毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

並木の丘 20

2007-05-28 21:23:25 | 並木の丘
千恵子の本心をもっと探りたかったが、これ以上話してくれそうもない頑なな態度になってきたので、今日は別れる事にした。
また暫く会えなくなったらどうやって調べていこうか、迷いながら家に着くと、弥生がお腹を空かせて待っていた。
「遅くなったわね、何か取る、それとも食べにいく?」
「ピザ頼もうよ、しばらく食べていないから」
「それでいいの?他には」
「充分よ、後は冷蔵庫に入っているのを適当に頂くから、それより何か分かったの」
「・・そうね、複雑そうだというのが分かった位かな」
「それじゃあ説明にならないわ、ややこしそうね」
「少し時間が掛かるわね」

翌日は理想的なさつき晴れになったので、久美子は一人で若葉台駅近くにあるホームセンターに行く為、聖蹟桜ヶ丘駅からバスに乗った。
多摩大学のある坂浜聖ヶ丘橋辺りが一番高い所で、若葉台の町並みを眼下に見下ろす光景は、地名どおりの瑞々しさに溢れている。
眺めの良さに何回か訪れているが、今日もこの近くで一度降りて、みはらし緑地に歩いていった。夏の最中の様な暑さになってきて、上半身裸でベンチに寝ている男の人もいる。
そこの景色の良い登りきった場所で、デジタルカメラを持って歩き回っている少年がいたが、よく見ると慎一だった。
「慎一君、一人なの?」
「そうです、今年は多摩の四季を撮ってみたいと思いまして」
「ここは空に近づくような広さを感じるわね」
「若葉台と永山側両方が広く見えますが、いいポイントです」
「撮り終わったら付き合ってくれない、お昼ご馳走するから」
「わかりました、もうすぐ済みますから」
久美子はよい機会だと思い、買い物は後回しにして、再びバスで永山駅に向かい、近くの中華レストランに入った。
「昨日ね、あなたのお母さんに会ったのよ」
「母から聞きました」
「何か言っていた?」
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並木の丘 19

2007-05-24 21:08:56 | 並木の丘
弥生がいけばなを習っている間、久美子は駅前ビル一階にあるカフェレストランで待つ事にした。
終わったら挨拶をしたいと申し出たので、千恵子も断りきれなくなったのか、帰りに弥生と一緒に伺います、との返事があった。
駅前は以前来た時と同じく静かで、周りの住宅はどこの国風か分からないが、個性的な建物も見受けられる。
1時間がすぐに過ぎ、やがて二人の姿が見えてきた。並んで歩いていると親子のようだ。
「お待たせ致しました、ご無沙汰してばかりで申し訳ありません」
千恵子は相変わらず丁重な挨拶をしている。
「お仕事の方は順調そうで、結構ですわね」
「お蔭様でようやく軌道に乗りかけてきまして、良い意味で忙しくなっております」
「叔母さん、私先に行ってるね」
弥生はタイミングをみて、一足先に久美子の家に向かって行った。
「実は、今日お会いしたいと思ったのは、先日以外な所であなたをお見かけしたものですから」
「どちらで?」
千恵子の顔がこわばってきた。
「熱海です」
「・・・そうですか」
「男の方とご一緒でした」
「それは・・・実は、彼は別れた夫なんです」
「その方とご旅行なさったという訳ですか」
「旅行だなんて、そんな、私、無理やり連れていかれたのです」
「無理やり」
「そうです、彼はお金にも困っていて、都合してくれなければ今回の再婚話を壊してやる、と脅かしてきたのです」
久美子は二人の姿を遠目に見ただけだったが、自然で険悪さは感じられなかった。
「それで、話はついたのですか」
「今更何もする必要はないのですが、騒ぎを大きくしたくないので、多少の生活費を渡しました」
「でも男一人何とでもなるでしょう、あなたが面倒をみるまでもなく」
「ええ、でも今話しましたように騒がれたくなかったものですから」
久美子は心に引っ掛かるものを拭い去れなかった。
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並木の丘 18

