毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 48

2008-07-30 04:40:02 | 武蔵野物語
緩やかな坂を上っていくと、すぐ右側に、いちばん目立つ美しい建物が目にはいってくる。
入り口に正装の受付が立っているので、ゆりこが調べてみると、結婚式場だった。
「綺麗な建物ですね、僕もこういう所がいいな」
田口も感激しているようだ。
「良太さん、早くいい相手をみつけなさい」
「すぐ近くにいるんだけどな」
「何を言ってるの」
「僕はあなたがいいんです」
「そんな簡単に言うものじゃないわ、まだ知り合って間もないのに」
「関係ありませんよ、私はあなたがとっても気にいったんです」
「単純なのね」
「性格ですから、でもあなたのことは分かってきたつもりです」
[みなみの]の丘に建つ住宅は、庭を広めにとった贅沢な作りも多く、大学の為に出来た町、という説明書きより、高級住宅街の雰囲気が漂っている。
隣りにいる金持ちの御曹司と一緒になれば、此処に住むのも夢ではない。
ゆりこは一瞬その思いを巡らしたが、田口は無論なにも感じていない様で、通りを一歩入った住宅街の中にある目立たないレストランを見つけると、休憩しましょうと言って、先に入っていった。
「こういう普通の家がお店っていいなあ、僕も将来趣味の商売をやってみたいですよ」
「良太さんの趣味って何?」
「意外と渋くて、古い物が好きなんですよ」
「骨董なの」
「特に拘らないんですけど、昔の小物、雑貨、陶磁器、何でも好きです」
「古い場所は、どうなの」
「好きですよ、今住んでいる武蔵境は気に入っています」
「武蔵野のひとね」
ゆりこは、誠二の面影を追い求めた。
しかしすぐに、仕事の話に切り替えていった。
「新しい町にあったキャンペーンをしていく、といっても漠然としていて」
「それを我々で創り上げていくんですよ」
「でも、出来るかしら」
「あなたのイメージでここから発信して行くのです」
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武蔵野物語 47

2008-07-26 11:06:00 | 武蔵野物語
「こんど新しい役員さんが来られましたね」
「黒木君なんだけど、彼を入れたのも僕なんだよ」
ゆりこは漸く今日の目的に近づいてきた。
「誰も知らない方なんですけど」
「そう、不動産業は長くやっていて、うちの会社もテナントビルを探していた時、僕は何回かあっているんだ」
「国立の、前の所長も知り合いだったのではないですか?」
「よく知っているね、滝沢所長が急に辞めたので、身辺調査をした時、黒木君の名前も出てきたけど、会社には関わりがない事が分かったんだ」
山口は黒木を信用しているようだ。
会場に戻ってみると、その黒木は新役員たちの輪の中で、大人しそうにしている。
「黒木君、ちよっと」
山口は手招きで呼んだ。
「紹介しておこう、沢田君だ、君は暫く中国へ行ったきりになるが、僕がいない時は、代理を彼女にやって貰う予定だからな、我々三人が最初の中国貿易担当になる」
それを聞いた黒木が慌てた様子で近寄ってきた。
「黒木です、この度山口常務にお世話になる事になりました、宜しくお願いします」
ゆりこはどう答えてよいか分からず、会釈しかできなかった。
「常務、私に代理なんて無理ですよ」
黒木が離れた後、思わず愚痴がでてしまった。
「最初は電話の取次ぎでもやってくれればいいんだよ、本格的に動き出すのは来年だから」
ゆりこはよっぽど断ろうかと思ったが、黒木との接点が多くなりそうなので、様子を見る事にした。

新規開拓は大変だが、地区別に力を入れようと意見が一致して、田口とゆりこはJR横浜線に乗り、みなみのを訪れた。
熟成した多摩に比べ、駅が出来てからまだ10年ちょっとの正にニュータウンである。
駅前からなだらかな上り坂が西側に続き、歩きやすい。住宅街の中に、小さくて洒落たカフェやレストランがある郊外の町は、ドラマの一場面を作れる様な新しい魅力がある。
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再会 51

