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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 6

2007-09-29 19:26:24 | 武蔵野物語
「この絵を頂けるのですか?」
「あなたに貰ってほしいのです」
「でも、いいんですか、あの、お値段は」
「趣味で描いたものですから、お金はいりません」
「そうですか、嬉しいのですけど、ただ貰うというのも・・」
「それではお返しに、ゆりこさんの暇な時で結構ですから、たまに会ってくれませんか」
「はあ、そうですね、それでよろしければ」
「よかった、約束しましたよ」
井坂は無邪気な笑顔で喜んでいた。
「すぐ近くに、広くはないのですが緑地がありますので行ってみましょう」
家を出て10分も歩くと、姿見の池と書かれた案内板の先に緑地が見えてきた。
鎌倉時代、宿場町として栄えた恋ヶ窪、奈良・平安時代は今の府中市と前橋市を結ぶ要路だった、と説明書きに記されている。
「古い時代が伝わってきますね」
「僕はここの出身ではないんですけど、いまは故郷だと思っています」
「樹齢を重ねた老木が民家の脇に当たり前の様に根を下ろしている、これが武蔵野なんですね」
「樹が歴史を語っています」
ゆりこは自分の住んでいるニュータウンと対比しての面白さを感じていた。どちらも魅力があって好きだなと思っている。

井坂が途中まで送っていくといってきかないので、武蔵野線で府中本町駅まで行き、京王線の府中駅まで歩くことにした。
「大國魂神社までのけやき通りも見応えがありますから、見ていかれた方が得ですよ」
府中駅近くから少し戻りながらけやき並木を神社まで歩いていく。ビルや建物も並木の中を歩くことで自然の境界線になって落ち着き、神社の前に出ると両側に巨木がそびえ立って周りを圧倒している。
境内に入ると更に空気に深みが増し、お参りに訪れた人々の表情も穏やかに見える。
「大化の改新で、武蔵国の国府が置かれたのですね」
「江戸時代は甲州街道の宿場町としても栄えました」



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武蔵野物語 5

2007-09-24 19:09:59 | 武蔵野物語
西国分寺駅まで来てくれませんか、とメールの最後に打ってあった。
彼の自宅のある駅で会う、躊躇いはあったがともかく行ってみることにした。
昼過ぎ、駅の改札を出ると彼は既に待っていた。
「すいませんわざわざ来て貰って、家には誰も居ませんので、絵をゆっくり観て頂こうと思いまして」
そう言うと一人で先に歩き出してしまったので、黙って従っていった。
北側の狭い道をついて行くと、西恋ヶ窪1丁目の標識が見え、緑地の少し手前にある住宅街の一軒家に入った。
「狭い家ですけど、どうぞ」
「失礼します」
玄関からつきあたりの部屋に進むと、まるで独身の様に殺風景で飾りのない部屋が二間続いている。四畳半と六畳位だろうか。
「あの、ご家族の方は」
「家内だけなんですけど、入院しているんです」
「入院?」
「もう5年になります」
「・・そうですか」
「私が30の時に一緒になりまして、3年間は普通に生活していました」
「すいません、私軽い気持ちで来てしまって」
「いや、いいんですよ、私の方こそ余計な話をしてしまって、今日は絵を観にきて貰ったのですから、ただ今は一枚しかなくて、後は全部処分してしまいました」
「捨ててしまったのですか」
「殆ど焼却しました」
何か事情があったのだろうか、ゆりこは簡単についてきたのを後悔した。
「これは神代植物公園のしだれ桜です」
「あそこは私もよく写真を撮りにいきます」
井坂の描いた桜は、全体にグレー掛かった暗いトーンで、その中に淡い桜の色が浮かび上がっている。
全体に寂しそうな絵だな、でも惹かれるものがある。
「どうですか?」
井坂はゆりこの顔色を気にしていた。
「素敵です、気に入りました」
「そうですか、よかった、本当に気に入ってくれたのですね」
「静かで、美しいと思います」
「それでは是非受け取って下さい」
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武蔵野物語 4

