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冤罪を正さない裁判所

2018年03月22日 | 社会・経済

雨宮処凛がゆく!第440回 2018年3月7日

獄中半世紀の袴田巌さんに会った!! 〜冤罪青春グラフィティ「獄友」も観た〜の巻(雨宮処凛)

 無実の罪で殺人犯にされ、何十年も獄中にブチ込まれる――。

  人生において、もっとも起きてほしくないことのひとつではないだろうか。そんな経験をした人たちに昨年以来、たくさん会っている。

  1963年、女子高生が殺害された「狭山事件」の犯人として逮捕された石川一雄さん。94年に釈放されるものの、獄中生活は31年7ヶ月。

  67年、茨城で起きた「布川事件」の強盗殺人とされ、29年間も刑務所にブチ込まれた桜井昌司さん。

 90年、栃木で起きた「足利事件」で女児殺しの犯人にでっち上げられて17年6ヶ月を獄中で過ごした菅家利和さん。

  そうして2月24日、この3人の獄中期間を遥かに上回る年月、死刑囚として囚われ続けた人に会った。

  それは袴田巌さん。66年に起きた、一家4人が犠牲となったいわゆる「袴田事件」の犯人とされ囚われた元プロボクサーだ。袴田さんが獄中で過ごした期間は、なんと約半世紀。80年に死刑が確定したものの、その後もずっと無実を訴え続けてきた。が、48年間、獄中にブチ込まれ続け、うち33年間を死刑執行に怯える日々を過ごす。

  2014年、約半世紀ぶりに釈放。静岡地裁の裁判長は釈放の理由について、「拘置をこれ以上継続することは、堪え難いほど正義に反する状況にあると言わざるを得ない」と述べた。釈放されて、今年で4年。30歳で逮捕された袴田さんは、既に80代だ。

 「冤罪」と一言で言うけれど、その実態は、これほどに取り返しがつかないものである。

  しかも、足利事件と布川事件については無罪が確定しているが、石川さんと袴田さんはいまだ無罪が確定していない身。そんな袴田さんの再審を求め、無罪を勝ち取るための集会が都内で開催されたのが2月24日。そこで初めて袴田さんと会ったのである。

  袴田さんに会うことに、私は緊張していた。テレビなどで、重い拘禁症を患っている姿を目にしていたからだ。「今日、死刑執行されるかもしれない」。そんな恐怖に30年以上晒されると、人は自分の世界を強固に作り、その中で生きるようになるのだろう。テレビで見る袴田さんは、時に「尊敬、天才天才」「全世界の支配者・袴田巌」といった言葉を繰り返していた。釈放されてからも自分の作り出した世界を守るように生きる姿は、「冤罪」という取り返しのつかない事態の残酷さを、見る者たちにこれ以上ないほどに突きつけるものだった。

  そうしてこの日、緊張しながら会った袴田さんは、耳は遠くなっているものの、釈放された直後よりずっとずっと穏やかな表情で、私に挨拶してくれた。スピーチする際にははっきりと「私が、袴田巌です」と口にし、その後、話が脱線したり内容がわからなくなったりすることはあったものの、釈放直後よりは、ずっと落ち着いた雰囲気だった。

  この日の集会には、「仲間」たちも駆けつけて応援スピーチをした。それは狭山事件の石川一雄さんと、足利事件の菅家利和さん。

  そんな彼らを私は勝手に「冤罪オールスターズ」と呼んでいるのだが、袴田さんの集会の数日後、彼らを描いたドキュメンタリー映画の試写会に行った。

  映画のタイトルは、『獄友』(監督・金聖雄)。10年から7年間に渡って彼らを追ったドキュメンタリーだ。映画には、5人の獄友たちの交流が描かれる。石川さん、菅家さん、袴田さん、そして布川事件の桜井さんと、桜井さんの「共犯」として逮捕され、やはり29年間を獄中で過ごした杉山卓男さんだ。杉山さんも無罪が確定しているものの、15年、病気で亡くなっている。彼らの獄中生活は、合わせてなんと155年!

