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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 72

2014-12-07 19:04:12 | 武蔵野物語
「自宅のこと?」
「あの椿の女将さんがらみなんですけど」
「何か頼まれたの」
「いま結構大変らしくて、父に共同経営しないかって持ちかけてたらしいの」
「借金問題か」
「まあそうね・・それで父は自宅を抵当に銀行からお金を借りたんですって」
「もう渡したの?」
「まだだって、迷ってるみたい」
「それはもう止めさせなければね」
「私の言うことなんか聞かないのよ」
「今度偶然会うようにして、椿に行ってみない?」
「でも行っても無駄じゃないの」
「いや、行くべきだよ」
珍しく誠二が強い口調になってきたので、ゆりこは従うことにした。

その話をして1週間が過ぎた頃、ゆりこ宛に知らない人物からの封筒が届いた。
内容は、あなたの父親の事でお会いしたいと書いてあった。
ゆりこは母の連れ子で、いまの父は実の親ではないが、どちらの話なのだろうか。
裏返してみると、根元正光と記している。まったく知らない名前だ。
いたずらかもしれないが気になるので、しまっておくことにした。
それから1週間が過ぎて、また同じ内容の封筒が届けられた。
ゆりこはいったん迷ったが、返事を出そうと思った。
文章は控えめながら、強い意志が感じられたからである。

2週間後の土曜日、ゆりこは根元と椿で会う約束の手紙を出しておいた。
あの店なら父と鉢合わせしても、仕事関係だといえば済む。
誠二と一緒に会いたくはなかった。
当日の昼下がり、久しぶりに大國魂神社にお参りした。
1900年の歴史があり、武蔵国の守り神だった面影が巨大な欅を見てもよくわかる。
ここの並木道はいつも故郷の落ち着きを与えてくれる気がして好きだ。
夕方まで何の予定もなく、誠二に会いたくなったが我慢した。

18時30分の約束時間丁度に着くと、客は1人で、一見50才位の男がゆりこに視線を向けていた。
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東京の人 72

2014-12-03 09:05:42 | 残雪
「常連さんでね、新潟のひとなんだけど、いろいろ詳しいのよ」
かおりはこの頃夢を見るようになっていた。それも同じ夢で、自分の知らない人が会いに来る、向こうは知っていて親しげにしているが、全く覚えのないひとばかりが来る。これが何日か続くと、さすがに精神が病んでいるのではと不安になってきた。
健康診断も随分やってないから、いい機会だと近くの病院に予約を入れておいた。
土曜日の午前中に全部済ませ、これから何をしようか迷っていると、寺井からのメールが届いた。
一緒に行って貰いたい所があるから近くに居てくれといっている。
市川の茶店で待つことにした。今時珍しい落ち着いた西洋風の家の様な店だった。
「健康診断どうだった?」
「結果待ちだけど、内科は問題ないみたいよ」
「疲れが出ているんだよ、今度旅行にいこうか」
「旅行ってどこに行くの?」
「長野だけど」
「知り合いでもいるの?」
「以前親戚が新潟の妙高高原にいてね、善光寺にも連れてってくれたけど、また行ってみたくなったんだ」
かおりはあまり気乗りがしなかったが、故郷と違って気楽だからいいと思い直した。

善光寺は都心から行きやすいので訪れるひとも多いが、参道の店は蔵を改装した
レストランができていたり、様変わりも見せている。
かおりは故郷の温泉地にいたころは、ほとんど外出したことがなく、旅行に行った記憶はなかった。
寺井と2人で歩いてみると、中途半端な気持ちが増すばかりで憂鬱になってきた。
お参りを済ませ野菜専門のレストランで昼食を取ると、もう帰りたい気持ちが強くなり、寺井の話を聞き流していると、母の言葉が浮かんできた。
「お世話になっているひとを大事に、うまくつき合いなさい」
父の顔を知らないかおりは、いつも母が違う男に気を使って生きてきたのを、あたりまえにみて育った。
「これからどうするの」
「直江津までいってみないか?」
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