2007-09-19 19:49:28 | 武蔵野物語
ゆりこはこの頃何度か変な夢をみている。寝ていると、背中に男の気配を感じ、誰だか分かっているが認めることなどできない、でも期待している、彼の手が伸びてくるのを、大体この繰り返しなのだ。
私は淫らな性格なのだろうか、いや願望があったのだ、それを抑えているから夢に出てくる、朝起きると体がだるい。
この間美術館で一緒になった井坂とは、結局また会う約束をしてしまった。彼は結婚していて子供はいないと言っていたが、奥さんの話はしなかった。
春に桜の絵を描いたそうで、それを観せてほしいと頼んでおいた。最初はあまり乗り気ではなかったが、是非に、と希望したのでようやく了解してくれた。
「ゆりこ、この頃元気がないみたいだけど、体調がよくないの?」
「そんなことありませんわ、大丈夫です」
「そうか、もうお彼岸だけど、暑い日が続くからね」
お墓は新宿区の早稲田にある。父は近くに移そうとは思っているが、生まれ育った地区だけにまだ拘りが捨てきれない。
土曜日の朝、お墓参りに出かけた。早稲田は小さなお寺が点在しており、地下鉄から上がると花束を抱えた人々が歩いていく。住宅に囲まれた狭いお墓なので、長くいると後から来た人の邪魔になるので、早々に帰路についた。
途中買い物をした関係で、中央線で三鷹駅にいき、そこからバスで調布駅に向かうことにした。
三鷹駅に着き、改札を出ようとした所で井坂とすれ違った。彼は気付かずに急ぎ足でホームに入っていったのだが、父と一緒だったので声を掛けなかった。
そういえば彼は国分寺に住んでいると話していた。確か西恋ヶ窪だったな、思い出したら気になって、自宅に着いてすぐに携帯のメールを送った。

先程三鷹駅でお見かけしましたが、父と一緒でしたので黙って帰りました。近々お会いできればと思っています。 ゆりこ

返信 気付かずすいません、明日会えませんか。 誠二
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武蔵野物語 3

2007-09-15 20:24:43 | 武蔵野物語
府中駅からコミュニティバス(ちゅうバス)、という小型バスが30分おきに市内を巡回していて、100円で乗れるのでゆりこも利用したが、結構混んでいた。府中市美術館前のバス停までも近くて便利だ。
父も行きたそうにしていたが、話が長くなるのが嫌で一人で来てしまった。
二階が展示室なのだがとても暑い日曜日だったので、視界が広くて眺めのよさそうな一階の喫茶室で冷たいものを飲んでからにしようと思い、入ってみると先客は一人だけで、それが昨日公園で会った男性だった。彼もすぐに気づき驚いた顔で立ち上がった。
「きのうは有難うございました、あの、よろしかったらご一緒にどうですか」
「・・それでは失礼します、私沢田と申します」
「井坂です、きょうは真夏の様ですね」
ゆりこは、井坂と向かい合ってまともに顔をみた。30代半ばから後半に見えたが、独身の名残りも感じさせた。
一方、井坂は見とれていたといっていいだろう。彼女は20代後半なのだろうが、一言でいえば、擦れていない若さがあり、近くで見るほどあどけない部分もある。
白にちかい無地のブラウスに、夏のグリーン系のタイトで短めなスカート、健康で形の良い膝が眩しかった。
「井坂さんは絵を描かれていましたね」
「趣味なんですよ、他になにもできなくて」
「私、作家さんかと思いました」
「自己流で、好きで描いているだけなんです」
「でも誰でも描ける訳ではありませんから、やはり素質がおありなんですわ」
「どうでしょう、観る人が決める事ですから、きょうは二階の展示室を観にいらしたのでしょう?」
「そうです、ヨーロッパの街並みが、温かみのある描き方で、とても惹かれますね」
「いいですね、私も好きですよ、休憩を先にとってしまったのですが、これから一緒にいきませんか」
「ええ」
ゆりこは返事をした後、軽はずみだな、と自分に言い聞かせた。
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武蔵野物語 2