 映画のチラシには、こんな言葉が踊っている。

  「やってないのに、殺人犯。人生のほとんどを獄中で過ごした男たち。彼らは言う 『不運だったけど、不幸ではない』」

  『獄友』の試写会場は、笑いに満ちていた。何しろ彼らのキャラクターがブッ飛んでいるのだ。

  「刑務所入ってよかった」と語る「元不良」の桜井さんは、20歳で逮捕されるものの、「とにかく明るく楽しく面白いこと見つけて生きてやろうと思ってた」と語り、釈放後は得意の歌でなぜかCDまで出し、歌手としてワンマンショーも開催。逮捕前は「ひきこもり」で友人もいなかったと語る菅家さんは、獄友たちとの交流を心から楽しんでいるのが伝わってくる。そうして今も無罪を勝ち取るために闘う70代の石川さんは、身体を鍛えまくる日々だ。

  彼らが集まって盛り上がるのは「獄中あるある」。その場はたちまち「千葉刑務所同窓会」となり、刑務所の食事や刑務作業の話なんかで盛り上がる。袴田さんがその輪で共に盛り上がることはないが、獄友たちと将棋をさす姿からは、心を許しているのが伝わってくる。刑務所での数少ない娯楽である将棋。それを通して静かに心が通じ合う。

  「刑務所入ってよかった」と笑い、終始明るい桜井さんだが、もちろん、深い喪失を抱えている。「よかった」と思わないと、おそらく29年間の獄中生活を生き延びることなどできなかったのだろう。釈放後に桜井さんと結婚した女性は、ともに生活する中で冤罪被害者の深い深い苦しみを知る。決して取り返せない、若かりし日々。だからこそ、彼らは今この瞬間を精一杯楽しんでいる。

  そんな「獄友」たちの姿を見て、思い出した人がいる。

  それは「飯塚事件」の久間三千年さん。

  昨年9月、私はこの連載で「もし、冤罪で捕まったら〜『死刑執行は正しかったのか』から考える〜」という原稿を書いた。

  92年、二人の女児が殺害された飯塚事件で逮捕された久間氏についての番組を見て書いた原稿だ。久間氏は一貫して無罪を訴えていたものの、06年、死刑が確定。そして08年、死刑が執行される。

 が、死刑が執行されてから、重要な証拠に疑惑が浮上する。当時のDNA鑑定の信憑性が大いに揺らぐのだ。ちなみに同じ鑑定方法を用いて有罪とされた足利事件の菅家氏は、再鑑定によってDNAが一致しないことが判明し、無罪が証明されている。それなのに、同じくずさんな方法での鑑定の結果、有罪とされ死刑が確定した久間氏は、既に死刑が執行されてしまっているのだ。

  弁護団は再審開始を求めていたものの、今年2月、福岡高裁は再審請求を棄却した。

  冤罪。私が知る「冤罪オールスターズ」の人々は、数十年という年月を奪われながらも、現在、シャバに出てきてそれぞれの人生を生きている。奪われた時間は取り戻せないものの、彼らの命は続いている。しかし、久間さんの命は既にない。もし、彼が、本人がずっと訴えていたようにシロだったとしたら――。既に死刑は執行されてしまっているのだ。これほどに取り返しのつかないことがこの世に存在するだろうか。

  冤罪問題について腹立たしいことはあまりにもありすぎるが、もっとも疑問なのは、その責任を「誰一人としてとっていない」ということだ。

  無罪が確定したとしても、当時彼らを自白に追い込むほどに暴力的な取り調べをした警察、そして検察や裁判官などは、誰一人として罪に問われてなどいない。もちろん、DNA鑑定をした人も、それを証拠として有罪とした人もだ。その中には、上司に「無能と思われたくない」がために厳しい取り調べをした者や、自己保身や組織のメンツばかりを優先させた者が多くいる。拘置期間が何十年に及ぼうとも、弁護団や支援者が声を上げ続けなれば放置されていただろう

