八面山だより

八面山 神護寺からのお知らせ&日常

御中日

2017-03-21 07:41:25 | 日記
『あーあー。ひぃじい居たら大楽寺のオジイチャンとこに連れてってからー。ご飯食べに行くのにねー。この前ヒイジイーの食感したんよ。甘い香りで居るのわかった~。』

と昨日は母と妹の子供の初節句のお祝いを買いに出掛けた車中での会話です。


『食感でなく感触やろー?ヒイジイ食べんで〰』(笑)


昨日は御中日でヒイジイーの49日でもありました。

『ヒイジイーバイバイー。見守ってね~。と本堂で手をふりなさい』とパパに言われてたのですがー。

寂しいよね。


新たな命も産まれ喜ばしいけど…。ヒイジイー寂しいねえ。


といった感じですね。

ヒイジイーはこの初節句の曾孫には会えませんでしたが…。携帯からはビデオレターを亡くなる前の日に贈ったんですよ(笑)

本当に凄いですよね。

家の両親はとてもとても厳しくて『そんなに怒るなアキがかわいそうや。』とそばに居てくれた祖父。

祖父が居なかったチビッ子には甘甘だったヒイジイー。


先日チビッ子が『小さな子でも悲しいのは覚えてるよ。私はヒイーバアー亡くなったの覚えてるよ』と二歳の時の出来事を話して2才の再従兄弟を気遣ってるのをみて驚きました。


チビッ子は仏壇に手を合わせることがヒイジイーやヒイーバアーに逢える事だとわかってるようです。


最近は会ったことの無いヒイーバアーやヒイジイーの話を聞きたがるんです。


お供えをし祖先について話す事こそが先祖の供養(先祖を大切にすることにつながります。)


『お祖父ちゃんの御姉さんは貧乏で蝋燭を辛抱して夜に線香の明かりで勉強して学校の先生になったんだよ。』

など私が聞いた事を伝えて身近に感じて欲しいですからね。



皆さんは後2日の彼岸期間どう過ごされますか?

面白エピソードはしっかり覚えてるもんですよね。


どのご家庭にも面白エピソードありますよね。


うちは多いのかな?

それを伝えることも楽しいし大切ですよね。

お彼岸(あちらの世界)

2017-03-19 00:04:34 | 日記
歳上の方や知り合いがあちらの世界へ旅だった人が増えてきてる。

それが年をとると言うことですね。


寂しい。けどあちらに行ったときには寂しくないかなあ。などなど考えたり(笑) まだいけませんが…。

先日車に乗れなくなった信者サンの所へお彼岸の申し込みを頼まれていってきたのですがー。

『悩みがない人はお山には行かんよね。行けんくなったから来てくれて
、話を聞いてもらえてスーッとした。お寺にいきたいなあ。』

としみじみ。やはり子供さんも忙しいので頼めないとのことでした。

なるほどなあ。


明日はお数珠くりがあります。
心の中のたまったものを出してしまいましょ。


こちらのせかいはドロドロシテルケド。
ドロドロばかりじゃなく良いこともあるよ。

と此方で頑張って、あちらの世界のみんなに怒られないよう頑張らねば。

明日は11じからでーす。

皆さまおきをつけてー。


明日はボタモチを作ったり大忙しいー。


お山に来れなくなった方々への出張インゲだけでなく私も必要なんやなあ。話の聞き相手として。と課題が増えてます。


必要としてくれるのは嬉しいことです。感謝しかなくて(笑)

介護も対話からかなあ。

2017-03-16 22:59:21 | 日記
『介護』って。

いざ自分に降りかかる年になると…。嫌な響きなのだと。

まだまだ先と一応思ってます。


『子供を育てるときに手助けは当たり前』なんだけどなあ。

子供にはプライドが芽生えてないからかな?

してもらったことを御返しするんだけど。

年老いた親にたいして、どうしても『してやってる』と子供側もおもうから。

難しいのかなあ。

私もジイチャンに対して忙しくても私はしてあげてる。

と思い違いをしてた。

憎たらしい事を言われたらついつい…。


けどその何10倍も色々自分が覚えてる事だけでも沢山あるので知らないことも沢山あるんだろうなあ。

と亡くなった時に感謝しかなくて反省点が浮かんだ。


自分が子供の時のこととか様々。

けど忙しいとついつい忘れてしまう。
ついつい目の前の現状しか見えず。


その為にも小さいときから対話をすることが大切なのだと思います。

うちは対話をする家族です。いつもケンカしつつも居間に集う。

『対話をすることが家族の強み』

お寺は対話なくしては成り立ちません。

茶飲み友達のよさでもあります。

最近は昼間家に家族がおらんからデーサービスに行ってる人が多くて茶飲み友達がいない。

との声をよく聞きます。


護摩のあとなど残って話してお茶を飲んで帰られる方々。

皆楽しげですもんね。


家族意外との対話も大切ですよね。

主語と述語とをきちっと使っての会話(笑)

バカ話しの中の大切さ。


介護のはなしがよく出てきます。

『子供にはしてほしくねえーでー』
『施設にいくほうがマシじゃー』
『家におりてぇなあー』
『ご飯は、とりよんで。ジイサンと二人やけん家におれる一人になりゃ。どうなるかぇー。』
と皆さん子供には頼らんぞ!

と言う人が多い。

どのスタイルがいいかは?その人その人によって違いますよね。

でも一人では生きられません。

少しずつ頼る癖を練習してみてはどうでしょか?


今度の連休はお彼岸『何してる?墓参りどう?お寺にいってみらん?』と自分からお電話してみては?

さあー修行期間に思いきってみては?


私は線香たきながら、お父さんに会いたいなあ~。と此方の世界からあちらの世界に『皆さん仲良くしてますか?お供えなにがいい?』など考えながら手を合わせてます。

仏壇から向こうの世界への『対話』

自分の心とも対話してますか?

お葬式

2017-03-16 09:05:33 | 日記
神護寺は父の代では、檀家はとらない!

という方針で行ってました。

『お葬式が入るとお参りを休まないといけなくなるから。おまえの代では、やりたければやればいい!』と言われてましたが…。


私が住職の時には、お葬式を頼まれても亡き祖父に導師をしてもらいました。

そして今の住職の実家は檀家寺なので檀家サンをひきうけてお葬式をしてます。


私は信者寺なのでお葬式が苦手なのです。つい仲の良い信者さんだと泣いてしまうからー。

夫婦で僧侶なので得意な事をお互いできるのは良かったです。


まだまだ私は修行が足りません…。悩んでばかりー。

お葬式は亡くなった方の生きざまがみえます。

遺族の知らなかったことも。


『お葬式はお金がかかるからしない。』

とテレビや雑誌で騒がれてますが私はお金をかけなくてもできるんだから是非お葬式はしてください!

と言いたい!


生きてるときに得度をしてないから亡くなって得度をしたりと意味も沢山あります。

仏の世界への旅立ちを僧侶にお任せする。

生きてるときに、このお寺に頼みたい!

と自分で思えてる人は少ないです。

遺書を書いてる人も少ないです。


お葬式は謂わば遺族に託されてます。

私は今の住職になり、お葬式に関わるようになり。

お葬式は大切だ!と言うことを生きてる方々に気がついて欲しい。

伝えていかなければ。

今私達は夫婦だから寺のことでも反発してケンカしたりしなが協力してます。

死についてはタブーなこと。ではなく死の世界のお話もしていこう!

と思ってます。気長におまちください。

『早く話せーよー。』とのお声もお待ちしてますね(笑)

ほんとに不思議な世界が沢山ありますよね。