毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

もう一つの春 30

2007-01-27 20:05:43 | 残雪
2月に入ると都内の各所で梅祭りが開催される。
春子の住む阿賀野市は新潟から乗り換えて更に一時間程掛かるので、最低二泊はしたく、寺井は一応下旬頃行く予定を立てている。
今日も家に戻って一人で居ると、春子からメールが届いた。

ごぶさたしています。忙しくお過ごしの事と思いますが、風邪を引いたりしていませんか。
私は勤め始めた旅館の仕事も一ヶ月近くになり、ようやく周りの雰囲気に馴れてきたといったところです。
来たばかりの頃は雪しか見えず、白一色の世界ばかりかと少しうんざりしていたのですが、慣れてくると雪の積もり方の違いや、4,50センチにもなる氷柱を温泉に浸かりながら眺める贅沢さ、みたいな気分になってきて、だんだん雪国の女になっていくのかしら、なんて考えてしまいます。
本当は手紙を書いて、こちらの写真でも同封しようと思ったのですが、旅館のパソコンがいつでも使えるので、ついメールにしてしまいました。
今日は週末の分忙しく、まだ残業中です。
修さん、お会いしたく思います。図々しいとか、ふしだらだとか受け取られても結構です。
以前にも話したかも知れませんが、お会いしたいという気持ち以外何もありません。
どうか我儘勝手な娘一人の想いとして受け止めて頂きたい、と願っています。
ご返事、お待ちしています。

                           春子

予定を早めて行くか、自分も会いに行きたいのだ。勝手だが抑える事は出来ないし、家庭が駄目になるのならそれだけの器量しかないのだ、と開き直って決め付けた。
総務部は渋い顔をしたが、もう会社の顔色を窺う事はしなくなっていた。
近頃の暖冬の影響で天候が不安定なのだが、寺井が行く日は冷たく抜けるような晴天で、山の向こう側は雪が舞っているのだろう。
その中で春子は根を下ろそうとしているのだろうか。

                   

神代植物公園 写真散策 2

2007-01-27 11:21:13 | 手記
4月の上旬、天候次第では異なる種類の桜が咲き揃う時があります。
公園のほぼ中央に位置するしだれ桜は、大きさ形も良く、桜の樹の下に立ち、しだれ桜を見上げ、離れた背景に桜並木が重なり合う風景は、一時の幸福感を味わえます。
桜全体で約65種類、約600本有るそうです。

神代植物公園 写真散策 1

2007-01-26 20:42:41 | 手記
高校時代、父親に一眼レフカメラを買って貰ってから何十年、いままで仕事に追われ、趣味の時間はあまり有りませんでしたが、それを取り戻したい様な気持ちが強くなり、出来る範囲で楽しんで行きたいと思っています。
デジタルとフイルム、どちらが良いか、そんな事には全く構わず、パソコンの編集用ならデジタル、趣味にこだわれば古いマニュアルの一眼レフ、と使い分けていましたが、小型で便利なデジタルの使用が八割位になっている現状です。
主に花を中心に撮っていた頃の都心の撮影場所は、植物公園、庭園、神社、寺辺りでした。
その中でも、深大寺に隣接する都立神代植物公園は、パンフレットにも謳われている様に、花と緑のオアシス、都内屈指の花の散策路だと思います。
4,5月には、桜、牡丹、芍薬、しゃくなげ、つつじ、藤、薔薇等を撮りに毎年何回も通っていました。訪れる度に咲き具合が違い、撮り終えるという事はありません。