2008-07-21 05:47:43 | 残雪
翌日、寺井は二日酔い気味で目が覚めた。 
食事の準備はされていたが、春子はいなかった。
いつ帰るか決めなければと考えながら、温泉に浸かって部屋に戻ると、かおりが待っていた。
「来てくれたの」
「春子さんは急の仕事で、私が相手をするようにって、昨日はご馳走になりました」
「とんでもない、僕は途中で寝てしまって、話しもたいして出来ずにわるかったね」
「いいえ、楽しかったです、初めてだから」
やや俯きかげんの透き通る顔に、朝陽が柔らかく差し込み、人形のような美しさがあった。
「家の方は大丈夫なの?」
「弟は高校生だから」
「二人兄弟なんだ」
「ええ・・」
家庭が複雑だと聞いたのを思い出し、話題を探していると、かおりが話し掛けてきた。
「あの、春子さんが言ってた事なんですけど」
「うん、何だっけ」
「私のこれからの事で」
「ああ、かおりさんが行きたい学校や就職の件ね、それなら手助けできるよ」
「私、はたちだし、できれば早く学校に行きたいから、昨日家に帰って考えたんです、それで母に連絡して、いま家にいないんですけど、そうしたら、家は心配しなくていいから、自分のしたい様にしなさいって」
「そう、良かったね、それでやはり東京に行きたいの?」
「そう思っています、でも東京に知り合いはいないし、何回か遊びに行っただけですから」
「心配いらないから何でも相談してよ、学校の資料も集めなければね」
「はい、お願いします、何も分からないので」
話が進み始めた頃に、春子が戻ってきた。
「かおりちゃん、よかったわね、できるだけ早い方がいいから、修さん、宜しくお願いします」
丁重に頼まれて、寺井は戸惑った。春子を連れ戻したかったのに、まだその気はないらしい。
「住まいはね、私の住んでいた大家さんに連絡しておくわ」
早くも事は動き始めている。
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武蔵野物語 46

2008-07-18 04:34:42 | 武蔵野物語
「あなたの仕事ぶりは高く評価していましたよ、相変わらず綺麗だね」
山口はアルコールが回ってきたらしく、饒舌になってきた。
「有難うございます、あの、私の本社勤務の予定があったとの事ですが、具体的な内容をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「それは色々やって貰うつもりだったけど、その件もあってね」
手招きをすると、隅のテーブルにゆりこを連れて行った。
「君の現在は暫定的で、八王子は、代わりのひとが見つかったら僕の所へきてほしいと考えて、営業所も掛け持ちにしておいたんだ」
「でも私、いまの仕事が気に入っているのですけど」
「僕と一緒じゃ嫌なのかい」
「そうではなくて、私が新人の頃、当時は山口営業部長でしたけれど、よく飲みにいかないかって誘われましたよね、部長は夜の帝王だから気をつけなさいって先輩達に聞いていたので、避けていたんです」
「ははは、君のそういうところが好きだな、いつも本音を喋ってくれる」
「すいません、よけいな話をしまして」
「気にしなくていいよ、それよりまだ1時間以上あるから、上のバーで打ち合わせをしよう、お開きの前に戻るから、それなら安心だろう」
そう言うと先に出ていってしまったので、ゆりこは人目を避けて、後から追いかけていった。
「手伝って貰うのは、半年か1年先でもいいんだよ」
カウンターで山口は、ヘネシー飲みながら話出した。
「それならいいんですけど、いまのスタッフとはとても合っていますから」
「君と一緒に田口君も行っているだろう」
「はい、面白い方ですね」
「彼の父とは長いつき合いでね、悪い奴じゃないから、面倒見てやってよ」
「私が、ですか?」
「まだ子供でね、一本調子だから」
「営業成績は優秀ですよ、将来有望じゃないですか」
「そんなに仕事できたかなあ」
「とても仕事熱心ですよ」
「君に熱心なんじゃないの?」
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武蔵野物語 45