  誰も責任をとらないシステム。原発問題をはじめとして、日本の構造はこの一言で言い表わせるわけだが、ここでも組織防衛のために、「国」という真空地帯に責任は丸投げされた。権力と言われるものの中心はいつも空洞で、「ただいま、担当者は席を外しております」というアナウンスがずーっと流れているだけ。それが私の思う、この国の中枢のあり方だ。

   集会の日、菅家さんは、権力サイドにいる誰一人として「一言も謝っていない」ことを怒りを込めて語った。無罪が確定した人にだって、謝罪の言葉は何ひとつないのだ。

 冤罪について、死刑について、司法システムについて、そしてこの国の権力のあり方について。「冤罪青春グラフィティ」である『獄友』は、多くのことを問うてくる。

  『獄友』は3月24日以降、全国ロードショーが始まる。予告編はこちら。

 ぜひ、多くの人に観て、そして考えてほしい。

    *****

恵庭OL殺人事件に冤罪疑惑 有罪ありきのずさんな捜査と裁判に、元裁判官も唖然

BJジャーナル  2014.05.27
 
文=瀬木比呂志/明治大学法科大学院専任教授、元裁判官

 2000年3月に北海道恵庭市で起きた殺人事件を覚えておられるだろうか?

   女性会社員(OL)が、三角関係のもつれから同僚女性を絞殺し、死体に火を放って損壊したとされる事件は、「恵庭OL殺人事件」として、新聞、テレビ、週刊誌を大いににぎわせた。しかし、実は、この事件の容疑者となった女性は、一貫して、無実、冤罪を主張していたのである。

   だが、事件から約14年がたった2014年4月21日、札幌地裁は、大方の予想に反して、容疑者からの再審請求を棄却する決定をした。

   元裁判官で、ベストセラー『絶望の裁判所』(講談社現代新書)の著者である瀬木比呂志・明治大学法科大学院専任教授は、札幌テレビからこの事件に関連して取材を受けたことがきっかけで、詳細を調べたところ、「本当にこの証拠で有罪にしたのか」と言葉を失うほどの、検察寄りの偏った証拠評価が行われていたという。「日本の刑事司法においては、いったん警察、検察に目を付けられたら、裁判官がむしろ例外的な良識派でない限り、どうがんばっても、有罪を免れることはできない。再審も開始されない」と、暗澹(あんたん)たる気持ちになったという。

   冤罪は決して他人事ではない。そこで今回は、瀬木教授に「恵庭OL殺人事件」の再審請求棄却決定を批判的に考察してもらった。

 【以下、瀬木教授の文章】

  2014年4月21日にされた恵庭OL殺人事件の再審請求棄却決定(札幌地裁、加藤学裁判長)は、同年3月27日にされた、袴田事件の第二次再審請求に対する再審開始決定(静岡地裁、村山浩昭裁判長)との明暗のコントラストが激しい判断である。

   恵庭OL殺人事件とは、2000年3月16日夜、容疑者(以下、実名を使用せず、単に「容疑者」として記述する)が、容疑者の交際していた男性の気持ちが同僚である被害者に移り、その男性が被害者と交際することになったという三角関係のもつれから、被害者を絞殺し、午後11時ころ死体に火を放って損壊した、として起訴された事件である(なお、逮捕状では、上記の時刻は「11時15分ころ」とされていたが、その時刻だと後記のとおり容疑者のアリバイが成立してしまうため、15分早められたものと考えられる)。

   以下の記述は、できる限りわかりやすく整理したものであるが、なお、かなりわかりにくい部分があるかもしれない。しかし、それは、「検察、警察の言い分がありえないような強引なものであり、にもかかわらず、裁判所もそれを無理に正当化しようとする」ので、わかりにくくなるのだということを理解していただきたい。

