毎週小説

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武蔵野物語 32

2008-04-19 18:36:39 | 武蔵野物語
「この滝沢というひと、知っているの?」
誠二は会った早々、いきなり聞いてきた。
「実はね、いまいる営業所の所長さんなのよ」
「所長、まえからの知り合い」
「いいえ、偶然よ、以前はA学校で営業をしていたそうなので驚いているの」
「敦子が何の勉強か知らないけど、A学校に通っていて、その関係で書類を送ってきたりしたのだろうけど、変なつながりがあったんだな」
「この際、奥さんに確かめてみたら?」
「そうだな・・病院に来た位だから、お互いよく知っているってことなのだろう」
誠二は面白くなさそうな顔をして、考えている風だった。
「あ、そうそう、ところでね、 椿 のお店に来ていた男性だけど」
「よく迎えに来るひとのことね」
「うん、少し分かってきてね、黒木って名前で、不動産業を営んでいるんだ」
「不動産会社の社長なの」
「個人で商売をやっているそうだよ、アルバイトの子に聞いたんだけど、あのお店を紹介したのがきっかけでよく来るんだけど、お酒は殆ど飲めないので、送り迎えをしているらしい」
「それで気を引いているのかしら」
「そうだろうね」
「じゃあ、まだあまり深い関係ではないかも知れないわね」
ゆりこは、父に関してはどうなってもいいと思っているが、うまくいけばそれに越したことはないので、まだ脈がありそうな気配に安堵感を持った。

誠二は敦子の隠された一面を覗いた気がして、思い過ごしなのだろうと払拭しようとしたが、心に引っ掛かるものは次第に膨らんできた。
本人に聞いても答えてくれないだろうから、滝沢に直接会う方が近道だと決めて、ゆりこに間を取って貰う様依頼した。
ゆりこは、知人が貿易関係の商業英語を習いたがっているので、どこか知っている所を紹介してくれないか、との口実で滝沢に話し掛けた。
「何ヶ所か紹介できますよ、いつでも」
すぐに乗ってきた。

武蔵野物語 31

2008-04-13 16:18:07 | 武蔵野物語
今年の桜は、咲き始めてから肌寒い日が続いた関係で、2週に渡り観れるという幸運に恵まれ、つかの間の春欄間を体感できたが、ゆりこにとっては滝沢所長の存在が、自分達の生活圏に入ってきそうな気配に困惑を覚えていた。
ゆりこは会社の総務に同期の友人がいたので、所長の履歴書のコピーを秘密裡に送って貰い、休日に聖ヶ丘橋近くのベンチに腰掛け、履歴を調べ始めた。
現在の会社には5年在籍しているが、それ以前は10年間、専門学校を経営する中堅の会社で営業部長をしていた。都内に何ヶ所もある学校を巡回しながらの営業活動らしいが、確か誠二の奥さんが母親と住んでいた、と話していたのを思い出した中野にも支店がある。
資格を取り、習い事に精を出していた彼女が、滝沢と接点を持った可能性は出てきた訳だ。
ゆりこは誠二にメールを送り、滝沢の名が入った奥さん宛の郵便物や書類があるか、それから通っていた学校や教室の名前も調べて欲しいと打っておいた。

翌日の午後、誠二からの返事がきたが、古い書類を纏めてしまってあるダンボールを全部開けてみたところ、A学校・滝沢道也の名前が入った封筒がみつかった。中は空で、これだけだったそうである。
5年前は、滝沢がいまの会社に転職したり、また彼女が長期入院を始めた頃だから、意味深いと感じた。
少し経つともう一度メールが届き、今そちらに向かっているので、桜ヶ丘公園のいつもの場所で待っていて、後30分位で着くから、といってきた。返事を打ちながら電車に乗ったのか、最初から来るつもりだったのだ。
ゆりこは誠二と最初に会った近くのベンチに座り、子供連れの一家やお年寄りがマットを広げて寛いだり、花木を楽しそうに観察しながら散策しているのを、小高くなっているこの場所から、パノラマを眺める様に左から右に視線を移していくと聖ヶ丘橋が見える、ここが自分の本当の居場所にいつも思えた。