2008-07-15 04:41:00 | 武蔵野物語
「あの方ね、確か年齢は62才で、輸入業の他に不動産の仕事もしていたと履歴書にあったわ」
ゆりこはビンゴ!と叫びそうになった。
「よく覚えているわね、さすがは総務ね」
「まったくの部外者だから興味を持ったのよ、ここにしては珍しいでしょう」
同族色のつよい会社で、よそから人を招く事は殆どない。
「その黒木さん、住まいは武蔵小金井じゃなかった?」
「そうだったかもしれないけど、知り合いなの?」
「直接ではないけど、見かけたもので」
どうやら間違いないらしい。
ゆりこは誠二を頼りたくなかったので、自分で接触の機会を探すつもりだ。

新体制になった会社幹部の懇親会が、夏休みも近づいた7月中旬、都内のホテルで開かれ、八王子からは、水野所長代理とゆりこの二人が呼ばれた。
会場には各営業所の所長と管理職が集まり、その前で役員の紹介がされたが、末席に、ゆりこの知っている黒木が静かに立っていた。
一通りの挨拶が済むと、ゆりこ達のところへ、山口常務がやってきた。
「水野君、好調じゃないか、現在営業所全体で2位だからね、予想以上だよ」
「お蔭さまで、全員で頑張っています、沢田さんの援護に感謝しています」
「君からのたっての願い、というので行って貰ったんだが、それまでは本社に戻すつもりだったんだよ」
ゆりこは本社勤務時代、販売促進の企画を担当したことがあり、当時営業部長を兼任していた山口は、上司として接する機会が多く、秘書的な仕事も手伝わされていた。
「本当はね、僕の仕事を助けて貰おうと思っていたんだ」
「私がですか?」
ゆりこはちょっと意外だった。
「そう、以前一緒に仕事をやっていたじゃないか」
「まあ、そうですけど」
「沢田君はね、見かけは古風な日本的美人の面影があるけど、仕事は男勝りだからね」
「そうでしたかしら」
ゆりこは実感がなかった。
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武蔵野物語 44

2008-07-12 10:55:34 | 武蔵野物語
「ゆりこさんには、きっと大事な人がいらっしゃるでしょうけど、それでも僕は構わないです」
「どうしたの、急に改まって」
「だから、僕のことも少しは考えて頂ければと」
「前にも話したでしょう、決まった人はいませんって」
「本当にいないんですね?」
「そうよ、明日からは分からないけど」
「今日まではいないんだ」
嬉しそうな田口の顔を見ているゆりこも楽しくなってきた。
「私も名前を呼ばれたから、これからは良太さん、て呼ばせて貰います」
「光栄です、一歩近づけたみたいで」
「そんな、仕事仲間で同士としてですよ」
「それでいいんです」
「面白い方ね」

二人が個人的に会った初夏の頃から、デパートの売り上げが伸びはじめ、益々忙しくなっていった。
工場は中国にあり、発注から輸入するまでのタイミングが際どくなる事が多い。
いままでは輸入代行業者に任せっきりにしていたが、こちらの要求通りに商品を入荷させるは、現地の状況に詳しい人材が必要になっていた。
そうした折、6月の株主総会で人事の発表があり、新しい役員紹介の社内報が、八王子営業所にもようやく届いた。
ゆりこは昼休みに珍しく会社にいて、それをぼんやり見ていたが、最後の行に、役員待遇として黒木 卓の名前をみつけた。
黒木といえば、府中の 椿 によく来ていた男性と同じ名前だが、関連があるのだろうか。
気になったので、新宿本社にいる同期の阿部友恵と、金曜の夜久し振りに本社近くで会う事になった。
「阿部さん、同期で独身なのは私達だけになってしまったわね」
「実は私もね、今年の秋に決まったのよ」
「そうなの、おめでとう、呼んでくれるんでしょう」
「当然よ、沢田さんは一番の友達ですもの、ところで用事ってなんなの?」
「人事のことばかり聞いて申し訳ないけど、今度の役員待遇になった黒木 卓 だけど」
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再会 50

