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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

武蔵野物語 10

2007-10-22 20:48:30 | 武蔵野物語
ゆりこは、誠二から絵を貰ったお礼としてコスモスを撮りに昭和記念公園を訪れた。
何ヶ所かあって全部見て回るのは結構大変だが、やはり北側のコスモスの丘が、名前の通り丘一面に咲き揃い見応えがある。なだらかに下って見える場所が一番気に入って、そこだけで20枚以上撮った。
井坂と会う様になって、以前の夢は全く見なくなっている。義理とはいえ父の夢を見るというのは普通ではない。それから逃れる為に余計井坂に傾倒していきたい気持ちが強くなっているのだろうが、それならそれで構わない、と今は思っている。
井坂の生活の中に割り込んでいくとこの先どうなっていくのか、複雑な関係の主役になって周りから冷たい視線を浴び、嵐に耐えていく覚悟は、そこまでは出来ていない。でも彼もまたゆりこに強い想いを持っている、それは間違いない。
コスモスの咲き揃っている中の細い道を家族連れが楽しそうに歩いている。自分もああいう生活がいつ頃くるのだろうかと、ゆりこは憂いを含んだ目で追っていた。

同じ日、井坂は妻の敦子が最初に入院していた病院を訪ね、そこで一番長く勤めている看護士に会っていた。妻の症状をできるだけ知りたい、と今入院している病院からの紹介状を持参したので快く応じてくれた。
聞いた話を基に調べていくと、敦子の実家があった豊島区椎名町から池袋に近い病院の精神科に、15才の時初めて通ったのが分かったのである。
ゆりこに後押しをされ、調査に積極的になってきたが、やはり昔から病気の兆候があったのだ。
井坂は早速ゆりこに連絡を取り、翌日会う約束をした。

ゆりこは自宅に近い側での人目を避ける為、桜ヶ丘公園でも聖跡記念館のある前で待ち合わせる様にした。
記念館辺りは大きな雑木林に囲まれ遠景は殆ど見えない。
ゆりこが鬱蒼とした中を急ぎ足で歩いて行くと、井坂が熱い眼差しで待っていた。



 
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武蔵野物語 9

2007-10-13 16:34:02 | 武蔵野物語
少し頼りない井坂に却って親近感を覚えたゆりこは、彼の妻敦子の過去を調べてみたい好奇心に駆られた。現在三鷹のK大学病院に入院中だから、そこの医者や看護士とコンタクトを取ればきっかけがつかめるだろう。
「ねえ誠二さん、今度病院に行ったら、治療の事を詳しく聞いて貰えない?」
「うん、そうだね、でもどうやって聞き出せばいいかな」
「私が一緒に行く?親戚として」
「来てくれるの」
「調査に行くだけよ、あなたがお見舞いをしている間に」
「それじゃあ、お願いしようかな」
「いまの病院にずっと入院していたの?」
「いや、3回変ったんだ、いまの所はまだ1年経ってないんだ」
「そう、それじゃあ、いつから治療を始めたのか調べるのに少し時間が掛かりそうね」

誠二はゆりこの行動に新鮮な驚きを感じていた。健康で美しい、28才といっていたがずっと若く見える。妻とは結婚当初から夫婦としての関係は希薄だった。文学や絵画の話では共通の話題になるが、男女の仲という意味では極めて消極的な彼女に、気持ちが昂ぶることは殆どなかった。
いま目の前にいるゆりこは、亜麻色に近い自然なウエーブの掛かった髪が、金木犀の香りを運ぶ風にのって豊かになびき、形の整った胸と引き締まった腰つき、軽快な歩きをみせる自然に伸びた足元まで、誠二にとっては魅力の宝庫に思えた。

土曜なのでゆりこは誠二ともっと話したかったが、父の夕食を作る約束をしていたので帰路についた。
「きょうは嬉しそうだね、何かいい事があったの?」
父は夕食を食べながらゆりこを見つめている。
「何もありませんよ、いつもの休日です」
「そう、華やいでるけどね、いい人ができたらすぐに会わせてよ、いつ連れてきてもいいから」
「いませんよ、そんなひと」
「もうそれだけが楽しみだから」
紹介できる人ではない、と心で話した。



