毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

フクロウの街 3

2016-01-30 12:11:20 | ヒューマン
その男はにやっと笑って向かい入れた。
「藤中さんからいい人がいるときいていました、前任者が急に辞めて困っていたので、助かりますよ」
「未経験でもいいんでしょうか」
「それは関係ありません、内容自体は簡単で、商品の管理業務だからね」
「事務仕事だけでいいのですか?」
「荷物を運ぶのは下請けがやっているから」
事務だけならいいか、と山路は思った。
彼女の為にも引き受ける事にして、その日は帰ってきた。
「どうだった?」
「仕事は難しくなさそうだよ、あの内容だったら女性でもできそうだね」
「でも、男じゃなければ駄目だって言ってたわ」
「そうなんだ···霞ヶ関の仕事は健康を理由に休暇扱いにしてもらったよ」
今週の金曜日から出社する予定で話がついた。
「よかったわね・・今週は誰もいないからゆっくりしましょ」
啓子の子供は風邪気味で、母親の家に行っている。
「見てなくて大丈夫なの?」
「あの子は私より母になついているの」
山路はアルコールに強く顔にも出ないので、飲み過ぎた結果肝硬変寸前にまで悪化してしまった。薬は飲み続けなければならない。
当然体力は落ちるので、女性と夜を共にする時はバイアグラを服用している。
北海道から連れてきて、7年間同棲していた相手がいたが、買い物依存症で借金だらけになり自己破産、山路も自分のカードを彼女に貸していた為、返済の催促が毎日来るようになり、街金融の借金が膨らみ、同じく自己破産した。
別れた後すぐ今の彼女と知りあったのだが、彼女の元夫はうつ病で自殺願望がある為働けず、生活保護を受けていた。
啓子は山路と知りあった頃は毎週土曜日にホテルで落ちあい、そのつど1万から1万五千円を貰っていて、今でもそれは続いる。
元夫は彼の両親と暮らしているが、まともな状態の日はひとりで出掛けて、ゲームセンターに通いつめている。
啓子が買い物をしている後ろを、元夫がつけてきた。
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東京の人 73

2016-01-27 06:23:19 | 残雪
善光寺でのお参りが済むと、寺井は直江津に行くと言い出した。
「僕の姉が住んでいるんだよ、直津駅から割と近いけど、きょうはぜひ泊まっていけって、義兄はもう亡くなっていて1人住まいだから」
「でも私・・」
「君の事も大体話してあるから大丈夫、会いたがっているよ」
かおりは新潟への拒否反応から行きたくなかったが、断る理由もなく、従うしかなかった。直江津駅から車で15分程で、新興住宅地の中程にある家に着いた。
周りは平坦で何も見えない。
「久しぶりね、さあ中に入って、かおりさん、よろしくね」
出迎えた寺井の姉純子はとても嬉しそうだった。
「きょう市場で魚買ってきたから」
「お姉さんも変わりない?久美ちゃんは」
娘が1人いて同じ市内に住んでいる。
「2人目が生まれたばかりだから忙がしいのよ」
寺井の姉は、顔は似ていなかったが、体型は背が高く似ていた。
「かおりさん、綺麗ね、やっぱり似ているわ」
「似ているって?」
「私ね、あなたのお母さんに会ったことがあるの」
「母にですか」
「そう、夫の仕事が忙しかった頃にね」
純子の夫は5年前になくなっている。
「夫が仕事関係の接待でよく行ってたのよ」
「そうなんですか」
「私が夫の忘れ物を取りにいった事があってね、その時かおりさんのお母さんと初めてお会いしたけど、なぜか話が合って長い時間お邪魔したのよ」
「どんな話をしたのですか?」
「殆どかおりさんのことばかり」
日頃母はかおりに対して一方的に話すだけで、あまり聞こうとはしなかった。
「そしてね、お父さんの話もでたのよ」
「父のこと?」
かおりがまだ会っていない父について、母は何故急に話だしたのか。
「なんて言ったのですか」
「新潟市のひとで議員だったそうよ」
「その話、いつ頃してたの」
「あなたが東京に行ってすぐだったらしいわ、寂しがってたから」
母はかおりに、父の話は何一つ話していない。
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フクロウの街 2