2007-09-12 20:37:34 | 武蔵野物語
母は4年前に胃がんで亡くなっている。
再婚話を初めて聞いたのは、ゆりこが高校受験を終えたすぐ後だった。
本当の父は、出張先で借りたレンタカーを後輩が運転して追突事故を起こし、隣りに乗っていた父が亡くなってしまった。ゆりこはまだ6才だった。母は、法人関係を訪問販売する担当責任者になる位仕事がよくできて、一人でも強くて優しい親として接してくれ、ゆりこは何の不自由も感じなかったのに、入学が決まった途端再婚したいという話は、とても素直に納得できるものではなかった。
入学前にぜひ会ってほしいと頼まれ、渋々レストランに行ったのだが、割と話しやすい気さくなおじさんで、印象は悪くなかった。
実際三人で生活をしてみると、ゆりこはテニスのクラブ活動で休日も忙しく、新しい父と、母もそれぞれ仕事をしているので、揃って食事をするのは朝も時々だったが、ゆりこにはそれが却って有り難かった。
短大を卒業して都心の会社に就職してからも各自忙しく、同じ屋根の下の同居人的生活が続いていたが、風邪も引いたことのない母が亡くなり呆然としていた時、日頃あまり話さない父が、食事や映画に誘って気を使ってくれたのがとても嬉しかった。

「明日、府中の森公園の美術館に行くんだって?」
「ええ、観たい絵がありまして」
「絵の趣味があったの、写真はよく撮ってたけど」
「描く才能がないからせめて観にいくんですよ」」
「どういう作家なの?」
「ヨーロッパの古い街並みが得意で、ベネチアなんかいいですよ」
「ベネチアか、早く結婚して新婚旅行で行ってくればいいのに」
「またその話ですか」
「だって友達は殆ど結婚しただろう」
「ひとはひと、縁がないだけですわ」
「うちの会社にも独身は大勢いるから、写真持ってこようか、好きなのを選べば話をつけてあげるから」
「結構です、いまは」

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武蔵野物語 1

2007-09-09 20:17:12 | 武蔵野物語
自宅のあるマンションを降りて、養護学校前を通り過ぎると、なだらかな上り坂に沿って桜ヶ丘公園が続いている。終わる所を左折すると聖ヶ丘橋に向かうが、曲がらず道なりに行くと右側に図書館がある。
沢田ゆりこは、読書が好きなのは勿論なのだが、休日には必ずこの道を歩くほどのお気に入り通りなのである。
人通りはいつも少なく、毎週歩くことで繊細な四季の変化を感じ取れる瞬間が嬉しい。8月から9月に移り、空気が入れ替わった朝の散策は爽快だ。
その土曜日、10時半を過ぎて、昼までに本を借りて戻ろうと急いで図書館に向かった時、誰もいない公園のベンチでスケッチをしている男性の姿が見えた。後ろ向きで紺の帽子を被っており年令は分かりにくかったが、中年の様だ。
本を探しているうちにすぐ1時間が経ち、帰りに何気なく公園に顔を向けるとまだあの男性が居たが、写真を撮っているらしかった。
ゆりこが通りすぎるのを見つけると、慌てて声を掛けてきた。
「すいません、ここから聖蹟桜ヶ丘の駅までは歩いてどの位掛かるでしょうか?」
「さあ、私は歩いたことがないので、結構距離がありますから・・このひじり坂を下っていくと行けますけれど」
「聖ヶ丘橋を渡って聖蹟記念館の方に回るとかなり遠くなりますね」
「ええ、でも近くにバス停がありますから、ご覧になった後バスで駅に向かわれたらどうですか」
「有難う、そうします」
そう言うとその男性は急ぎ足で橋に向かっていった。
ゆりこは歩きながら振り返ってみると、橋の上からも写真を撮っていた。
自宅に戻ると、父が盆栽の手入れをしている。
「お父さん、いまお昼を作りますから、遅くなってしまって」
「なんでもいいんだよ、スパゲッティが有っただろう」
「ボンゴレでいいですか」
「それでいいよ」
父と母は再婚同士で、ゆりこは母の連れっ子だが、父に子供はいなかった。
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並木の丘 ファイナル

