膵臓がんは5年生存率が10%を切る、死を覚悟しなければいけない病だ。しかし、膵臓がんを克服した人たちの証言を聞いていくと、ある共通点が見えてきた。運命の分かれ目は、どこにあったのか?
【写真】現役医師20人に聞いた「患者には出すけど、医者が飲まないクスリ」
2年ともたず死に至る
中日、阪神、楽天の3球団をリーグ優勝に導いた闘将・星野仙一監督(享年70)に膵臓がんが見つかったのは、'16年7月のことだった。急性膵炎の検査を受けている過程で、がんを患っていると発覚したのだ。
星野さんは抗がん剤治療を選択したが、1年半後の'18年1月に息を引き取っている。
生前は、盟友の田淵幸一さんにも「糖尿病が悪化したんだ」と語り、決してがんであることは明かさなかった。しかし、日に日に痩せ細っていく星野さんの様子は、見るに堪えなかったという。
11・20・2021
「膵臓がんは胃がんや肝臓がんと違い、患者に時間を与えてくれません。『沈黙の臓器』と言うように自覚症状の黄疸や急な体重減少は一部の人にしか出ませんし、痛みが出始めるのは、ステージIIIよりも進行した段階です」(西宮市明和病院・腫瘍内科部長の園田隆医師)
膵臓がんは発見された時点で、すでに手術ができない手遅れの段階まで進行していることがほとんどだ。手術ができなければ、寛解は見込めない。そのため、多くの患者が命を落としていく。
女優の八千草薫さん('19年没・享年88)は膵臓がんが見つかってから2年弱、俳優の夏八木勲さん('13年没・享年73)に至ってはわずか半年で亡くなっている。
だが、人数こそ少ないものの、膵臓がんと診断されながら、10年以上も生き延びている人たちも存在する。
その人たちは、膵臓がんが発見されてから、どうやって絶望の淵から生還したのか。そこに何か生死を分けるヒントはあるのか。本人と治療を担当した医師の証言を紹介していこう。
ステージIVの手術不可能な状態から生還したのは、兵庫県在住の水田賢一さん(72歳)だ。
今では「がんは誤診だったのでは」と会う人々から言われるという水田さんは、62歳の時に膵臓がんを患った。
「もとは兵庫県庁の職員を務めていたのですが、57歳の時に辞令を受け、川西市の副市長に就任しました。がんが見つかったのは、副市長になって5年が経過した頃です。
腫瘍マーカーに95という異常値が出たのです(通常値は0~37)。1ヵ月後に再度検査を受けたところ、今度は数値が130まで跳ね上がっていました。すぐにCTを撮ると、膵臓に直径21mmの腫瘍が見つかったのです」
腫瘍があったのは、脾臓に接する膵尾部という部分だった。医師から「こんなに小さい膵臓がんを見るのは初めてだ」と言われていたこともあり、水田さんは早期発見できてよかった、手術で助かるのだと感じていた。
2週間後に手術の予定を入れた時には、まったく心配していなかったという。だが、水田さんを待っていたのは残酷な知らせだった。
「いざ手術をする時になってメスが入ると、がんが膵臓だけでなく腹膜に転移していたとわかったのです。すでにあちこちに病巣が広がる『腹膜播種』という状態でした。
手術の際に転移が見つかれば、医師はそれ以上何もすることができません。そのまま手術は打ち切られました」 腹膜播種に陥ると、一度がん細胞を切除しても再発の可能性が高まり、治療は困難になる。実際に、余命は11ヵ月だった。
「手術さえ受ければ職場復帰も叶うものだと考えていたから、現実を受け止めきれず、ただただ混乱しました」
だが、知人に紹介された「従来とは違う治療法を実践する」という医師が、水田さんの運命を変えることになる。前出の園田隆医師だ。
水田さんはこれにより「延命ではなく根治を目指す」までに回復できたという。後編の「「膵臓がん」で余命宣告受けた、72歳の男性が「奇跡の回復」をとげた意外な治療法」でその詳細をお伝えする。
『週刊現代』2021年11月13・20日号より
最新心理学が暴いた「心」の真実!“信念”も“欲望”も“恐怖”も、脳が創るフィクションだった!
9/3(土) 7:02
>私たちの思考や行動は、過去の思考や行動という豊かな伝統に基づいている。
>何が人それぞれを特別な存在にしているのかといえば、その大部分は個々人の思考や経験が経てきた歴史である。
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誰もがこの上なく大切にし、その奥底には重大な謎が隠されていると思っている「心」。しかし、そんなことは単なる「幻想」で、「心」という確固たるものは存在しない――そんな驚きの研究が発表された。認知科学をリードする世界的研究者、ニック・チェイターの新刊『心はこうして創られる――「即興する脳」の心理学』から紹介しよう。
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本記事は、ニック・チェイター『心はこうして創られる』(高橋達二・長谷川珈 訳)より一部編集のうえ抜粋しています
心は「映画のセット」と同じ、ただの張りぼて?
