「線虫がん検査つぶし」であらわになった、PET検診の不都合な真実
「線虫がん検査つぶし」であらわになった、PET検診の不都合な真実(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース
「線虫がん検査つぶし」であらわになった、PET検診の不都合な真実
11/7(火) 11:02配信
>実は筆者は最近、公的ながん専門病院が、(線虫検査の性能を)H社と共同で1500人以上の様々ながん種の患者の尿検体を用いる大規模臨床研究を行った結果、20種類以上のがんについて、病理学的に早期ステージの段階でも60~90%の高い感度を示したとする情報を得た(当該病院の協力を得て、現在H社が論文を投稿中)。早ければ来年年明けにも公開されるという。
ダイヤモンド・オンライン
PET検診の関係者による「線虫がん検査」への疑念の拡散は、正当なのか(写真はイメージです) Photo:PIXTA
● 「線虫がん検査」への疑惑報道に追随、 PET検診関係者に覚える違和感
異様な事件が起きている。始まりは9月11日。会員制のニュースサイト「NewsPicks」(以下NP)」が、「【スクープ】世界初「線虫がん検査」、衝撃の実態」と題する記事を掲載し、以降15日まで6回に渡り、大特集を展開したのである。
その記事はボリュームの多さと、6月に福岡大学で開催された「第31回日本がん検診・診断学会(会長:長町茂樹 福岡大学病院放射線部第二・教授)」の「主題2 放射線 PET検診と線虫検査」の発表に基づく内容だったことから”信ぴょう性が高い“と注目を集め、特に「線虫検査の精度は広告の内容よりもかなり低いのでは」と兼ねてより疑念を抱いていた医療関係者らを中心に拡散された。
中でも衝撃的だったのは、線虫検査の本当の感度は「13%」とするPET検診界の重鎮(日本核医学会PET 核医学分科会 PET がん検診ワーキンググループ、以下PET検診WG)陣之内正史医師による試算だったのだが、これが何とも不可解なものだった。
というのも、PET検診にかかわる医師やがん専門医の共通認識として、「PET単独では、早期発見できるがんは多くない」という事実がある。
前出の陣之内医師のワーキンググループが作成した「FDG-PET がん検診ガイドライン 2019」FDG-PETがん検診ガイドライン2019版.pdf (jsnm.org)でも、併用検査に関する詳細は各検査についての文献や指針を参考にすることとして最初に「PET は一度に多くの種類のがんを発見でき、一般にがんの早期発見に少なくともある程度は役立つと期待されるが、他方 PET がほとんど役に立たない種類のがんもあるため、がん検診に PET を用いる場合は他の検査を併用する『総合がん検診』が望ましい」と書いてある。
再発巣・転移巣(再発または他から転移)したがんや、がんのステージ(病期)を調べる目的では非常に役に立つが、早期発見を目的とする検診には向いていないのである。国としても、「PET検診によって、がんがどれくらいの精度で発見され、がんで亡くなる人がどれくらい減少するのかなどは、まだ十分なデータがなく、国が推奨するがん検診ではありません」と明言している。
しかも、PETがあまり役に立たないがんは、ごく初期の原発がん(がんの始まり)、胃がん、食道がん、早期の子宮頸がん、スキルスがん(胃がん、一部の大腸がんと乳がんと肺がん)、腎臓、尿管、尿道、膀胱のがん(腎がん、膀胱がん、尿管がん、前立腺がん)、原発性肝がん(肝細胞がん・胆道がん)、脳や心臓のがん(脳腫瘍、悪性心臓腫瘍)、血液のがん(白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫)、5㎜以下のがんなどなど多岐にわたる。がん種ごとの患者数を単純に計算すると全体の80%以上にも及ぶのだ(※)
。(※)がん情報サービス『最新がん統計』の2019年に新たに診断されたがんのデータから筆者が算定(5㎜以下のがんということで計算すると、PETで見つけられない割合はさらに増える)
胃がんや前立腺がんなど、患者数で上位を占めるがんの多くが、PET単独では早期発見できないからだ。(ただし、乳がんについては、近年開発された専用の「乳房PET検査」なら早期発見は可能)