2007-09-02 09:00:07 | 並木の丘
「慎一には申し訳ない、としか言いようがありません、あの子は頭も感受性もよく、話さなくても大概の事は理解しています、私が我慢して離婚せず、形だけでも夫婦のままでいた方が将来の為によかったのかもしれませんが、夫の会社が倒産に追い込まれた時点で、明日からの生活にも困る様になり、夫も離婚した方が私に負担が掛からなくていいと言ってくれましたので、そうしました・・・慎一は夫と私の大事な子供、それはこれからもずっと変りません」
千恵子はそれ以上なにも語ろうとしなかった。

日曜日の昼前、弥生は好きな自宅近くの公園を久美子と二人で歩いていた。
「健吾さんは大丈夫?昨日千恵子さんから正式に婚約解消の連絡がいったと思うけど」
「電話があったわ、短かったけど」
「そう、予期していたんでしょう」
「叔母さん、一昨日会って全部聞いてきたのでしょう、それで慎一君の事分かったの?」
「慎一は夫と私の大事な子供だと言ってたわ、鑑定をした訳ではないからね」
「でも、慎一君の話し振りだと、徳永さんは・・」
「それは、あの子個人の問題じゃない、これからの、私達は見守ってあげるしかないのよ、あなたはお姉さん的友情でね」
「友情ねえ」
「お姉さんになって欲しいって言われたんでしょ」
「まあ、そうだけど」
「せめて、若いあなた達は続いていって欲しいのよ」
「叔母さん、引越しを考えているんでしょうけど、遠くに行ったりしないわよね」
「最初は新宿に戻ろうと思っていたのだけれど」
「叔母さんは桜ヶ丘が似合っているわ」
「私も並木の丘を離れがたくなってきたから、近くで仕事をみつけるわ」
「そうよ、それが一番よ」
「健吾さんが寂しがっているでしょうから、これから三人で南大沢にランチを食べにいきましょう」
弥生の家に向かって行く二人の肩に、9月の風が後押しをしていた。

          -ご愛読有難うございました-


    
  
     

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並木の丘 39

2007-09-01 10:04:28 | 並木の丘
千恵子は一瞬、久美子を刺すような眼で見たが、すぐに顔を伏せた。
「ひとの好い健吾さんを利用したのね」
「利用したなんて、そんな・・・私、そんな考えを持ってはいません」
「じゃあ、本当のことを、いま全て話して下さい」
「なにからどう話せばよいのか・・・どうしてこうなってしまったのか」
千恵子は明らかに混乱しているらしく、何度も途切れながら、記憶を絞りだすかの様にして話し始めた。
 
徳永との出会いは、千恵子の結婚式の時だった。夫は小さいながらも工業部品を造っている会社の2代目経営者で、徳永は当時得意先の営業部長をしていた関係で招待されていた。その後徳永が夫の会社に来る度に千恵子が接待係をしていたが、暫くして会社の経営が悪化し、夫は金策に駆けずり回り殆ど家に寄り付かず、困り果てた千恵子が、一人で徳永に相談しに行ったのがきっかけで関係を持つようになった。
結局夫とは離婚、転職を何回も繰り返しながら、ようやくいけばなの才能を開花させ、徳永の協力もあって軌道にのってきた。
徳永は営業の手腕を買われ、健吾の勤めている武田工業に入社して役員になっている。

「そういう付き合いがありながら、何で婚約したんですか」
「徳永さんには家庭も子供もあります、私は困った時に頼り、何回かお付き合いをしてしまいましたが、それ以上の望みはありませんでしたので、以後は仕事のアドバイスや紹介をお願いしている状況です。高辻さんは、同じ会社の総務部にいらした関係で、仕事を頂く際の打ち合わせは全部高辻さんを通していましので、一番話す機会が多く、とても親切に接してくださいました。その高辻さんから求婚された時は本当に驚いたのですが、あまりの熱心さと人柄の好さに惹かれてしまい、お受けしたのですが、後悔しています」
「慎一君は、徳永さんの子供なのですか?」








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