2007-05-14 20:17:17 | 並木の丘
国分寺から西国分寺にかけて、清流沿いの遊歩道が整備されており、江戸時代尾張徳川家のお鷹場に指定されていたことから、お鷹の道、と称せられている。
湧き水と木蔭が多い細い道は、夏でも比較的涼しく、野菜や果物を売られている場所もある。水辺で遊んでいる子供達の姿は、一世代前の夏休みを思い出させてくれる。
国分寺東側に数か所のハケ、と呼ばれる湧水群があり、このお鷹の道・真姿の池湧水群は、名水百選のひとつに選定されている。
久美子は一人で歩きたい時、万葉植物園のある西国分寺側から、殿ヶ谷戸庭園を観て国分寺に向かう、武蔵野を今も伝えるこのルートが好きだった。
前澤に依頼してから二週間過ぎて、久美子宛に書類が届いた。少し時間が掛かりましたがある程度役にたつと思います、と前澤のメモが入っている。
勝野千恵子は6年前に離婚、原因は元夫の女性関係で同じ会社の社員だった。元夫の年令は千恵子より7つ年上で現在45才、その女性とは再婚しておらず、独身との事、離婚した翌年会社を辞め、社員20名程度の商事会社に再就職して現在に至っている。
千恵子が本格的にいけばなを教える様になったのはここ3年程で、結婚していた時期は専業主婦だった。
大学を卒業して3年間はスチュワーデスをしており、その後結婚してすぐに長男の慎一が生まれている。英語と中国語の会話が出来る、と記されている。
かなりインテリだな、と久美子はあの控えめで古風な感じの彼女からは想像しがたく、驚きの目で調査報告書を読んでいた。
更に以外に思ったのは、熱海で一緒に居た男性は元夫である、という文面を見た時だった。
よりが戻ったのだろうか、しかし再婚の話が具体化されている今の状況で何か不自然だ、やはり直接相対するしかない。
久美子は改めて自分の考えや気持ちをストレートに伝えるべく、弥生が初めておはなを習う日に付き添って行く決心をした。
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並木の丘 17

2007-05-10 20:21:35 | 並木の丘
前澤との個人的な話は平行線を辿ったが、調査の方は興信所に依頼しただろうから、いずれ詳しい事が分かるだろう。
久美子はこの再婚話は難しそうだ、と直感でそう思った。
弥生があれほど避けるのは、本能的に自分の家庭に相容れない何かがあるのを感じ取っているのかもしれない。
話がまとまらず、自分が前澤と別れたら、周りの皆が寂しくなってしまう。
そんな考えで落ち込みそうになった時、薔薇の様な弥生がやって来た。
「叔母さん、元気なさそうね」
「少し疲れただけよ」
「何でも言ってね、私体力だけは自信があるから」
「有難う・・ところでなにか少しは分かった?」
「それがね、この頃は早く帰る事が多くて、泊まりもないんですって」
「なかなかタイミングが合わないわね」
「私ね、おはなを習おうかと思うの」
「それ、いいわね、千恵子さんも喜ぶし、うまくいくかもよ」
「でも花は好きだけど、いけばなは興味もてないな」
「習ってみると案外楽しいものよ」
「叔母さんも、どお?」
「考えてはいるんだけれど、もう少し経ってからね」

弥生が習いたい旨を慎一を通して伝えると、すぐに連絡が来た。
西国分寺に、11名生徒が集まる家があり、そこに教えに出かけているが、全員が独身女性なので、年齢的にも若い人同士でよいだろうから、そこに参加してくれないかと言ってきた。
橋本、八王子と経由して行けば意外と近いから行くことに決め、久美子に報告がてら電話を入れた。
「案外センスがあるかもしれないわよ」
「自信はないけど努力します、取り得はそれだけだから」
「西国分寺は落ち着いたいい町よ、歴史的にもとても重要な史跡のある所で、万葉植物園なんかもあるわ」
弥生は早速国分寺市を調べ出した。
奈良時代中頃、今の西国分寺に、平地と湧き水に恵まれた武蔵国分寺が造られた。
天平文化に思いを馳せる。
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並木の丘 16

2007-05-07 20:45:48 | 並木の丘
「慎一君もお母さんの行動、知りたいと思わない?」
「うん、確かにこの頃おかしいけど」
「一応、うちのお父さんと婚約している訳だし」
「分かりました、調べてみます・・・何日か前に男の人から電話が掛かってきたこともあったんです」
「電話の録音もセットしておいた方がいいわね」
「できるだけ工夫してみます」

久美子は弥生に頼んだものの、確実な情報が欲しくて結局前澤に相談するしかなかった。
六本木ヒルズにあるホテルで食事をしながら話し合った。
「その勝野さんというお師匠さんは、うちの会社にも出入りしているのかな」
「何回か飾りつけを頼まれたことがある、と言ったのを覚えています」
「そう、それなら何か分かるかもしれないな、興信所に頼んでもいいんだけど」
「個人的な問題で申し訳ないですわ」
「個人的だから頼むのですよ」
「それはそうですけれど」
「その件に関しては任せてください、役に立てると思います・・それよりも、この間の件、考えてくれましたか」
「なんでしたかしら」
「近くに引っ越して来れませんか、とお願いしたでしょう」
「いまでも充分近いですわ」
「せめて同じ中央線沿線に来てくれませんか、何箇所か候補地を探しておきましたから」
「私はいまのところでよいと思っています」
「家内は子供に掛かりきりで、私の事は手伝いの方に任せっぱなしです、もしかすると他に女性がいると感づいているのかも知れません」
「それでは尚更動くわけにはいきません、いまでも奥様に申し訳ないと心の中で謝っている位ですから」
「あなたが謝る気もちを持つ事はないのです、全て私の責任なのだから・・・ですから余計もっと近くに来て頂いて、あなたの面倒をみさせて貰いたいのです」
「私、まだ自立できる年齢です、いまでも就職先を探していて、合う所があればすぐにでも働くつもりです」
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並木の丘 15