ところがだ。「感度13%」の根拠となる検証を担当した福岡和白PET画像診断クリニックは“PET(PET-CT)単独検診”クリニックで、他の検査を併用する「総合がん検診」は実施していない。検証にあたった田代城主医師もクリニックのHPで「少なくとも何かしらの症状、違和感など気になることがある方はN-NOSE検査の低リスクや中リスクという場合でも決して安心せず、まずはかかりつけ医や症状に該当する診療科の医師へ相談・受診されることを強くお勧めします(PET-CT受診では無く)」と太字で言及している。がんを早期発見したいならPET-CT以外を受診すべしと言っているのである。
線虫検査は胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がん、すい臓がん、肝臓がん、前立腺がん、食道がん、卵巣がん、胆管がん、胆のうがん、膀胱がん、腎臓がん、口腔・咽頭がんの15種類に反応するとしている。一方PETは胃がん、食道がん、早期の子宮頸がん、前立腺がん、膀胱がん、腎臓がん、胆道がん(胆管がん、胆のうがん)は見つけられない。つまり、線虫検査が高リスクとした受検者の尿をPETで調べた場合(特に早期であるほど)、15種類中半分ものがんを見落としてしまう。
PET検診には、線虫検査の感度を検証する能力がないことは明白だ。それなのにPET検診WGはPET単独検診のクリニックで無意味な検証を行い、その結果をもとに感度13%と算定したのである。これは適正な検証と言えるだろうか。まったくもって不可解だ。
● H社がPET検診WGに指摘する 数多くの間違いとは
逆に、PETの感度については、2009年に国立がん研究センターが「感度17.83%」という検証結果を公表している。
PETがん検診の精度評価に関する研究 (ncc.go.jp)
線虫がん検査を提供しているHIROTSUバイオサイエンス(以下H社)は、NPの記事に対して同社のホームページで30ページを超える反論を展開しているのだが、なかでも「感度13%」の件については、「検証結果にはPETの感度17.83%が反映されていない」と指摘。仮にPETの感度を(CTと同時に実施するPET-CTを想定して)50%と高めに見積もって計算したとしても、線虫検査の感度は90%以上だと主張している。
H社はほかにも、NPやPET検診WGの主張について、数多くの間違いを指摘しているのだが、PET検診WGはそれには答えないまま、10月11日、今度は「日本がん検診・診断学会の会員でPET検診に関わる放射線科医と日本核医学会PET核医学分科会ワーキンググループが、共同で全国調査を開始した」と発表した。
● 検査の信頼性を検証するWGは 「第三者」ではないのでは?
またNPは「検査の信頼性を第三者が検証する取り組み」と持ち上げているが、PET検診WGは、無意味であることを承知の上で検証し、「感度13%」という不当に低い数字を公表した事件の当事者であり、第三者にはあたらない。それにNPは、「放射線科医とPET検診WG共同で」とまるで2つのグループがあるように説明しているが、PET検診WGは9人の放射性科医からなるグループだ。あえて「共同」と報じる意図はなんなのだろう。
いずれにしても、PET検診の感度は、一般の我々が期待している数字よりはるかに低い。自分はがんかもしれないと疑いを抱いた際、日本人の多くは今のところPET検診を受けに行っている可能性が高いが、要検討だ。当のPET検診WGのガイドラインにもある通り、他の検査を併用する「総合がん検診」を受けることをお勧めする。
それにしてもなぜ、PET検診WGは、このような意味不明な検証を行なうのだろうか。
ヒントは、前出の田代医師が発した次のコメントにあるかもしれない。
「私が勤めるクリニックには線虫がん検査で高リスクと判定された方が大勢来る。その意味では線虫がん検査はPET検査の受検者増に貢献しているかもしれないが、PETの結果、がんが見つからないと、見落としではないかと責められることが多く、そういう方々はPETを二度と受けてくれない」
田代医師のクリニックはPET単独検診しかやっていないだけでなく、感度の低さについての詳細な説明は今回の記事が出るまでやってこなかった。田代医師はPETでがんの有無を調べることに意味がないことを知っている。だから、PETの結果、がんが見つからなかった人たちから「本当に大丈夫なのか」と念押しされても、大丈夫とは絶対に言えない。責任問題に発展する恐れもある。ゆえに線虫検査がきっかけの受検者には来てほしくない。そんな想像をしてしまうのだが、どうだろう。
だが、実は、今回取材を進める中で筆者は2017年に米国の食品医薬品局(FDA)が発表した、衝撃の文書を発見した。
Full-Body CT Scans - What You Need to Know(全身CTスキャン-知っておくべきこと)
