見えたが着痩せしているだけだと分かり、完成された女性を意識して感情が昂った。
「・・・御免なさい、もう大丈夫」
「何があったか分からないけど、よかったら話して下さい」
「ううん、本当に大丈夫、私十分嬉しかった」
病気の事は話したくなかった。春子は他人にこれ程打ち解けたのは初めてだった。
何時も周りに弱みを見せまいと意識し、友人とも深い付き合いは避けていた。
「佐伯さん、僕は四季の変わり目が好きで、今は夏から秋へ移る一番好きな時期でもあるんです。その時期にあなたと出会えた、一期一会を感じます」
「私も9月から10月は好きなんです。風雪や暑さを越えて実る秋、充実の時期ですもの」
「そう、今のあなたの時期ですよ」
「私はまだまだ未熟です、飲みすぎちゃうし」
「少し元気になってきたみたい、良かった」
「もう一杯飲もうかな」
「まだ飲むの、君は昼と夜のイメージが随分変わるんだよなあ」
「私、悪い女でしょう」
「危ない魅力があるね」
春子は冷蔵庫からワンカップ冷酒を取り出してきて飲みだした。
「寺井さんもビール位付き合いなさいよ」
寺井はあまり飲める方ではなかったので、いまのビールで気持ちが悪くなった。
「御免なさい、少し横になってて」
そういって春子の布団に寝かされた。
夜中の1時過ぎに起き上がると、春子はお膳にうつ伏せになって寝ていたが、すぐに気づき寺井の傍に座り込んだ。
「大丈夫、もう醒めた?」
「うん、大丈夫、迷惑かけてしまって、もう戻らないと」
「行かないで」
「そんな訳にはいかないでしょう」
「ここに居て、お願いだから」
寺井は迷った。しかし春子の女そのものの姿が真っ直ぐ自分に縋って来るの感ずると、もう戻る力も断る勇気も失っていた。
高原の秋はこれから色付きはじめるのである。

                   -第一部-



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唐木田通り 10

2006-10-15 16:20:20 | 唐木田通り
「いえ、世間一般という意味でも、殆どの人が何かを抱えて生活している、そうではないですか」
「良一さんも」
「私の場合、子供が小さい頃はどこに行くのも一緒でうまくいっていたのですが、小学校2年になった時、家内の体調が悪くなり、それからは実家に戻る事が多く、いまの住まいから近いのですが、今月もずっと行ったままです」
「そうですか、でも良くなればまた元どうりに暮らせるようになる訳ですから」
「ええ・・でも、子供が学校に通う様になった頃から、私の母とあまりうまくいかなくなって、この頃は家を出る出ないで意見が食い違い、困っています」
「奥さんは、その悩み事も重なって体調を崩されたのかも知れないわね」
「それもあると思います、ただ現実問題として、二世帯住宅をお金の面でも親子で出し合って建てたものですから、簡単に出る事もできなくて」
「それは、そうね・・ところで、良一さん、お幾つでしたかしら」
「僕は39才になりました」
夫より一つ下だが、もっと若く見える。
「由起子さんの年は分かっているつもりなので聞きません」
「卒業後すぐに結婚、出産、10才の子供が居る、では当てやすいですよね」
このレストランでは、表のテーブルは犬同伴可能なので、今も黒い犬を連れた男性がのんびり食事をしていて、犬も慣れたものでおとなしく座っている。
向かい側には園芸店がサボテンを中心に並べている。
隣の席で高齢の婦人が、食べているパスタについて店のウエイトレスにレシピを熱心に聞いている、かなり気にいったようだ。
なんでもない普通の一日、今までだったら仕事に追われ、帰ってくれば子供の事で頭が一杯、夫の存在は片隅に置いている。
しかしこれからは、経験していない大きなうねりが来そうな感じがする。

                        -第一部-



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