   第一審判決は、容疑者が、午後11時5分ころまでに、容疑者の車の中で、後部座席からタオル様のものを用いて被害者の首を絞めて殺し、11時5分ころ、10リットルの灯油を用いて死体に火を放ち、11時10分ころに現場を出て11時36分(なお、控訴審判決は「30分」とする)にはガソリンスタンドに立ち寄って給油を行い、その後、翌日午前3時ころまでの間に、被害者の生存を偽装するために、被害者の携帯電話から7回の発信を行った(電話をかけた)としてる。

 ●唖然とする裁判所の証拠認定

 再審請求棄却決定の後、報道をみると、種々不審な点があり、学者の同僚たちからも同様の意見を聴いたので、決定を取り寄せ、関連の書物や記事等についても読んでみた。その結果は、唖然とするようなものだった。

   民事系の裁判官であった私の民事訴訟における感覚からしても、検察が証明責任を果たしているとは思えない。まして、これは、民事よりも証明度のハードルが高い刑事訴訟なのである。しかし、この事件に携わってきたすべての裁判官たちは、そのような不十分な立証を容認してきたのだ。

   「本当にこの証拠で有罪にしたのか。また、再審開始もできないというのか。刑事裁判というのは、一体どういうことになっているのか」というのが、私の正直な感想であった。

 ●自白や物的証拠はなし、あるのは情況証拠のみ

   この事件については、中心となった弁護士で、家裁調査官、衆議院議員の職歴もある伊東秀子氏による『恵庭OL殺人事件――こうして「犯人」は作られた』(日本評論社)がある。再審請求に携わっている弁護士が、その過程でこうした書物を発表するのは、よほどの事情があることを示している。もっとも、私も、元裁判官であり、前記の棄却決定も出ているので、この書物については、まずは徹底して批判的に読んでみた。しかし、過度に容疑者に寄り添った記述はほとんどなかった。あえていえば、容疑者が被害者に対してその生前にかけていた無言電話の動機につき、困惑の結果であり、いやがらせの意図まではなかったとしている点くらいであろうか。しかし、ここは内心の微妙な問題であり、全体の中でみれば、小さな事柄にすぎない。

   以下の記述は、主として伊東書により、また、私の考えを付加する場合にはそのことがわかるようにしている。

   この事件については、容疑者は、やはり最初の時点では神経科に入院しなければならないほどの恫喝的な自白の強要を受けたにもかかわらず、一貫して否認している。そして、犯罪と容疑者を結び付ける直接証拠は一切存在せず、存在するのは情況証拠だけである。

   まず、私が裁判官としての経験からそれらの中で唯一重要なものと考えたところの、被害者の携帯電話からの発信記録について検討してみよう。この被害者の携帯電話は、事件後に、何者かによって、容疑者と被害者の勤務していた会社(以下「本件会社」という)の被害者のロッカーに戻されていた。

   検察の主張は、この携帯電話からの7回の発信(3月17日0時5分31秒から3時2分38秒まで)の宛先が、容疑者が交際していた男性の当時紛失中の携帯電話など本件会社の従業員しか知りえないものであることと、その発信記録が容疑者の足取りにおおむね一致することとを根拠としている。

   しかし、そもそも、「被害者の生存偽装目的」での発信という検察の主張は「発信履歴が消されていた」という事実と矛盾していて疑問であると弁護側は主張する。そのとおりであろう。また、私は、容疑者にとってそのような偽装を行うことにどのようなメリットがあったのか自体定かではないと思う。見晴らしのよい雪原(北海道なので3月には雪がある)の農道脇に死体を放置した以上、それがその場所で早晩発見されることは明らかであり、現に翌朝発見されているからである。

  また、当時の携帯電話には所在位置を特定させるGPS機能は付いておらず、所在方向を示すだけ(基地局からみた携帯電話の所在地が60度以内の方角で判明するだけ)であり、したがってその「所在方向」自体にどれだけの意味があるのかもいささか疑問であり、のみならず、その発信履歴を子細にみれば、大まかにいえば容疑者の足取りと一致しているともいえるものの、そうはいえない部分も存在する