並木の丘 5

2007-01-24 20:24:01 | 並木の丘
「姉も師範の資格を持っていたのですが、勝野さんは何年教えていらっしゃるのですか」
「丁度3年になりました、まだ新米なんです」
「お弟子さんは何人位いらっしゃるの」
「60名を越えたところです」
「3年でその人数は悪くないわ、ねえ、健吾さん」
「ええ、その他に会場や会社の飾りつけの依頼も結構多いんですよ」
弥生は大人達の会話を聞き流しながら、勝野親子を観察していた。
千恵子は想像していたよりも地味で控えめな感じがして、母に似ていなくもない。
慎一はというと、端に座って場違いの所にいる様な格好で本を読んでいる。根暗なのかな、何の本だろうと見ようとしたが、見えなかった。
「弥生さんは、なにかクラブ活動をなさっているのですか」
千恵子が聞いてきた。
「いまはバレーボールをやっています」
「スポーツが好きなんですね、うちの慎一は本ばかり読んでいて、もう少し活動的だとよいのですけど」
「でも読書はいいね、いまの学生さんはインターネット中心で本はあまり読まなくなってきてるでしょう、慎一君、何の本を読んでいるの?」
健吾の質問に、慎一は重そうに口を開いた。
「シャーロックホームズです」
「ああ、ホームズね、僕もよく読んだな・・第一作は緋色の研究、でしょう」
「そうです」
「この子は学校の校内誌というんですか、そこによく推理小説のようなものを投稿しているんです」
「ようなものじゃなくて、推理小説だよ、まだまだ未完成だけど」
「じゃあ、慎一君は将来小説家希望なんだ」
「なれるか分かりませんけれど、書物に関わる事をやっていきたいんです」
「いまから目標を持っているんだから、大したものだよ、僕の友人の中にも出版関係の人はいるから、将来役に立てるかも知れないよ」
慎一が話すようになってきたので、健吾は嬉しそうだったが、弥生は不満足だった。


並木の丘 4

2007-01-21 11:15:01 | 並木の丘
少し風邪気味だったので、うがいをしようと洗面台においてあるコップを使おうとしたが、大きいのと小さいのが二つある。無意識に小さいのを手に取ったが、大きいのは男性用なんだろうと自然に感じた。部屋を見回しながら叔母の近くに戻ってくる。
「何をあちこち見てるの、まだ自分の住みか探し?」
「うん、まあそういうところ」
弥生は少し気が削がれてしまった。さっきの冗談がもし本当だったら、簡単に引っ越して来れそうにない。
「桜ヶ丘って言うくらいだから、桜で有名だったのかな」
「昔はね、駅周辺が名所だったそうよ」
「今でも坂を上っていくところの桜なんか、私好きよ、ここは駅からも近いし、いい場所ね」
「そろそろ出かけた方がいいんじゃない」
「いいわよ、待たせる位で、私挨拶だけしてすぐまたここに戻ってきたいから」
「でもお昼を一緒に食べるつもりでいるわよ、きっと」
「やだなあ、叔母さん何か理由作ってよ」
「我慢しなさい、その代わり後で好きな服でもバッグでも買ってあげるから」
「そう、それならしょうがないか」
弥生はブランド物のハンドバッグがとても欲しかったのである。
店まで10分も掛からないが、約束より少し遅れて着いた。
健吾が立ち上がり迎える用意をしている。
「勝野さん、娘の弥生です」
「初めまして、勝野千恵子と申します」
「高辻弥生です」
「あの、息子の慎一です」
そういって紹介された中学生の男子は、黙って立ち上がり頭を下げたが、痩せ型で背が高く内向的にみえた。
「健吾さん、私が一緒にお邪魔してすいません」
久美子は、弥生が固まっているのが明らかだったので、何でもいいから喋らなければ、と内心汗をかいていた。
「いえ、とんでもない、いつも頼りにしてしまって、」
「織田久美子と申します」
「勝野です、お話は度々伺っています」


並木の丘 3

2007-01-18 05:17:34 | 並木の丘
日曜日の昼、聖蹟桜ヶ丘駅交差点近くの喫茶店で、叔母同伴を条件に会う事を了解した。
挨拶だけしてすぐに叔母の元に逃げようと考えていた。近い将来の仮住まいだ、といまから計画している。
当日、健吾は相手の家族と一緒に喫茶店へ向かうことになったので、弥生は朝、叔母のマンションに行き、一緒に出かける様にした。
「叔母さんが母親だったらなあ、小さい頃からとっても良くしてくれたし、私のお母さんは堅すぎるっていうか、時々疲れる時があったから」
「本当の親はそういうものよ、育てるのは大変なんだから、私はたまに会ってお小遣いをあげたり、なにか贈り物をすれば喜んで貰えるけど、毎日そうはいかないでしょう」
「それだけじゃないわ、ねえ、叔母さんのマンション3LDKでしょ、私の部屋は充分有るわよね」
「いまからそんな事考えるんじゃないの、本当に困ったらいくらでも相談にのってあげるから」
「本当よ、本気であてにしてるからね・・・やっぱり丘側がいいな」
「なにいってるの、しょうがないわねえ」
久美子は少し困り始めていた。確かに弥生とはとても気が合う方で、姉も、私と居る時よりもずっとよく喋る、と話していたのを思い出す。
でも、いくら一人住まいだといってもそれなりの生活がある。
「叔母さんは今でもこんなに綺麗なのに、なんで独身なの?」
「なんでって、だから、縁がなかったのよ」
「うそ、大恋愛の不倫でもしているんじゃないの」
「まあ、なんて事言うの、この子は、いつからそんな風になったんだろう」
「私だってもう子供じゃないんだから、男と女がどうなるか、なんて全部知ってるわ」
「いい加減にしなさいよ、大人しく聞いてればいい気になって」
「わー怒った、お手洗いにいってきます」
弥生はからかったつもりはなかった。母よりもずっとお洒落のセンスも良いし、話題も豊富で面白い。