2008-07-09 04:45:54 | 残雪
その日の夜、かおりを旅館に呼んで、夕食を一緒に取る事にした。
客室で食事をするのは初めてだといって、素直に喜んでいる。
「好きなものを頼んでいいのよ、いつも助けて貰っているんだから」
春子は妹をみるように、かおりに接している。
「お酒も少しは飲んでいいんだろう」
寺井は若い娘を酔わせてみたくなった。
「かおりちゃん、飲めるんでしょう、ここで育った人だから」
「お祝いの時くらいしか飲んだことはないけど」
「じゃあ、三人でお祝いをしましょう」
「なにを祝うのですか」
「決まってるでしょう、私達の未来によ」
「未来に?」
「そう、特にあなたのこれからに乾杯!」
春子はビールを美味しそうに、一気に飲み干した。
かおりは、ゆっくりだが真顔で飲んでいる。
30分程すると、寺井はもう顔が大分赤くなってきた。
「修さんは、この中で一番弱そうね」
「春子さんに敵うわけはないけど、かおりさんも結構強そうだね」
「顔にはあまりでないんですけど」
「かおりちゃんは私より飲めるようになるわ、あなたはこれから大人の世界に入って、どんどん変っていくから」
「そうかしら、まだ味がいいとか、分からないけど」
「これから、どういう仕事をしていきたいの?」
寺井は彼女の将来に興味を覚えた。
「本当は学校に通って、資格をいろいろ取りたいんです」
かおりは寺井を、初めてまっすぐ見て話した。
「修さん、お願いよ、かおりちゃんを応援してあげてね」
「それは僕に出来る限り、力になるよ」
「でも、今は時間がないんです」
「ねえ、思い切って東京へ行っちゃいなさいよ」
「だって家の事とか、弟もいるでしょ、無理よ」
「大丈夫よ、いざとなったら私が面倒をみるし叔父も頼れるから、周りにも親戚はいるでしょ、何とかなるわよ」
「でも・・」
かおりは迷った瞳で寺井の顔を見た。
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武蔵野物語 43

2008-07-06 16:46:46 | 武蔵野物語
そんな仕事に追われるある日、ゆりこは田口から、府中市郷土の森博物館に、あじさいを見に行かないかと誘われた時、誠二の事を思いだした。誠二と偶然再会したのは府中の森公園だったが、いまはどうしているのか、暫く会うのを避けているが、その気持ちは誠二にも伝わり、お互い連絡を取らない様にしていた。
仕事を離れた休日の田口は、さりげない気の使い方をして、わるい感じはしなかった。決して単純でずぼらな性格ではなく、育ちのよさが伝わってくる。誠二の繊細さに比べ、ストレートな優しさも分かりやすい。
「ゆりこさんは、やはりいい方ですね」
「どうして?」
「仕事の時とは、顔つきからして違いますよ」
「戦っているのかしらね」
「そうですよ、休日のあなたはもっと素敵ですよ」
「田口さんも単純明快なだけの方だと思っていたけれど、違うみたいね」
「そうですか、そう言って貰えると嬉しいけど、でも簡単な人間ですから」
「簡単なの?」
ゆりこは思わず笑い出してしまった。
終わりかけているあじさいを見て、昔の建物が復元されている並木道を一緒に歩いていると、大正か昭和初期の時代に戻り、独身男性の後姿についていく充実感で満ち足りてくる。
こういう人と前から会っていれば、幸せは近くに来たのだろうか。迷うことなく寄りかかっていける安心感がある。
「沢田さんは確か聖蹟桜ヶ丘に住んでいるんですね」
「ええ、そう、田口さんはどちらに」
「僕は武蔵境なんです」
「あら、近いのね」
「都心よりも、このくらいの距離が合っているんです」
「私も、もうすっかり郊外型人間になってしまって」
「それで丁度いいんじゃないですか、仕事が忙しすぎるから」
「確かに今が一番忙しいわね、でも田口さんはとても頑張っているし、あんなに営業ができるなんて、たいしたものよ」
「あなたに頼りっきりですよ」
「私もよ」
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