   さらに、被害者殺害後、その携帯電話の発見時(3月17日午後3時5分)までの着信履歴17回のほうには、容疑者がずっとその携帯電話を持っていたとすればその足取りからしてありえない「電源断あるいはエリア外」の時間帯があることも大いに疑問である。容疑者が携帯電話を持っていたのなら一時的に電源を切る理由はなく、また、詳細な説明は省略するが、彼女の足取りからすれば「エリア外」はありえないからだ。

 伊東弁護士は、以上のような発信履歴、着信履歴について、「本件会社で働いていた男性を含む複数男性による強姦、殺人、死体損壊」の可能性を視野に入れるなら、犯人の一人が携帯電話を持って移動した場合の移動に見合った発信履歴、着信履歴とみるほうがより自然であると主張するが、これも、そのとおりであろう。

   また、電話の宛先については、携帯電話の着信履歴とメモリーダイヤルを見てかけられた可能性が高く、したがって、宛先についても、容疑者でなければかけられないようなものではないという(以上につき、伊東書32頁、133頁以下)。

 不審人物の存在

 なお、伊東書によれば、実際、本件会社には、かなり不審な人物が存在し、怪しい内容の供述調書が取られ、次のように述べられている。

 この人物の事件当夜のアリバイは妻しか証明できず、この人物は、問われもしないのに、女子更衣室のロッカーから自分の指紋が出てくるはずであるとして、その理由(素手でそのロッカーを運んだことがある)について語っており、容疑者の交際していた男性に対しては徹底的な敵対感情を持っていると供述している。さらに、事件から23日後の4月8日に、マスコミ関係者がいるかどうか確かめに容疑者方に行こうとし、そのアパートの前で彼女に会ったが、なぜか、「会ったことを内緒にしてくれ」と言って別れたと供述し、また、4月14日の容疑者の任意同行時に、彼女は小柄で犯人とは思えず意外だという気持ちと、彼女一人ではできないのではないかという思いから、「うちの職場からこうやって連れて行かれる人はまだまだ出る」と同僚に話した、とも供述している。なお、この人物が容疑者と会った4月8日の夜に、彼の歩いていたあたりの草むらから、事件の後に紛失していた「容疑者の携帯電話」が出てきたという事実もある。

  それ以外の情況証拠の主なものは、容疑者が事件の前日の夜に10リットルの灯油を買っていること、被害者の携帯電話がそのロッカーに戻されていたこと、警察の捜査によれば被害者のロッカーキーが容疑者の車のグローブボックスから出てきたとされていること、容疑者の車の左前輪タイヤの傷(検察は炎の熱によるものと主張)、4月15日に容疑者の家から3.6km離れた森から被害者の焼かれた遺品が出てきたことである。これらについて、簡単に触れていこう。

 まず、容疑者が事件前夜に10リットルの灯油を買っていることは事実である。彼女は、自分が疑われていると聞いて動転し、車のトランクに入れたままだった灯油を容器ごと捨ててしまい、自分にとって有利な決定的な証拠を、みずから消滅させてしまった。この事実と、彼女が被害者に無言電話をかけていた事実を隠していたこととが、裁判で彼女に不利に作用することになる。しかし、考えていただきたいが、これらの事実だけでは彼女と犯行を結び付けるにはとても足りない。冤罪事件では、容疑者に、何らかの不利な事情、あるいは、軽微な余罪等がある場合が多い。だからこそ、警察の見込み捜査のターゲットにされることにもなるのである。

   次に、被害者の携帯電話がそのロッカーに戻されていたことは、それだけでは容疑者と結び付く事柄ではない。また、被害者のロッカーキーについては、伊東書は、6月10日の容疑者宅家宅捜索後に容疑者のバッグのふたが開いており、そこから押収品目録交付書が出てきたことなどから、警察による捏造の可能性が高いという(つまり、警察は、被害者のロッカーから持ち帰っていたキーをその後に容疑者の車のグローブボックスに入れるという偽装工作をしたが、その際、当然容疑者に交付すべき押収品目録交付書を容疑者に交付することを忘れてしまった、これが明らかになれば偽装工作がばれてしまう、そこで、やむなく、後の家宅捜索時に容疑者のバッグにしのばせた、という推理である。袴田事件で警察がズボンの端布を袴田氏の自宅から発見したようにみせかけた手口に似ている