もう一つの春 29

2007-01-15 04:15:54 | 残雪
叔父夫婦は、あんたみたいな東京の娘が来たと分かったら、若い男衆が大騒ぎするぞ、いっそのこと家にまとめて呼んできてお見合いさせようか、なんて笑って言うのです。
私なりに考えてみました。いくら修さんに迷惑を掛けないようにといっても、私が近くに居るだけでそちらの家庭に影響を与える訳ですから、これがきっかけとなり少し距離を置いてみる、それが一番いいのではないかと。
仕事は温泉旅館のアルバイトなんですが、いまはインターネット予約が多く、事務や受付の手伝いらしいので何とかなりそうです。
温泉は毎日ただで入れますので、肌がつるつるになる美人の湯で磨きをかけようと思っています。
落ち着きましたら必ず招待しますので、よい時期を選んで来てくださいね、東京に修さんが居てくれる、だから田舎にも我慢していられる、勝手な理屈ですけどそういう気持ちなんです。
この土地の観光といえば、白鳥が来る湖で、朝日の昇る頃飛び立つ姿はとても幻想的で美しいそうです。
私の働きに行く予定の温泉郷は、五つの峰が連なる山の麓にあり、その中でも森に囲まれ、明治、大正に建てられた古い建物の旅館で、過去に著名な文豪も度々訪れた老舗だそうです。新緑の時期が待ちどうしいですね。
この湖と霊峰に囲まれ、澄んだ空気の下で暮らし始めてみると、なにか別世界に移り住む、都会と一線を引く隔世の感があります。
こういう環境での生活で、自分はどうしていったら良いのか、結論なんか出る訳はないのですけれど、きっと、将来のヒントになるものなら見つかる、そう信じています。
あなたの生活の一部に割り込んでしまった申し訳なさは多少ありますが、私の未熟さと我儘な性格という事で勘弁して下さい。
まだまだ伝えたい事は沢山あるのですが、うまく表現出来ず、すいません。
ぜひ、この地で早くお会いできる日を心待ちにしております。

                                   春子

         -第三部-

もう一つの春 28

2007-01-14 11:20:56 | 残雪
朝6時過ぎに春子は目を覚まし、隣を窺ったが熟睡している様なので、隣室にいきカーテンを少し開けて見ると、中央公園に朝の訪れを知らせる光が僅かに見え始めた。夜がもう少し長ければ、いや充分長かった、と自分を納得させた。

真冬の冷たい風が吹きぬける中でも、ロウバイが黄色く可憐な花を咲かせ、心を温めてくれる。
沢村は、武蔵野の面影を色濃く残す深大寺周辺が好きで、年に何回も訪れている。
蕎麦屋の中でも一番古そうな店に入り、天ぷら蕎麦を頼んだ後、考え込んでいた。
この前の連休に会った春子は変だった。何か刹那的な、特に夜は・・気のせいかも知れないが、あの後電話やメールで連絡を取ろうとしても繋がらない。
来週には直接彼女の家に行ってみよう、そう決めた翌日の日曜日、一通の手紙が届いた。

