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東京の人 67

2013-06-01 15:13:30 | 残雪
かおりはいままでと全く違う、いわゆる夜の仕事なのでためらいはあったが、実際に勤めてみると昼より時間はずっと短かく、その割に収入はあまり変わらなかったので、随分得した気分になった。
暇な日は演奏をゆっくり楽しむ事もできる。他の従業員も皆親切で居心地がよかった。
そうして馴れた日に、藤代がひょっこり現れた。
彼には伝えてなかったのだが、バイト仲間に聞き回ったのだろう。
「よくわかったわね」
「ひどいよ、教えてくれないんだから」
「だってこういう世界だから」
「前の職場に問題でもあったの?」
「そうじゃないけど」
そうやって繋がっていくのが嫌なの、と断ち切りたかった。
藤代は閉店近くまで居てしつこく誘ってきたが、何とか断って帰ってみると、寺井が真剣な顔で待っていた。
「かおりちゃんのお母さんがね、具合悪そうなんだよ」
「でも何かあれば私のケータイに連絡がくるわ」
「いや、そう深刻でもなさそうなんだけど、さっき春子から珍しく電話があって、近いうちに戻ってこれないかっていってきたんだ」
「そう・・春子さんが」
かおりは、春子が連絡してくるくらいだから、きっと心配事があるのだろうと迷っていると、
「店の方は僕がちゃんと話しておくから、できるだけ早く戻ったら」
と後押ししてくれたので、久々に帰る事にした。

新幹線に乗り、トンネルを越え、馴染みの山々を望むと、一気にいままで20年暮らしてきた故郷での生活が全身に押し寄せて、いや襲いかかってくるのをとても受けきれない自分が恨めしかった。
普通に家族のある人々からみれば、とても懐かしいとはいえない幼少の頃からの生活、母に付いて日曜の昼も夜も仕事先で待ち、夜の酔客に同情され可愛がられた経験しかなく、男の姿はそのまま父のイメージになり、仮にいま会えたとしても何の感情も浮かんできそうになかった。