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筆者は、心には表面しかない[マインド・イズ・フラット The Mind is Flat]と読者を説得したい。心の深みという、その発想そのものが幻想だ。
心に深さがあるのではなく、心は究極の即興[そっきょう]家なのだ。行動を生み出し、その行動を説明するための信念や欲望をも素晴らしく流暢[りゅうちょう]に創作してしまう。しかし、そうした瞬間ごとの創作は、薄っぺらで断片的で矛盾だらけ。映画のセットがカメラ越しには確固たる存在に見えても、じつは張りぼてなのと似ている。
即興する心。確固たる信念や欲望と切り離された心なんて、ただの混沌と化してしまうではないか、と言われるだろうか。その正反対だ、と筆者は主張する。
心の即興は、できるだけ思考や行動に一貫性をもたせること、
「役柄[キャラクター]に徹し」続けることをこそ任務としている。そうするためには、脳は絶えず努力していなければならない。
つまり、以前の思考や言動とできるだけ食い違わないように、いまの瞬間に考えたり行動したりしているのだ。あたかも裁判官が、膨大に増え続ける判例集を参照したり再解釈したりしながら、新たな訴訟事件を裁くようなものである。
したがって心の秘密は、その隠された深みにあるのではない。過去という主題曲[テーマ]のもとで現在という即興曲を奏でる驚くべき創作能力にこそ秘密がある。
教科書は間違っていた!
これから、私たちが自分の心について知っていると思っていたことのほぼすべてが誤りであったことを見ていく。それは心理学の教科書とは違う話だ。 教科書ではこうなっている──みんなの直観的理解は大筋では正しいのであって、ただちょっと修正や調整や肉づけをする必要があるだけだ、と。
だが、そうした修正や調整はうまくいったためしがないように思われる。通念上の心と、実験を通じて発見された心は、どうにもこうにも一致しないのだ。
心についての世間一般のストーリーは、ちょっとだけ直せばよいのではない。廃棄すべきなのである。
チェスも数学も芸術も、すべて知覚の延長にすぎない
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知覚(とくに視知覚)を例として筆者の主張を示していく。知覚というのは鮮明で具体的な例となってくれるし、心理学と神経科学のなかで飛び抜けて理解の進んでいる領域だ。もっとも明瞭な証拠があり、説明の簡単な領域に焦点を合わせるのは理にかなっている。
しかし、知覚に焦点を合わせるのにはもう一つの理由がある。すなわち、思考のすべては、チェスであろうと、抽象数学の推論であろうと、芸術や文芸の創造であろうと、じつは知覚の延長にすぎないからだ。
思考のサイクルのしくみを本書では見ていき、このストーリーを支える重要な証拠を挙げていく。私たちは信念とか動機とか性格とかが確固たる存在であるかのように語りがちだけれども、綿密に分析してみれば、それはとうていありえないとわかる。
それとは対照的に、人間のもつ奇妙な癖や、言動がころころ変わること、思いつきに左右されていることは、脳が比類なき即興家であることを理解すれば、むしろ納得のいくこととなる。その瞬間ごとに意味を見つけ出し、その瞬間ごとにもっとも意味をなす行動を選択する──脳がそれを自発的に行うエンジンであることに由来しているのだ。
私たちは自分自身が創り出すキャラクターである
そのさい私たちの思考や行動は、過去の思考や行動という豊かな伝統に基づいている。今という瞬間の課題に取り組むため、脳は過去を利用し、再加工しているのだ。
それだけでなく、今日の思考が昨日の前例を踏まえるのと同じように、今日の思考は明日のための前例となっていく。そうして私たちの行動や言葉や生活は一貫した形を保っている。
したがって、何が人それぞれを特別な存在にしているのかといえば、その大部分は個々人の思考や経験が経てきた歴史である。言い換えれば、人は誰もが、つねに創造のさなかにある唯一無二の伝統なのだ。
本書の展開とともに読者は目にするだろう──きわめて現実的な意味で、私たちは自分自身が創り出すキャラクターなのであって、内なる無意識の流れに弄ばれる存在なんかではないことを。
そしてまた、新たな知覚や運動や思考はいずれも過去の知覚や運動や思考という各人独自の心の伝統の上に築かれるとはいえ、私たちは素晴らしく自由にかつ創造的に、古い思考から新たな思考を築きうることを。
たしかに、現在の思考は過去の思考パターンをなぞり続けることもある。だがそれは必然ではない。人間の知性には、古い思考から新しい思考を創り出す素晴らしい力があるのだ。
そういった自由と創造性は、天才と呼ばれる稀な素質や、天啓の訪れを要するのではない。脳の基本的なしくみ、すなわちいかにして知覚し、夢を見、会話しているのかということの根本そのものなのである。