毎週小説

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武蔵野物語 13

2007-11-24 20:08:23 | 武蔵野物語
ピラカンサの実も随分と赤みが増してきた。
朝はもう真冬の寒さだが、昼間は散策に適した温度になり、紅葉の違いを観察しながら歩いていると、すぐ夕方になってしまう今の週末である。
聖ヶ丘橋に立ち、子供連れの家族が寛いでいる桜ヶ丘公園を見下ろしていると、自分にはいつこういう時代がくるのだろう、とゆりこは遠い気持ちで眺めていた。
父はこの頃夜遅くなる事が多くなった。残業はあまりない筈なので、帰りにどこか寄ってくるのだが、まだ何も話してはくれない。ゆりこが朝帰りをした後位からそうなったので、きっといい相手ができたと思って安心しているのだろう。
いつもの土曜日、お昼の用意をしていると、父はだるそうにテレビを見ている。
「お父さん、近頃ちょっと飲みすぎじゃないですか、そんなに強くないんですから」
「うん・・まあ、そうだね」
「なにか楽しいことでもあったのかしら?」
「ゆりこ程じゃないよ」
「な、なに言ってるんですか、私はいつも通りですよ」
「そうかい、まあいいじゃないか、何でも話してくれよ、いつでも聞くからさ」
「その節はよろしくお願いします、あら、このマッチ」
ゆりこは、父の手元に置いてあるマッチに気が付いた。小料理 椿 と入っている。
「お父さん、ここによく通ってるのね、足繁く」
「そんなでもないけど、最初は会社の後輩に連れていかれたんだよ」
「遠慮することないんですよ、お父さんがずっと私に気を使っているのを感じていましたから」
「そんなんじゃないよ」
「誰かと一緒に行くの、それともお店のひと?」
「いや、別に」
父の顔色は分かりやすく、ゆりこは良かった、と少し気分が楽になってきた。
もっと詳しく聞きたかったが、話してくれそうもないので、椿 の住所と電話番号を暗記しておいた。府中駅から近いらしい。いつか誠二と行ってみようと思っていた。



武蔵野物語 12

2007-11-05 21:14:33 | 武蔵野物語
近頃の季候は、10月まで夏日の気温が残ることも多く、その分紅葉の見頃が短くなっている。少しづつ変化していくからこそ四季の微妙な変化が潤いを与えている、とゆりこは思っているのだが、そういう意味では味気ない時代になってきたのだろうか。最も誠二とあの夜を過ごした時から、燃える秋になってきたとの実感がある。明け方家に戻り、すぐ出勤したが、父は見てみぬ振りをしているのか何も言わなかった。
二人の関係が深まるにつれ、お互いの自宅近くで会うのは慎重にならざるを得なくなっている。
そうした折、敦子が一旦退院する事になった。
彼女の父は亡くなっているが、母は中野に住んでおり、本人の希望で母と二人の生活になる。誠二に今の姿を見せたくないらしい。
誠二は電話をして、了解を得てから会いに行くのだが、30分も居ると話がなくなり、早々に退散するのである。病院見舞いに行くのと変らない。
帰りに立川でゆりこと会うのが日課になっていた。
「奥さんはあまり会いたがらないの?」
「そうみたいだ、僕だけでなく、他の人達にもね」
「でも誠二さんは、旦那さんでしょ」
「彼女はそういう気持ちも少ないんだよ」
「夫婦じゃないわね」
「同居生活だったんだ」
「父親は大分前に亡くなっているの?」
「確か結婚する数年前の筈だから、もう10年にはなってるね」
「若い頃に亡くなってるのね」
「そうだね」
「病気だったの?」
「いや、聞いてない、何も話はなかったな」
「喋りたくないのかしら」
「そう言えば、家族の話題は何となく避けているところはあったよ」
「父親と、親戚関係も知っておく必要があるかもね」
誠二は相手の家庭を殆ど知らなかったが、別に知りたいとも思わなかった。
それは、彼が中学校3年の時、両親を交通事故で失っている影響で、よその家庭を避けようとする意識があったのかも知れない。

武蔵野物語 11

2007-11-04 14:25:27 | 武蔵野物語
「やはり昔から病気の症状が表れていたのですね」
「そうでした、ゆりこさんが疑問を持たれた通りで、もっと早く気づいて調べればよかったのに、迂闊でした」
「でもそれは、誠二さんが奥さんのことを想っていたからでしょう」
「それは、そうですが」
「いまからでも遅くはないですから、一緒に調べて行きましょう」
「僕と一緒に?」
誠二は少し驚いて、改めてゆりこの顔を見直した。
「一緒じゃ嫌ですか?」
「とんでもない」
誠二は思わずゆりこの手を強く握り締めた。
人気のない、秋風が雑木林を揺する音だけの中で、二人の気持ちは高まり、自然と求め合い、熱い口づけを交わしていた。
誠二にとっては、初めて女性に接した時の気持ちそのものだった。妻とは最初から淡白な関係の上に長い入院生活で、女性を感じさせる時間が殆どなかったが、目の前のゆりこは、溢れ出る様な瑞々しい美しさで、傍にいるだけで甘い果実の香りがする、いま恋を確信していた。
一方ゆりこは、かつてこれほど積極的に男性を受け入れようとした事はなかった。恋愛の経験も普通にあったが、深くのめり込める相手は見つからず、やはり父から離れたい気持ちが働いているのだろうか、誠二に抱擁されながらも、その考えが片隅にあり離れなかった。
誠二はゆりこを自分の家に連れていく気にはなれず、立川駅近くにあるPホテルのレストランで夕食を摂り、その後二階のバーに飲みにいった。
「ゆりこさん、結構飲めるんですね」
「普段は飲まないんですけど、今日は特別よ」
いままでのゆりこと全く違う面を誠二は感じ、これから後のことを想像せずにはいられなかった。
日曜なので空いており、ツインルームを一部屋予約しておいた。
ゆりこは酔いを早める様な飲み方で、1時間もすると一人では立ち上がれなくなり、誠二にもたれ掛かり、長い髪が誠二の首に纏わりついた。