2007-05-06 19:54:45 | 並木の丘
「ちょっと外で見かけたものだから」
「どこに居たの」
「うん・・熱海なのよ」
「叔母さん、熱海に行っていたんだ、いい人と」
「絶対内緒よ」
「大丈夫、お父さんにも誰にも言わないから」
「お願いね・・・それでともかく慎一君のお母さんと二人きりで会おうとしたのだけれど」
「会ってくれないの?」
「仕事が忙しくて、いまはなかなか時間が取れないと断られてしまったの」
「叔母さんを避けているのかしら」
「熱海で気付かれたのかも知れないわ」
「それで私に探偵をやれ、という訳ね」
「調べて欲しいのよ、あなたのお母さんになる人でもあるから」
「私は結構です、叔母さんで充分ですから」
「あなたは慎一君とも仲がいいし、なにか分かるんじゃないかと思って」
「いいわ、叔母さんにはお世話になりっぱなしで、これからも頼りにしているから、慎一君と会って聞いてみる」
「千恵子さんにばれない様にしてね」
「任せて、うまくやるから」
早速慎一と連絡を取り、聖蹟桜ヶ丘の駅前で待ち合わせる事にして、川沿いの道を少し外れて遠回りして行くと、赤いしゃくなげの花が大きく咲いている家の庭を見つけ、もう春爛漫の一番良い時期になってきた、と嬉しくなってしまった。
人は何故、この幸せな気持ちを続けていけないのだろう。母親がいなくなり、悲しみからようやく落ち着きを取り戻したらすぐ再婚するという、大人の世界に納得できなかった。
以前皆で会った喫茶店に入った。
「ごめんなさい、こんな時間に呼び出したりして」
「いいんです、どうせ暇ですから」
「お母さん、今日も出掛けているの?」
「はい、夜8時頃には帰ると言ってました」
「相変わらず忙しそうね・・・ところでそのお母さんの事だけど、誰と会ってるかとか、どこに行ったとか、詳しく調べられないかな」
「僕が探偵になるんですか」
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並木の丘 14

2007-05-05 18:16:40 | 並木の丘
数分して折り返し連絡が来た。
「昨日から留守で帰ってきてないって」
「そう、やっぱりね・・・」
「どうかしたの?」
「いいえ、今週忙しかったけれど、明日からはまたいつでもいらっしゃい」
やはり彼女は他の男性と熱海に泊まっていた。
相手は一体誰なんだろう、再婚も間近に迫っているというのに、解せない。
考えた揚句、久美子は勝野千恵子に直接会って問い正す決心をした。

弥生の住んでいるマンションのすぐ向かい側が公園になっており、新緑に輝く春に、東屋に座ってなだらかな緑並木の丘を眺めているだけで幸せになれる、時間を忘れさせてくれる彼女のお気に入りスポットになっている。
日曜の昼過ぎ、このスポットで慎一に貰った本を読んでいると、久美子から話があるのでこれから来られないか、と携帯にメールが届いた。
きっと慎一君のお母さんの事だわ、何があったのだろう。この間、居るかどうか確認の電話があったけど、何処かで会ったのだろうか、急いで聖蹟桜ヶ丘に向かった。
15時少し前に着いた。丁度おやつの時間だわ、なにをご馳走になろうかしら、そう考えながらベルを押した。
「急がせたみたいで悪かったわね」
「いいの、何にもなくて本を読んでいただけだから」
「朝から来ればよかったのに」
「でもしょっちゅうだと悪いと思って、それに朝居ないかもしれないでしょ」
「電話すれば分かるじゃない」
「叔母さん、この頃また綺麗になりましたね」
「どういう意味、それは」
「色っぽくなったみたい」
「なにおかしな事いってるの、ケーキ買ってきてあるから好きなの食べなさい」
「有難う、なにがあるか期待していたんだ」
「慎一君とは連絡をしているんでしょう」
「たまにね、週一、二回かな」
「お母さんは相変わらず忙しそうなの?」
「そうみたい、ねえ、何があったの」

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