 タイヤの傷については、容疑者が現場にいたとされるわずか5分間で死体の発見された位置と45cm離れた道路上の車のタイヤに炎の熱により傷が付くことはおよそ考えにくく、被害者の遺品については、昼夜を問わず警察の尾行、張り込みを受けていた容疑者が自宅からかなり離れた森まで遺品を焼きに行くことはやはり考えにくいという。

  要するに、以上の情況証拠は、いずれも、それ自体としては薄弱なものである。

 ●どんぶりを片手で持てない非力な女性が絞殺?

  また、この事件では、死体が燃やされ遺棄されたという現場からも、被害者の携帯電話からも、容疑者の指紋、足跡等が一切検出されていない。現場には死体を引きずった跡もない。車内でタオル様のものを用いて後ろから首を絞めたとされている犯行態様にもかかわらず、タオル等は発見されていないし、容疑者の車には、被害者の失禁を示す痕跡や血痕がなく、その指紋、毛髪等も検出されていない

  加えて、容疑者は体格、体力において被害者にかなり劣っており、ことに、生まれつき右手の薬指と小指の発達が遅れた短指症の障害があるため手の力が弱くてバランスも悪く、右手の握力も19kgと著しく弱い(ラーメンのどんぶりを片手で持てないほど弱い)ため、検察主張のような方法による殺害が可能であるかは、きわめて疑問である。

 第一審判決は、容疑者が「被害者を車両助手席に乗せて何らかの方便で油断させながら後部座席に移動して」としているが、狭い車両内でどのような移動を行ったのか不明であり、また、「殺害方法や被害者の抵抗方法の如何によっては、非力な犯人が体力差を克服して自分に無傷で被害者を殺害することは十分に可能である」としているが、民事系裁判官の感覚からしても、無理やりの強引な物言いであるように感じられる。小柄な女性(絞殺だけで精根尽きているはずであろう)が、一人で、自分よりも重い死体を、間髪を入れずに抱えて車両外に下ろした(したがって、車内にも車外にも痕跡が残らなかった)との認定も、同様にきわめて強引である。

 さらに、この事件では、検察は、容疑者がガソリンスタンドに立ち寄った時刻について、実際には、レシートに印字されていた午後11時36分よりも早い11時30分43秒であったことを示すビデオテープが存在したにもかかわらずそれを隠しており(この6分の相違は、本件では非常に重要である)、事件現場の近くに停車している2台の車を見たという主婦のAさんの供述調書も隠していた。Aさんは、11時6分過ぎころと11時20分過ぎころに2台の車を見、2回目のときにはうちの1台の屋根越しに赤い光(炎)を見たと、第一審における審理の終盤に、公判廷で供述した。この2台の車は、死体が燃える状況を見届けていた真犯人たちのものである可能性がある。第一審判決は、これについて、「<無関係な第三者が>ゴミ焼き等による炎上として<そのように誤解して>単に傍観していた」と推認する。しかし、そんな時刻に人気のない雪原でゴミを焼く人物がいるはずはないし、不審な炎を、「ゴミ焼きによる炎と誤解しつつも手をこまねいて傍観し続ける」酔狂な「第三者」がいるのかもきわめて疑問であろう。