Full-Body CT Scans - What You Need to Know | FDA
● PETと同時に行うCT検査 米国では健康な人への使用は禁止
その文書には、「(多くの施設がPETと同時に行っているCT検査について)食品医薬品局(FDA)は、症状のない個人の全身スキャンがスクリーニング対象の人々に害を及ぼすよりも多くの利益をもたらすことを示す科学的証拠を知りません。FDAは、そのような医療機器の安全性と有効性を保証する責任があり、CTシステムの製造業者が無症候性の人々の全身スクリーニングへの使用を促進することを禁止しています。」と明言されている。
日本では、1年に1回程度なら心配ないとされているCTだが(若年層はNG)、米国では健康な人に検診で使用するよう勧めることを禁止されているという事実。一体どれだけの日本人が知っているのだろうか。
● 京大名誉教授が指摘 「NPの記事は非科学的」
本件について筆者は、京都大学医学部名誉教授で生体肝移植を主導したことで知られる田中紘一氏に話を聞いた。
「NPの記事は非科学的でエモーショナル。PET検診WGの検証には意味がない。線虫検査の感度について科学的な検証をアンケートで行うと言っているが、アンケートで科学的検証を行なうことはできない。この学会は科学的とは何かを理解していないのではないか。
こんなことで、早期発見に有益なテクノロジーを潰してはいけない」
まさに完全否定である。
PETの機械は13億円~と高額だ。そのため検診は、10~20万円もするが、感度は低く、被爆する。この事実をPET検診GWはガイドラインでは認めているが、別途、全国PET導入施設にアンケート調査を実施した結果では「78%」の感度があったと主張して譲らない。
陣之内医師に何度もメール取材を行なったが、ついに一言も、非を認めることはなかった。(ただし、「PET検診で他のスクリーニング検査の感度を検証することはできますか」との問いには、「(検証には)PETのみならず、他の多くの検査が必要となります」と返ってきた。6月の学会での検証は不適切な方法であることはわかっているようだ)また、
「PETの感度は78%」の根拠にした論文のURLもお送りいただいたので目を通したところ、手法がアンケートという非科学的な方法であるだけでなく、PETの感度について不利になる数字は文中には若干登場するのに計算には含まれていない不思議な論文だった。この論文は日本核医学会の学会誌に査読を経て掲載されたというのだが、誰による査読だったのかも気になるところだ。
https://link.springer.com/article/10.1007/s12149-012-0660-x
● PET検診WGの検証が誤りでも 線虫検査への疑念は晴れない
とはいえ、NPの記事を支持し、線虫検査が公表する感度に疑念を抱いていた人たちの多くは、PET検診WGの検証が非科学的であったことが証明されても、線虫検査への疑念は晴れない。同グループが実施しているアンケート調査の結果は信頼性が低いとしても参考にはなる、と主張するだろう。
実は筆者は最近、公的ながん専門病院が、(線虫検査の性能を)H社と共同で1500人以上の様々ながん種の患者の尿検体を用いる大規模臨床研究を行った結果、20種類以上のがんについて、病理学的に早期ステージの段階でも60~90%の高い感度を示したとする情報を得た(当該病院の協力を得て、現在H社が論文を投稿中)。早ければ来年年明けにも公開されるという。
この検証は、がん専門病院で臨床研究の倫理審査の承認を受け、患者から同意を得た後に採尿した検体をH社に送り、H社は線虫を用いて走性実験を行い、機械によるカウントを実施した判定結果を病院に戻し、集計・解析は病院とH社が共同で行った。
線虫検査の検証を再度行うことが報道された際、母体である日本核医学会は「10/12の”線虫”に関わる報道の誤りに関するアナウンス」と題する声明を発表し、「PET核医学分科会は日本核医学会の分科会ではありますが、財務などを含め別組織です。」と、検証には一切かかわりがないことを強調した。
10/12の”線虫”に関わる報道の誤りに関するアナウンス – 日本核医学会公式サイト – 日本核医学会公式サイトへようこそ (jsnm.org)
PET検診WGが行うべきは、線虫検査の感度を検証することではない。まずは自分たちのやっていることを、第三者も入れて厳しく検証するべきではないだろうか。その上で、たとえばH社と共同で線虫検査の検証をしてみたいというのであれば、筆者は喜んで応援したい。
(取材・文/医療ジャーナリスト 木原洋美)