2016-01-22 12:55:05 | ヒューマン
「引っ越すの?」
「この公団、もうじき立て直すのよ」
「そう、やはりこの近くがいいの?」
「別にこだわらないわ、仕事もまだみつかってないから」
「でも子供の学校もあるからね」
「いいのよ、学校はどこでも、家賃の安い所を探してくれない」
「東京都は高いから、千葉県にするかだね」
山路は結婚した数年間船橋市に住んでいた。
「そうしようかな、ここの地下鉄の終点は本八幡ね」
「そうだよ、今週の土曜日にでも見に行く?」
「それはいいんだけど、先立つものがねぇ」
山路は貯金もあったが、いまの給料は安すぎて毎月少しずつ貯金をおろさないと足りない状態だった。
火事で身の回りの物はすべて失い、彼女の家に転がり込んでいる男に未来などなく、ただ目の前の生活に振り回されていく、山路はそうした自分を醒めた目で見つめていた。
ともかく彼女の引っ越し費用を負担して一緒にいるしかない。
そんな事を考えていた時、啓子が就職先を斡旋してきた。
「この近くのパートに行っている友達がいてね、物流センターの事務が急に辞めて、男女問わずすぐに来れるひとを募集しているんですって」
「未経験でもいいのかな」
「大丈夫そうよ、行ってみれば」
山路はあまり気乗りはしなかたが、断る理由もなかったので、様子を見がてら行く事にした。
ス―ツを着るのが億劫になっている。啓子に連絡をとってもらうと、来週月曜日の朝10時に来てくれとのことだった。

当日啓子の家からゆっくり歩いても、10分ちょっとで倉庫の住所にある場所に着いたが、辺りを探してもマンションばかりで倉庫は見当たらない。
まわりを一周してさらに注意してみると、自動車修理工場の様な古い建物があり、2階に狭い事務所が見えたので、近寄ると丸一倉庫と書いた小さな看板があった。
錆びの出た階段を上ってドアをノックすると、ドアが開き痩せて目つきの鋭い男が出てきた。
「山路さんだね?」
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フクロウの街 1

2016-01-15 10:35:07 | ヒューマン
まいったな、どうしよう。
山路 稔は途方にくれていた。
中野にある1人住まいのアパートが火事で全焼してしまったのだ。
さいわい誰もいない夕方の時間帯だったが、灯油のまかれた跡が発見され、放火と断定された。
40過ぎて1人、北海道生まれの彼に関東での知り合いはなく、友達もいなかった。
安いビジネスホテルに泊まっているが、貯金も底を尽きかけていた。
仕事はドライバーサービスの会社で、霞ヶ関に派遣され各省庁の役人を乗せて国会議事堂や議員会館を廻っている。
山路は、60人以上のドライバーが1部屋に居る場所で勤務していた。
その仲間に山路より一回り年上の永瀬 昇がいて話し相手になっている。
「もう引っ越すしかないよな」
「でも永瀬さん、全く余裕がないんですよ、あのアパートも住んで半年ですからね」
「そうか、ここの仕事もまだ3ヶ月だっけ」
「そうです、だから有給休暇も取れないし、いま現金が足りなくて」
「そりゃ大変だ」
山路は、ついてない時はこんなもんだ、とため息をついた。
この職場に来る前は、若い頃からの飲み過ぎがたたって肝臓が悪くなり、4ヶ月入退院を繰り返していた。
タクシーの運転手や警備員も断られ、やっと給料はいままでの中で1番安いが、半年契約で何とか就職できたところだった。
結局いま付き合っている相手に頼るしかないと諦めた。
山路は結婚経験があるが、相手の藤中啓子も同じバツイチで、小学校1年になる女の子がいる。
都営新宿線西大島駅近くの公団に住んでいた。近くの小名木川は、江戸時代から物資の運搬が盛んに行われ倉庫も多くあったが、今はリバーサイドマンションが建ち並び、様相が一変している。
失業中にハローワ―クで彼女と知りあい、毎日の様に公団の5階に入り浸っていた。
「頼みたい事があるんだけど」
啓子が珍しく神妙な顔で話し出した。
「何?僕で役に立つの」
「ええ、引っ越しなんだけど」
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