 また、被害者の焼死体は内臓まで炭化し、体重が約9kgも減少しており、検察主張のように容疑者の購入した10リットルの灯油で、また、「容疑者は5分間だけ現場にいた」という第一審判決認定の事実関係の下に、焼かれたものとは考えにくく、そのことは、豚を用いて行われた警察、弁護側双方の焼毀(しょうき)実験によっても裏付けられており(いずれの実験でも、豚の内部組織は生のままであり、また、炎の強さは着火後1分以内に最大になった)、被害者の遺体を扱った納棺業者は、「灯油を何回もかけ時間をかけてじっくり焼いたか、ガソリンかジェット燃料で焼いたように思われる」旨を弁護士に供述している。さらに、被害者の遺体の取っていた姿勢は、一般的焼死体とは異なり足を大きく開いた強姦死体に似た姿勢であり、ブラジャーのワイヤーも大きくずれており、また、陰部と頸部の炭化が特にひどく、強姦殺人の証拠隠滅をうかがわせる状況であった。にもかかわらず、司法解剖の際に、強姦の有無については調べられていない。

 ●捜査陣にも迷いが……

 なお、この事件では、捜査担当の主任検察官が、起訴の際に、一人で容疑者を訪ねてきて「とうとう起訴することになった。頑張って欲しい」と伝言していったという。捜査主任検察官の心中に秘められた「迷い、疑念」を示す事実である。現場の刑事たちの中にも、「彼女は犯人ではない」と言う者がいたという。こうしたことも、冤罪事件では時折みられることである。検察、警察の中にも存在する「良心」が、ちらりと顔を覗かせるのだ。

 再審請求が棄却されているという事件の性質上、かなり詳しく記してきたが、検察の主張や第一審、控訴審各判決の認定には、ほかにも多々疑問が存在する。

 さらに控訴審の裁判長は、公判前の三者協議の席上で、「被告人はどうも嘘をついているようだから、被告人質問の回数も制限的に考えています」と発言した(口をすべらせた)ということである(伊東書219頁)。これもまた、常識では到底考えられない、信じられない事柄である。

 再審請求においては、以上に加えて、現場付近で炎を見たという別の女性Bさん(炎を見た3人の目撃証人のうちの1人。なお、本件における各目撃者は、それぞれ、現場から数百メートル離れた異なった場所から、炎や2台の車を目撃していたものであり、相互に連絡も面識もない)の、「午後11時15分ころ、22分ころ、42分ころ、午前0時5分ころの合計4回にわたって炎を見た。うち1回目と3回目は大きなオレンジ色の炎だった」という内容の供述調書等(そのうち再審請求棄却決定が信用性に欠けるとする検察官調書を除いたものを素直に読めばこう読める)が開示されており、真犯人たちが、現場で、容疑者がガソリンスタンドに立ち寄った時刻以降まで、死体を燃やし続けていた可能性が示唆されていた(11時42分ころにも炎が大きかったことは、そのころ燃料が追加されたことをうかがわせる。10リットルの灯油だけでは、炎はすぐに小さくなってしまうはずだからである〔伊東書166頁〕)。

 再審請求棄却決定は、例えば、死体の燃焼の程度については「皮下脂肪が溶け出せば不可能とはいえない」、現場付近で炎を見たBさんは「炎だけでなくその上部の微粒子による反射部分をも含めて大きな炎を見たと言っている可能性もある」、Bさんが最初に炎を見た11時15分から容疑者がガソリンスタンドに着いた11時30分までには15分しかなく、走行実験によれば現場からガソリンスタンドまで(約15kmの距離がある)は速度超過をしても20分程度はかかる(なお、検察も認めるところによれば、15分だと、街路灯もない凍結した道路を時速100kmで走ったことになるという)から、「容疑者にはアリバイが成立する可能性が一応はある」が、しかし、「やはりそうでない可能性もある」とし、また、炎の目撃者の各供述をきわめて恣意的に評価して、以上のような認定判断とつじつまを合わせている。

 また、被害者の携帯電話の発信記録を作成したという北海道セルラー電話株式会社(現KDDI株式会社)の職員の証言した方法ではそのような記録は再現できない、という弁護側の主張についても、「必ずしもそうでもない」と答えているのだが、この部分も、正直にいってその論理の流れがよく理解できず、説得力に乏しい(もっとも、私は、前記のとおり、いずれにせよ、この証拠に大した価値、証明力はないと考えているが)。