前略
修さん、連絡が遅れてすみません。何度電話しようとしたか、でもあなたの声を聞いたら絶対決心が鈍ってしまう、そう思い我慢してきました。
いま私は、叔父夫婦の住んでいる新潟に居ます。東京に借りていたマンションを引き払い、新潟に引越したのです。
昨年叔父に会った時、とても熱心に私の将来を考え、心配してくれ、1,2年でもいいからこちらで暮らしてみないか、と誘われたのです。
田舎の温泉地だけれど、地元の仲間も大勢いるから就職も何とかなるだろう、東京育ちだから退屈で飽きてしまうかも知れない、だからいきなりこちらで生活するというのではなく、仕事で転勤してきた位の気持ちでいい、いやになったらまた東京で暮らす手伝いもしてあげる、とまで話してくれました。
随分迷いました。だって、修さんとこんなに遠く離れてしまうのだから、いまだって飛んで帰りたい気持ちなんです。手紙を書いている今日は吹雪で、家の周りは雪以外なんにも見えません。でも温泉は入り放題だし、雪祭りもあるから結構冬の楽しみもあるそうです。

岐阜北上

2007-01-12 20:52:00 | 手記
岐阜に旅行したのは数年前になりますが、当時はまだ路面電車が走っていました。
カラオケで柳ケ瀬ブルースを歌う時、必ずあの赤い電車が映しだされていたので、少し寂しい感じがします。でも乗った事はなく、移動はバスを利用していました。
以前父親から、祖父は柳ケ瀬近くで生まれたと聞いていましたので、一度も行ったことのない場所に、ルーツとしての興味を覚えたのかも知れません。
確か3回は行ったはずですが、訪れた場所は岐阜市、関市、美濃市そして郡上八幡と北上する結果となりました。
バスで岐阜公園に行き、金華山ロープウェイで頂上のお城に着きますが、とても急な山で、その分景色は良いのですが、よくここに住んで居られたな、と感心します。
公園の近くにも歴史を感じさせる民家が残っている地域も在り、一時代前に戻った様な生活感があります。
関は刃物の町、美濃は和紙とうだつの上がる町として有名ですが、岐阜から車でそこを寄り道しながら郡上八幡に着きました。
水の城下町、名水百選の一番手として選ばれ、町の中にも湧き水を自由に飲める場所がある等、清流に育まれ、こじんまりとした佇まいの町です。
郡上八幡城から、山に囲まれた吉田川と町並みが見下ろせる景色は、日本の故郷そのものです。
踊りは7月中旬から9月上旬まで行なわれ、お盆は徹夜で踊り明かす、正に夏の風物詩で、私は昼間訪れたので見ることはできませんでしたが、いつかは参加出来ればと夢見ています。





唐木田通り 29

2007-01-10 04:20:02 | 唐木田通り
「お疲れ様でした、何か分かりましたか?」
由起子は早速聞いてきた。
「少しは分かりましたが、心配いりませんよ、あなたの身辺にはあまり影響はなさそうですから」
沢村は、達彦は極秘書類の単なる運び屋的な仕事を任されていただけで、問題が公になったとしてもあまり大きな制裁は受けないだろうと説明した。
「そうなの、よかった、勇み足で岐阜まで来てしまったわね」
「思ったより、いい結果でほっとしました」
「有難う、本当に」
そう言うと由起子は身を投げ出す様に沢村に寄りかかり、激しく唇を求めてきた。
心細さと安心感が積極的な行動を促したのだろうか。沢村は動揺した。
翌日、二人はロープウェイに乗り岐阜城に向かった。
斉藤道三、織田信長ゆかりの地と看板が建っているすぐ上にお城が見える。
お城の中には、本でよく見かける細面の信長の絵が掛けられていて、下を覗くと急な分だけ眺めがとてもよい。
金華山を囲むように長良川が流れ、野球場、競技場、ホテル等が見える。
「一望千里ね、ホテルがあんなに小さく見える」
「昔の人は生活物資をどうやって運んだのだろうね」
「そうね、きっと大仕事だったのに違いないわ」
この日も今年一番といえる暑さだったので、公園からホテルへ戻る予定にしていたが、由起子の提案で、昔の町並みを見る為寄り道をすることにした。沢村は後からついていったのだが、狭い川の近くに来て、住所を何気なくみた時はっと気づく事があった。村瀬から向井智子の住所を聞き出していたのだが、それがこの辺りなのである。
無論、すれ違ったとしても誰も顔を知らず、何も気にすることはないのだが、向井と彼女の小さな子供が手をつないで歩いているのでは、とつい周りを見渡してしまった。
「良一さん、何処を見ているの?」
由起子の問いかけも耳に入らなかった。


                  -第三部-