丸の内のオフィスに電話が鳴った。
「片岡さんからお電話です。」と交換の声。
(はて片岡さんて誰だろう?)
電話に出ると「片岡です。気まぐれ飛行船の・・」
(ああ!) ようやく状況が飲み込めた。
70年代FM東京のラジオ「気まぐれ飛行船」は、深夜1時から3時までの二時間番組、
独身時代に良く聞いたものだ。
作家の片岡義男さんとジャズボーカリストの安田南さんの二人がホスト、ホステスを担当していた頃はほとんど聞いていた。
片岡さんがハワイ音楽のレコードを番組でちょくちょくかけていたので「ハワイがお好きなんだなあ」と認識していた。
当時日本で初めてとなるスラックキーギターを中心としたLPレコーディングに参加していた私は、その片岡さんに手紙を書いた。
「ギャビィパヒヌイに傾倒している4人がこんなレコーディングを行っています」と。
スラックキーメドレーの一曲か二曲をダビングしたカセットテープをFM東京の片岡さん宛送ったのだ。
電話は「聴きましたよ!レナード・クワンですね!」というわずかな一言であった。
(日本でこういうことをやっている人間がいるのか)
と言うちょっぴり興奮を感じられるような片岡さんの低い声が今でも忘れられない。
この幸せな気分を誰かに分けてあげたいような一日だった。
完成したLPを持ってメンバー4人がFM東京のスタジオにお邪魔したのは一年後のこと。
バイクに乗って何枚かのハワイアン・ミュージックのLPを抱えてやって来た片岡さんと細面の安田南さんに初めてお会いした。
スタジオに入ったお二人と我々のメンバー二人で始まった収録は、ハワイとハワイ音楽にとりとめもなく終始して「ハワイ音楽特集」になった。
テーマソングに始まりテーマソングで終わる「気まぐれ飛行船」のエンディング、
明け方の三時前に安田南さんの色っぽい声で
『眠れ!悪い子達よ』
これを聞かないと安心して眠れなかった男性諸氏が多かったのではないだろうか。
お会いすると間違いなくラジオから流れるあの声の持ち主であり、「声にお色気のある方だなあ」との印象を受けた。
最近になってはじめて彼女の歌う「ジャズ」を聴いた。
心に残る素晴らしい作品を残している。
そして西岡恭蔵の「プカプカ」の実在のモデルだったこともわかった。
そんな彼女の音信が定かでないと言うファンの投稿に、また時間の流れと寂寥を感じてしまう。
当時のラジオ放送をリアルタイムで聴いていた高校生が志茂ギターズの志茂さんだった。
「豊島区のSさんからの手紙で・・」という片岡さんが私からの手紙を読む件をリアルタイムで聴いていたそうだ。
「僕はお会いする前から(私のことを)知っていました。」
高校生は大学を卒業しアメリカに行き、ギタービルダーになって、我々の音楽活動を通じて目の前に登場することになる。
まさかあのラジオ放送をリアルタイムで聴いていたその人が、ハワイ音楽を通じてお会いすることになったとは、いや驚いた。
数年後に刊行された片岡さんの小説「波乗りの島」に
「東京からやってきた『ホームシック・アイランド・ボイズ』というバンド」
が登場する。
思い違いかもしれないが、
(こんな片岡さんとの出会いが小説のモティーフになったのかなあ)、
と、小説の登場人物をいちいち実在のギャビィ・パヒヌイや我々メンバーと対比してみたものだ。
片岡さんのソフトな語り口、音楽や世の中の事象についての明確な捉え方とインテリジェンシーは、聴いた人の心を捉えて離さない。
親しくさせていただいた年配のある方から「NHKの深夜ラジオ番組に音楽情報(音源)を提供している片岡義男さんとは一体どういう人か?」と問われたことがあった。
曰く「どんなジャンルでも一家言持っており、しかもそれがとても詳しい、一体どういう経歴の持ち主なんだ?」と。
従兄弟から送ってもらった「ビートルズ詩集」という角川文庫2冊が片岡さんの訳で、この透明感のある訳詞をどこかでまたとりあげたいと思う。
さて2014年の師走、忘年会で遭遇した志茂さん、Iさんと私。
帰り際、Iさんに志茂さんと「気まぐれ飛行船」との話をしたところ「僕もあの番組を聴いていました」という。
片岡さんの「波乗りの島」も愛読されたとのこと、巡り合わせというものは不思議なものだ。
ところで安田南さんの消息が不明のまま時は過ぎた。
北海道生まれの彼女が18歳で勝ち抜きジャズボーカルTV番組で優勝して米軍キャンプで歌ったりしたこと、
俳優座養成所から映画演劇界での活動歴があったこと、などを最近になって知った。
何よりジャズボーカリストとしての評価が高く熱狂的なファンがいることも認識した。
私にとっては、お会いする機会があったこと、一言二言お話しできただけで幸せだ。
嗚呼、「眠れ、悪い子たちよ!」
<2012.2.6.初稿記事>
安田南 in 気まぐれ飛行船 with 片岡義男[1/6]
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「気まぐれ飛行船」のブログ、読ませて頂きました。
おそらく、「波乗りの島」を読んだのが18か19歳の頃、
気まぐれ飛行船はそのもう少し後だったように記憶してます。
30年も前に初めて読んだストーリーの中に登場する、
「ホームシックアイランドボーイズ」に、
まさか現在のこのようなご縁を頂くとは思ってもみませんでした。
それにしても、安田南さん、
消息不明とのこと残念です。
当時の放送の音源を聴くと、片岡義男さんとのやりとりが、
何とも言えずプライベートな空間での大人のひそひそ話のような感じで、
僕が聴いていた局アナとのそれとは全く別ものですね。
リアルタイムで放送を聴かれ、またお会いされた夢の介先生を羨ましく思います。(笑)
パニオロたちの音楽が、
夜の風のなかにふっと聞こえる瞬間を言葉で説明するのは、とても難しい。
月光や風の香り、花の甘さなどに絶妙に溶けこんだその音楽は、
人がつくったものとは思えない。
ハワイの自然のなかに、太古の昔から生きつづけてきた生き物のようだ。
「波乗りの島」を読み返し、
当時この一節を読んだとき、
「ハワイの音楽とはどんなものだろう、
そんな音楽を聴いてみたい、」と思った記憶が蘇りました。
本当にマイクを挟んだお二人とゲストで
延々と深夜収録する光景を拝見しました。
明け方まで3時間以上かかった収録を編集して
2時間弱にしたのでしょうね。
安田南さんは
「眠れ、悪い子たちよ」そのままの
色っぽい方でした。
当時はシンガーとしての認識は薄かったのですが、
片岡さんが起用するくらいですから
相当な実力の持ち主であることは間違いありませんね。
残された数少ない音源を聴くと素晴らしい。
18歳でジャズシンガーとしてコンテスト優勝し、
ジョージ川口などジャズメンと活動した頃は
恋も歌も壮絶だったでしょうね。
詳しいことはわかりませんが、日本の本格シンガーの走りだったようですね。
ガンでもう亡くなったという記事もありましたが、
不確かでもあり敢えて書きませんでした。
片岡さんとは
パイナップルのTシャツをお送りしたときの
お礼のハガキが私の宝物になっています。
それにしてもIさんとのご縁は何か
神がかり的なものを感じてしまいますね。
車の中でかけているせいか
2歳の孫娘が「Still Crazy For You」
とジイジに向けて口ずさんだそうです。