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武蔵野物語 8

2007-10-09 18:50:21 | 武蔵野物語
10月の中で、金木犀が一斉に咲き出した。この香りを嗅ぐと何故か人恋しくなる。
ゆりこと井坂は武蔵小金井からバスに乗り小金井公園に向かった。
桜の名所でもあり、時代を経た立派な古木が見られる。二人共桜の時期に来たことがないのが不思議だった。まだ紅葉まで時間があるので空いている。広い雑木林はコナラ、クヌギ、赤松等で構成され、武蔵野の面影を留める努力が成されている。
「井坂さん、奥さんは5年も入院しているんですよね」
「入退院を繰り返していたのですが、ここ3年は入院したままです」
「時間の掛かる病気なのですか」
「精神的なものでして、最初は軽いうつ病位にしか思っていなかったのですが、だんだんと周りの人や私も避ける様になり、一人で部屋に閉じこもったままで、会社から帰ってきても食事の用意はしてなく、洗濯物も溜まる一方でした」
「原因は思い当たらないのですか」
「私には全く分からないので、向こうの両親に相談しにいったのですが、あちらでもどうしてこうなったのか、と戸惑っていました・・ただ」
「何か分かったのですか」
「はっきりとではないんですが、小さい頃から一人で本を読んでいる内気な子だったと話していました」
「奥さんとは会社で知り合ったのですか」
「いえ、友人の紹介で、見合いのようなものでした」
「やはりおとなしい感じで」
「ええ、そういうところが可愛くみえたものですから」
ゆりこは、奥さんの両親は井坂に本当の事を話したのだろうかと考えた。
井坂とはまだ数回会っただけだが、彼はひとの話をそのまま鵜呑みにする子供の様なところがある。
「ご両親から、奥さんの独身時代に通院していた話などはありませんでしたか」
「特に聞いてないけど」
「井坂さん」
「誠二で結構です」
「じゃあ誠二さん、一度奥さんの昔の生活ぶりを調べてみたら」
「僕一人で?」

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武蔵野物語 7

2007-10-02 20:23:04 | 武蔵野物語
井坂の絵は、額縁をつけ丁重に梱包されて送られてきた。
父が受け取り、勝手に開けて見ている。
「インターネットで買ったの?」
「違いますよ、知り合いの方から譲って貰ったのです」
「そう・・静かな絵だね、6号かな」
「お父さんも絵に興味があったのですか」
「いやまあ、普通に好きってところかな」
「どう想います」
「諦めた美しさ、かな」
「そうなんですか」
「去り行く想い出、という題なんかどう?」
詮索されるのを恐れ、自分の部屋に飾りますからと言って引きこもった。
部屋でゆっくり眺めて見ると、確かに冷たい風が吹きぬけていくかの様な寂寥感があり、悲しい想い出が込められているのかも知れない。
悲しくも美しい作品、と感想を述べればいいのかしら、と今度井坂に会った時を考えていると、通じたのかメールが届いた。


ゆりこさん、丁度絵が届いた頃だとおもいますが、あなたの部屋に合ったでしょうか? 誠二

無事届きました、気に入っているのですが、じっと見ているとどこか悲しげな気配が漂ってきます、どういう気持ちが込められているのかと考えたりします。 ゆりこ

そう受け取られて結構です、ゆりこさんには何でも聞いて貰いたいのですが、まだ会ったばかりで私生活をあまり明かすのもどうかと思い遠慮していました。
少しづつ話していければよいのですが・・ 誠二

話したいと思った時にいつでも連絡して下さい、井坂さんのこと、もっと知りたくなってきました。 ゆりこ

ゆりこは返信を送った後で、気持ちを出しすぎてしまったと思ったが、これでよいのだ、と納得する事にした。
記録的な9月の暑さも、10月に入りようやく秋の気配が濃くなってきたひじり坂を、いつもの休日の様に公園を左に見ながら図書館に向かっていたが、今日も彼が後ろ向きで絵を描いているのでは、と姿を追い求めた。
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