毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

東京の人 64

2010-07-24 19:03:34 | 残雪
翌日の夕方、かおりはお土産を両手に抱えて戻ってきた。
京子には、2日位遅れそうだとメールを打っておいた。
「新潟の皆さんは変わりなかった?」
「ええ、春子さんも元気でいるからよろしく、と言ってました」
かおりは相変わらず、あまり話したがらない。
「昨日ね、京子さんがいっている錦糸町の店に呼ばれて、仕方なく寄ってきたよ」
「そういえば、錦糸町の方が給料がいいからって聞いてたけど、今度はクラブなんでしょう」
「まあ、ミニクラブだね」
「夜の勤めは当分やらないっていってたんだから、違う仕事を探したらいいのに」
「好きでやめられないんだから、カラオケなんかプロみたいだったよ」
かおりはいつもと変わらない。
京子の、あの意識の変化は何なんだろう。

それから一週間過ぎたが、京子からの連絡はなかった。
寺井はクラブに電話を入れてみたが、大事な用があるとかで、ここ3日急に休んでしまい、店も困っているとの返事だった。
結局、かおりに連絡があったのは土曜の夜で、明日行く、とだけ言ってすぐに切ってしまった。
そして日曜の昼前、当り前のように遊びにきた。
「連絡遅れてごめんなさい、急用だったものだから」
「どこに行っていたの?」
「長岡よ」
「あら、あなたも新潟だったの」
「そう、知り合いに会わないように隠れて行動していたから、結構疲れちゃった」
かおりは近くにお昼の買い物に出かけたが、その間、京子は寺井になんだかんだと聞いてくる。それなのに、お昼を一緒に食べている時は、当たり障りのない話しかしない。
結局とり止めのない世間話だけで帰ってしまった。
「何か相談にきたのかと思ってたよ」
「私がいない時、何か話した?」
「いや、特に」
「あのこ、この頃変なのよ、私を避けているようで、でも探っているような」
「君もそう思ってたの、僕もだよ」
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東京の人 63

2010-07-17 18:21:47 | 残雪
よく見えなくて戸惑っていると、京子がすぐに寄ってきた。
「いらっしゃい、よく来てくださいました」
近くで眺めても、髪をかなりアップ気味にして、長めのドレスを着ているので、別人になっている。
そういえばクラブ、となっていた。
「誰だか分かりませんでしたよ」
「そうかしら、何になさいます?」
「ウイスキーの水割りを」
「シングルで」
「うん」
ブランデーなんか高そうで、とても頼む気がしない。
「お勘定はできるだけサービスしますから」
寺井を見透かしたように話しかけてきたが、正直ほっとした。
何を話してよいか黙っていたら、察して、歌うから聴いていてと言って、一人マイクを握った。
バラード調の静かな曲からはじめたが、あまりのうまさに引き込まれてしまった。
いつのまにか、ママが隣りに座っている。
「京子ちゃん、上手でしょう、歌手を目指して今でもレッスンを続けているのよ」
「そうなんですか、遊びにきてる時とは全く違って、もうびっくりですよ」
「こんな小さな店ですけど、ダントツのNo、1よ」
銀座にも出られるのではないか、と内心思った。
3曲終えると、寺井の席に戻ってきた。
「こんなにうまいとはね、驚きの連続です」
「たいしたことないわ、大勢いるのよライバルは・・それよりも」
お客が丁度居なくなったのを見届けて、にじり寄ってきた。
ママも遠慮して、離れている。
「かおりさんは、別に変わらない?」
「かおり、うんいつも通りだけど、なにか」
「いえ別に、特に近頃、知らない人とか、昔の友達とかから連絡はなかったですか」
「僕は特に気づかなかったな」
「戻るのはいつなの」
「早ければ明日にも戻ってくるけど」
「そう、じゃあ遊びに行こうかな、話したい事結構あるし」
寺井は長居をしたくなかったので、1時間少し過ぎた頃店を出た。


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東京の人 62

2010-07-10 20:16:01 | 残雪
しばらく話を聞いていたが、粘ってなかなか動きそうもないので、出来るだけ連絡を取ってみるといって帰ってもらった。
かおりが京子に電話をすると、待ちかねていたらしく、すぐにやってきた。
「ああ、あの中村ね、あの男は真面目なのよ、面白味はないけれど」
「本当に心配はしていたわよ」
「私のお金をね、父は周りの人達と共同で事業を考えていたらしいけど、親戚連中はあまり信用していなかったみたい」
「あてにしていたのに、京子さんが全部処分したものだから、恨まれてしまったのね」
「そんなところ・・・それよりも聞いて貰いたいのは、私にお店を出さないかって、話がきているの」
「お店って、クラブを始めるの?」
「いいえ、レストランなの、私をよく指名してくれる社長さんがいてね、自分で何店舗も経営してるひとよ」
「でも、レストランの経験はないでしょう」
「店の準備と経営は全部やってくれるので、私はとりあえず経理面をみればいいって」
寺井は二人の話を黙って聞いていたが、怪しげだなと思った。

雨が続いても、ゆりが咲き、むくげの花も咲き出すと、近づく夏を実感できる。
そうしたある日、かおりは実家に帰っていった。
母親に話があるので3,4日で戻るとだけ言ったので、寺井もあえて聞かなかった。
春子の近況も知らせてくれ、と頼んでおいたが、あまり気乗りしない様子で、相変わらず春子からも連絡は全くない。
そのかおりが留守の間に、京子から、今度は寺井と二人で会いたいと連絡があった。
それも、いま錦糸町のお店にいるから、来てくれないかとの事だった。
新しい店の売り上げに協力しに行く訳だが、他に用事もなかったので、ちょっとだけ顔をだすつもりで店に向かった。
駅を降りて、高速道路に近い雑居ビルの5階にその店があった。
うす暗いドアを開けると、店の中もやはり暗くてよく見えない。
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