毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

東京の人 69

2014-03-26 12:37:10 | 残雪
「お母さん、知っているの?」
「ええ・・まあね」
「どういう」
「藤代さん、お父さんだけど、仕事の関係でよくここの温泉に来るのよ、なかなかやり手でね、今は不動産の仕事をしているよ」
「お母さんもお世話になっているんじゃないの?」
「そんなことないわよ、私の土地の査定を頼んだりはしたけど」
「世話になっているじゃない」
「違うわ、実はこの間入院してね、検査入院だけど、その時知り合いの病院も紹介して貰ったのよ」
「どこが悪かったの?」
「まだわからないけど、すごく疲れてたから休めば直るわ」
かおりの母は仕事熱心で、1年中働きずめだったのを、かおりは思いだしていた。
中居の仕事だけでなく、時には芸者の変わりを勤めさせられることもよくあった。

かおりは早く東京に戻りたかった。
この頃の寺井が気になって、自分から離れたがっていて、いない間にどこかにいってしまっているのではないかと思うと、落ち着けなかった。
春子の元に戻り、元気なく黙って座った。
「かおりさんのお母さん、この頃は私ともあまり話さなくなって、あなたのことばかり呟いているのよ、羨ましかったわ、私の母はだいぶ前に亡くなってるから」
「そうでしたね・・あの、春子さんのお父さんはご健在なんですか?」
「お父さんねぇ・・私かおりさんをとても身近に感じるのも、似た境遇だったからなのかなと考えているの」
かおりは父を全く知らない。物心ついた時から、父の話は誰も口に出さない空気が満ちていて、聴くことはできなかった。
春子もまた、そうした環境の中で育ったのだ。
結局かおりの母は、検査の結果待ちなので、かおりは翌日東京に戻ることにした。
夕方着いてみると、寺井は留守で書き置きもなかった。
夕飯はカレ-にして帰りを待っていると、20時過ぎに帰ってきた。
「何処いってたの?」
「ちょっと調べる事があってね」
「何を?」
「君に関係あるんだ」
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東京の人 68

2014-03-08 10:03:12 | 残雪
かおりは故郷に戻ってきた。もう何年も経っている気がする。
出てきた時と何も変わらない止まっている時間、立ち止まっていても誰ともすれ違わない昼下がり、澄んだ空、その空気の中を遠くから掴む様な視線を感じさせる春子が待っていた。
「どう?うまくいってる」
「ええ、まあ・・」
何と答えていいのか分からなかった。
「そう、それならよかったわ」
隣に並んで微笑みかけてくる彼女は、全くの別人にみえた。
「かおりちゃんのお母さんね、この頃誰とも話さなくなってね、時々あの子はどこって、あなたを探してばかりいるの」
「昔からそうなんです、わがままだから・・子供の私にお客さんを呼びに行かせるようなひとですから」
「でもとにかく会いにいきましょう」
春子に促されては、かおりは何も言う事ができなかった。
母と久々に会ってみても、特に感じるものはなかった。母も以前と全く変わらない。
「何しに帰ってきたの、東京でうまくいってないのかい?」
「そんなことないよ・・春子さんに会う用事もあったから」
「春子さん、あのひとの事はどうなっているの」
寺井を気にしている。
「別に何も、随分面倒をかけてしまってるけど」
「春子さんの言うことをちゃんと聞いているんだろうね」
「迷惑をかけたりしていないわ」
「そうかい、うまくやっていけるのかい」
「できれば、早く独立した方がいいんだけど」
「それは、春子さんが望んでいればだけどね」
「そんなこと、お母さんに関係ないでしょう」
「私は、あんたをあの方々に譲ったのだから」
「そんな言い方はやめてよ・・私にだって男の友達位いるんだから」
「東京の男かい?」
「違うわ、同じ新潟のひとよ」
「もう仲良くなったのかい」
「変な言い方しないで」
「何て名前」
「藤代さん」
「藤代・・そのひと十日町の人じゃない?」
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