 全体として、この裁判の証拠評価は本当にほしいままで、呆然とせざるをえない。裁判官たちは、有罪推定どころか、可能性に可能性を重ね、無理に無理を重ね、何としてでも「有罪」という結論に到達しようと、なりふり構わず突き進んでいる印象がある。袴田事件、足利事件、東電OL殺人事件のように再審請求にDNAに関する鑑定等の強力な裏付けがある場合はよいが、そうでない限りこのような強引な事実認定が通ってしまうことがありうるのかと思うと、暗澹たる気持ちにならざるをえない。

 日本の刑事司法は中世並み?

 民事訴訟は、多くの場合、双方のストーリーのせめぎ合いであるが、原告のストーリーに相当のほころび、あるいは、一貫した説明を困難にするような事情があり、一方、被告主張のストーリーにそれなりの一貫性があれば、請求を棄却するのが普通である。それは、刑事訴訟でも同じことであろう。その原則をこの事件に当てはめれば、民事訴訟の感覚でも、検察の請求を認めることは難しい。まして、これは「疑わしきは罰せず」の刑事訴訟なのであるから、無罪は当然ではないかという気がする。アメリカの法廷でも、これで有罪はありえないと思う。

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  私は、はっきりいって、これは「暗黒裁判」ではないかと思う。あなたも、本当に気を付けたほうがいい。日本の刑事司法においては、いったん警察、検察に目を付けられたら、裁判官がむしろ例外的な良識派でない限り、どうがんばっても、有罪を免れることはできない。再審も開始されない。国策捜査の標的とされた者の立場から書かれた『国家の罠』(佐藤優、新潮文庫)の中にある「『あがり』は全て地獄の双六(すごろく)」という言葉は、決して誇張ではないのだ。

 弁護団(無罪判決の多い元刑事系裁判官として知られ、後に法政大学法科大学院教授も務めた木谷明弁護士も、メンバーに入っている)を含む関係者は、弁護側に好意的と感じられた審理中の裁判長の言動をも考慮し、当然再審開始決定がされるものと予期しており、そのため、先の再審請求棄却決定については、裁判官に何らかの圧力がかかったのではないかとの推測まで出たという。また、木谷弁護士は、決定のあまりのずさんさに失望と怒りを隠さなかったともいう。

 考えにくいことではあるが、私は、若いころに、ある刑事系の有力裁判官が「刑事裁判は、導き出した結論によっては、辞めなきゃならんようなこともあるからなあ……」と問わず語りに語るのを聴き、「ああ、刑事は民事とは違うんだ……」と思ったことがあるのを、はっきりと記憶している。刑事の重大事件の背後には、民事系の裁判官であった私にさえ想像もつかないような深い闇が広がっている可能性が、もしかしたらあるのだろうか。

 ※本稿は、5月16日付「現代ビジネス」(講談社)記事に加筆・修正したものです。

 ※瀬木氏は、現在、日本の裁判の問題点と裁判官の判断構造を、数々の事例を通じて、体系的に、またリアリスティックに明らかにする『絶望の裁判所第2部』(仮称)を準備中であり、その中でこの事件についても取り上げる予定です。

 瀬木 比呂志(せぎ・ひろし) 1954年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。1979年以降裁判官として東京地裁、最高裁等に勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年明治大学法科大学院専任教授に転身。民事訴訟法等の講義と関連の演習を担当。著書に、『絶望の裁判所』(講談社現代新書)、『民事訴訟の本質と諸相』『民事保全法〔新訂版〕』(ともに日本評論社、後者は近刊)等多数の専門書・一般書のほか、関根牧彦の筆名による『内的転向論』(思想の科学社)、『心を求めて』『映画館の妖精』(ともに騒人社)、『対話としての読書』(判例タイムズ社)があり、文学、音楽(ロック、クラシック、ジャズ等)、映画、漫画については、専門分野に準じて詳しい。

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